絆〜SIN〜第六話『選ばれた恋人』
シンの目覚めと、レイの帰還でZAFT内はその事で持ちきりだった。
キラはシンに会いに行く前に、イザークの手前レイの独房を訪れた。
軍紀違反した者を処罰したあとに謹慎場所として、ZAFTの地下に設けられた場所。
外窓一つない其処は、どこかさめざめとしていた。
レイはかなり雰囲気が違って居て項垂れ、何かを懺悔して祈りを捧げているかのように、
手を握り瞳を伏せて泣いていた。
肩を震わせてベッドに横たわり、この状況を耐えている。
そんなレイを扉の小窓から見たキラは…
「レイ…シンに会いたいかい?」
余計に追い詰めると分かっていても、つい零れる言葉。
本当は今すぐにでも会いたい筈だ。
駆け寄ってシンを抱き締めて、こころから謝りたい筈だ。
どんなにシンからの罵倒が飛ぼうが、互いの無事を確かめたい筈だ。
きっと自分ならそうするだろう事を思うが…
「キラ=ヤマト…もしタイムカプセルがあったら、俺は此処から過去に戻りたい。」
「えっ??」
「もう一度シンと出会って、純粋に絆を深めて愛されたい。シンに…。」
未来にある意味絶望していると、レイはキラに現実逃避していると伝えてくる。
哀しいまでの不器用なレイに、キラは少し前の自分と似ている事に気付く。
あの時は寧ろレイに同族嫌悪を感じて、牽制し合っていた。
【シンを奈落に落とし壊すのは…】っと言う無意味な事で囚われていた。
しかしギルバードによって嬲られたシンを見て、互いがどんなに残酷だったのか、
その恐ろしさに漸く気が付いた。
はからずともその事がキラにとってシンを愛していたと思わせてくれた。
「逃げるなよ。レイ。ちゃんと向き合ったよ。僕は。だから本当の思いでシンを抱いた。」
いまでも夢みたいなひと時だった。
自分の与えるたどたどしい愛撫に、シンはちゃんと応えてくれた。
「そうか…お前も…。俺はとんだ誤算をしたんだな。」
「僕のZAFT配属は、君が裏で暗躍していたのを、イザークに聞いたよ。アスランへの当て付けで。
だが今となっては感謝したい位だ。アスランともやり直せて、シンと引き合わせてくれて…。」
そう言った経緯から、レイに対してお節介な事をしていると自覚している。
シンの心底からの思いで、決着をつけて欲しい。
誰がシンの恋人になっても、後腐れが無い様に、心穏やかでありたい。
「俺はやっぱりそんな資格ない。だからキラ=ヤマト。どうかシンを幸せにしてくれ。」
縋る様にキラを見詰めて、強い意志でそう言い切った。
きっとキラなら此処からシンを連れ出し、シンの本当の家族が居る場所に届けてくれる。
アスランは柵(しがらみ)があって、期待出来ないがキラなら希望を抱ける。
そうする事だけが自分の唯一のシンへの償いとなるだろうと望みを託す。
「本当にそれで良いのかい?シンが心身とも酷い状態でも君をずっと心配していた。」
レイが思っている程にシンはレイに怒りを感じているとは思えない。
口を開けばレイの安否をいつも気にしていた。
少なくともキラとアスランが嫉妬を覚えるほどに…
シンとて多少はレイの異常さは気が付いていた筈だ。
もし察する事が出来なかったのなら、鈍感にも程があるだろう。
それをきっと承知でレイとの時間を紡いでいた筈だ。
「彼は短命なんだ。確実に他の者より早く死に近付いている。
そんな彼に爪痕を残したまま逝かすつもりなのか…君は。」
「シンに会わせてくれ。どうか…。頼むから…。」
死に怯えているのはレイも同じ。だからこそ時間は無駄に出来ない。
「僕の権限ではいま此処からは出せないが、シンを連れてくる事なら手伝える。」
そう言って明日此処にシンと一緒に来る事を約束した。
「キラさん。レイは無事なんだね。」
やっぱり自分の事より無意識にレイを優先しているシンに
「それより大丈夫なのかい?急に目覚めたと聞いてびっくりしたのと、嬉しいのが綯い交ぜになったよ。」
「うん…。ちょっと不本意な気分で目を覚ましたんだけど、キラさん。俺…レイと話した後、
ちゃんと答えを出すから。だから待っていて欲しい。」
このままじゃ駄目だ。もうすぐそこまで死神が迫っている。
キラとの事…アスランとの事…レイとの事に対してよく考えてシンは、やっと自分の想いを定めた。
