絆〜SIN〜第八話『別れと芽吹く愛情』




レイとの和解のため話し合ったシン。
ずっとふたりは唯一無二の親友でいるだろう。
しかし自分とシンはどんな関係でいられるのだろう?
アスランはそんな感情を抱きつつも、それをキラの前でシンに問う事も出来ない。
キラとすでに心通っているシンを見てそれを痛感した。
だからこんな風にシンを連れてきてしまった。
キラこそシンと一緒に居るべきなのに…


「シン。以前お前に言った言葉。覚えているか?」
「どんな言葉」
「お前は戦い以外の道があるのを忘れていると…。これは俺の最後のエゴかもしれないが、
本当はお前を俺があの時その道に連れ出していたら、お前は今頃は俺達が恋人同士だったのか?」
アスランがシンに与えた最初の影響…
その疑問がシンの心に刺さった棘(とげ)になったのは確かに真実だ。
でもアスランはもうシンの中で諦めていたぬくもりを与えてくれた。
ただ…それだけ。理屈はいらない。
でもちゃんとアスランに好きだと打ち明けなかったのは自分も同じ…
責められるべきは自分だった。
手を伸ばせばちゃんとアスランはそこに居てくれたのに…

「もしかしてそうだったかもしれない。でももうどうしようもないよ。
どうして恋焦がれたのかわからない。 でもごめん。俺…キラさんの事が好きなんだ。」
こんな状況でも自分を受け入れてくれている。
両想いになった矢先に、アスランとの別れの機会を与えてくれた。
あの部屋を肩寄せ合って一緒に出る筈だったのに…
キラにとってもきっとアスランはそれほど大切だったのだろう。
分かり過ぎている。これは決して妥協した結果からではなく、二人はちゃんと思い合っている。
「男同士だろう?って陳腐な事は言わない。ただ…」
キラを間違いなく近い将来孤独にしてしまう。
それは避けては通れない。
おいていく者はもちろん生命を…未来を失いきついが、
おいていかれる者はその現実を受け止めて、尚生き続けなくてはならない。
それが如何に惨い事か…


「俺…一分一秒永く生きる為に足掻くよ。キラさんを哀しませない為に。」
儚い願いかもしれないが、シンは僅かにある幸せな時間までも否定していない。
「どうしてだろう。本当はここは嫉妬するところなのに、そうなる事に期待をしている。
シン…こんな事をいうのはヘンかもしれないが、俺の大切な幼馴染を託す。
そしてキラにはお前を預ける。」
そう言うなりアスランは涙を零し、シンの頬を撫ぜて胸に引き寄せた。
この腕にこの胸の温かさに支えられ、此処まで頑張れた。
でも二度と抱きあう事はないだろう。
どんなに挫けそうになっても、辛い現実があっても、シンはキラと結ばれたいのだから…
この先ずっとキラの腕の中がだけが、シンの安心出来る居場所だ。
「うん。ちゃんとがんばるよ。だから見守っていて…。」
最後のシン との交情をしようとしていたアスランは、
その言葉でそれは無粋だと思い、シンと色々と昔話を交えて語らって過ごした。


「また面倒な事を…」
イザークは書類の山に頭を痛めていた。
レイを保護して此処まで連れて来た、アウルとスティングの二人の待遇をどうするのか…
曰く付きの研究施設出身だと判明して、正直困惑していたが
「お前は何でもかんでも抱え込み過ぎだ。」
「ディアッカ…。」
温かい牛乳を持って、イザークにそれを手渡す。
「いいじゃないか。目を瞑ってやれば。」
「それは無理だ。レイの処罰どころではない問題だぞ。」
「聞けばお前…ステラって娘の保証人になってやったんだろう。」
アスランが無理を押しとおして自分に頭を下げて頼んできた。
彼女の居場所を与えてやってくれと…
それは予想だにしない事だったので、面食らってフリーズしたのが記憶に新しい。
いきなりの申し出にではなく、アスランの必死さに…
「あいつの事情を聞いた時は、殴りたくなった。自分はシン=アスカを愛している。
だから彼の心労を一つでも無くしてやりたいって。ふざけるな。
俺が認めている好敵手(ライバル)が、男に懸想しているって知っただけでも、
ムカつくのに、それの手助けをどうして俺がしなければならん?頭痛がしたぞ。」
「でも理解出来ない感情でもないだろう?それを受け入れられないのは、
俺のお前への感情を認める事に繋がるからか?」


ずっとイザークの陰となって支えてきた。
それは最初純粋な友愛からだったが、次第にディアッカもイザークへ別の感情があるのを自覚する。
きっかけはイザークがアスランに、自身の自尊心が高いが故に執着した時だった。
急にイザークが遠く感じ、そして口から出る言葉はアスランの事ばかり…
「お前はアスランが好きだったのか?それともただの無自覚だったのか?俺はお前に聞きたい。」
迫って来るディアッカに、イザークは赤面して
「何だって俺があいつを…。それにお前はどうして俺にそんな事を言うんだ。」
「誤魔化すな。俺ももうどうにかなりそうなんだ。知っているか?男同士だってセックスは出来るんだ。」
薄ら寒い事を言って、イザークを煽っているディアッカを、
「お前は以前俺に言ったよな。俺を性的な意味で好きだと…。でも断る。
俺はお前とそんな関係を望んでいない。それに今はこれの処理が優先だ。
悪いがお前の下の処理を手伝っている場合で無い。」


冷たく言い放つイザークを、ディアッカは随分耐えて聞いていた。
でもそろそろ限界に近く、益々イザークへの思慕が深まる。
(レイがシンにしたように一層憎まれてみようか。イザークの感情の全てを俺で支配するように。)
愛情が欲しいと、彼に切望したところで、無碍にされるばかり…
ならどうすればいいのか?
どんな手段を講じても彼を手に入れる。それだけは譲らない。
でも先に彼の懸念材料を取り除くのが先決。


「イザーク。その2人俺が身元保証人になってやるよ。
どっちにしたってそいつら居場所ないんだろう。」
「2人もいっぺんに無理だろう。どう考えても。」
「スティングは俺の親父の隠し子。アウルは俺の養子ならいいんじゃないか。
どうせ建前だけなんだし…」
とっさに口から出た提案にディアッカ自身も驚いているが、イザークが安心した表情を見せた。
かなり真面目だからこそ、本気で処理に困っていたのだろう。
ステラの時みたく、推薦でとりあえずZAFT入りの最低条件は出来た。
すぐに引き出しからUSBを取出しPCに差し込み、公的な書類作成にイザークは取り掛かった。
こういう状態のイザークの意識を再びディアッカ自身に向ける事はかなわない。
そんな折…


「イザーク。ちょっと相談が…あるんだけど。」
イザークのプライベートルームのドアフォン越しにキラが立っていた。
かなり戸惑っているように、そわそわしていた。
珍しい珍客にイザークは首を傾げたが
「入れよ。散らかっていて済まないが…。」
入ってきたキラと入れ違いに帰ろうとしていたディアッカに
「君にも聞いてもらいたい。時間ある?」
どうやら二人に関わる事らしいと察したイザークは、ソファーを案内した。
そしてディアッカの座っているソファーの隣にキラは腰かけ、
イザークを見て話を切り出した。
「僕は本当に勝手だとは思う。しかし君も事情は知っているかと思うけど、
シン=アスカの症状は深刻なんだ。はっきりとした治療方法も見付かっていない。
人の生命を弄んだ代償がこれだと言わんばかりだけど、
それを彼だけが受けるのは筋が通っていない。だから僕がスーパーコーディネータとして、
彼の失うはずの未来を取り戻してあげたいんだ。」
「それは遠回しにシン=アスカを軍から任を解き、お前がここを辞めて彼に付き添うと?」
イザークはキラが一種のけじめのために来たのだと思った。
「そうだよ。まだ何一つここでは成し遂げたものは無いけど…」
「それがお前の結論なんだな。言っておくが俺は初めからお前に何も期待していない。
お互いになかよしこよしなもんでもない。好きにしたらいい。
丁度お前達の穴埋めをしてくれそうな人材は確保した。気兼ねは無用だ。」


キラはイザークにとって嘗て憎悪した相手だった。
アスランに植えつけられた劣等感と同じ位に、自分の顔を直接傷付けてきた相手…
でももしかしたらこんな戦争がなければ、もっと違う出会い方をしていたら…
(早くこんな下らない戦いを終わらさなければならない。)
自分達の時代では無理でも、精一杯それに向かってする努力は無駄じゃない。
「ありがとう。イザーク。」キラはそう言い残し部屋に戻った。
いつもこうやってまた他人の荷物を背負わされる。
そんな孤高のイザークをディアッカは激しく見つめていた。