ずっとこれからシンが共に過ごしたい相手…
最期を看取って欲しい唯一の相手…
(それは…だから。)
キラに車椅子で牽かれてレイの元にシンは辿り着いた。
ちょっとまだ正直体調が悪いが、地下ではシンが階段を降下するのが辛いだろうと、
アスランが気を利かせて、談話室にレイを連れ出してくれた。
もちろんイザークにはアスランが監視するっという条件付きで、許可はもらっての事だった。
一室で4人が集まり、漸く落ち着けた。
「大体の互いの事情は知っているから、それは良いとして。
レイ…シンへの拉致監禁にお前は加担していたんだな。」
「ああ…。アスラン本当だ。今回が決して初めてで無い。俺はシンを強姦していた。」
シンが耳を塞ぎたくなる様な事を、アスランはレイに言わそうとしている。
本人が居る前なのにっとキラはシンを肩越しに抱き締めて、守ろうとでもしていた。
「シン…。アスランはきっとレイに謝らせようとしているんだ。君にとって酷な事であっても。
僕はシンじゃないから口を挟むつもりはないけど…君は何処かで彼を赦しているんだろう?」
見抜かれていた本心に、シンは驚愕したがレイに…
「レイ。俺は知らなかったんだな。お前がずっと助けを求めていた事に。
だからそれに気が付かない俺が憎かったから、だからこんな真似をしたんだよな。」
たったギルバードが語った真実だけで、心が折れそうになっていたシンだから分かる。
途方も無い苦しい運命を背負って、正気で居られる訳が無い。
無神経だった自分の振る舞いが、どんなにかレイを苦しめていたか。
「あの頃俺はシンが嫌いだったよ。本心では。俺と同じなのに全てから守られ、
自分を保っているシンが…。でもアスランが現れた時、同時にあったもう一つの感情に…
お前が本当は好きなんだと言う事に気が付いた。」
それでも屈折した感情がどうにかなるものでもなく、その事がギルバードの逆鱗に触れてしまって、
この醜態を晒す結果に繋がった。
「ごめんな。レイ。此処まで追い詰めたのは俺なんだよな。でももう俺に囚われないでいいから。」
「えっ…。」
「ステラが居るんだ。お前は本当に一人じゃない。血の繋がった家族が居るんだ。」
マユ(いもうと)が忘れなれない苦い思い出となってしまっているシンにとっては、
レイはまだ救われているっと言った。
レイが本当に求めているのはステラ(かぞく)の存在。
遠回りしたけれど、もうすぐ再会できる兄と妹…
「俺はレイ…お前とは別の道を歩くよ。そんな相手をちゃんと分かったんだ。
お前と同じ俺はある人に依存していた。でもそれは間違っていたんだ。
縋るだけじゃ何もならないんだ。隣で一緒に対等にいて嬉しいと思える者…
だから俺はこの手が好きなんだ。」
自分の肩を抱いているキラの手にシンは掌を重ねて、レイとアスランに誰を愛しているのか伝える。
まだシンとて正直はっきりとは違いを言えない。
でもいつしかキラに愛されて、自分も気になっていて、アスランっという初恋の相手を前にしても、
苦悩する位に答えが出なくって、だからこそはっきりと『愛しているんだ。』っとそれだけは分かった。
実際レイと和解するきっかけもキラが齎してくれた。
「シン…どういうつもりだ…?!」
レイは既に諦めていたので渋々その事を受け入れたが、アスランは納得出来なかった。
実際シンはアスランを想い苦しんでいた筈だ。
「アスラン。俺は言ったよね。もう遅いんだと。それにきっと最初俺は、
アスランに家族を…兄として求めていた。でもそれとは別で俺は本当にアスランに惹かれた。
俺は本気で好きだったんだ。本当にアスランと恋人としていられたらっと思ったよ。
でもそれは間違っていて世界が狭かったからそうだったんだ。キラさんを知ってからそう思った。」
シンはキラを見詰めて向き合う。
「キラさんもレイと一緒で俺をきっと嫌いだったんだよ。こんな空っぽで我儘な俺を…。
でも少しずつお互いを知って、だから決して目が逸らせないそんな気持ちになった。
誰よりも嫌っていた筈の俺を一途に愛してくれ、誰よりも俺がそんな愛情の傍で居たいと、
抱かれた時に分かったんだ。」
キラの手を握りしめて、もう迷いが無いと言い切った。