絆〜SIN〜第五話『届いた想い』




夢なら…何て残酷なものなんだろう。
シンの脳裏にそう浮かんだが、それが決して夢で無く今起こっている事…
きついコロンなど一切振りかけている訳でないだろうが、
この男の薫りはシンを覚醒させるに値する位に、シン自身にも染みついている。
「やっ…あぁっ…何で…。」
此処に居るはずの無い者が、シンのか細い身体を抱き込んでいた。


「やぁ…おはようシン。どんな優れた医学も、君のオリジナルの者のキスには勝らなかったようだね。」


まるで肉食動物に捕えられた草食動物のような有り様を、
シンはそんな今の自身の状態を信じたくなかった。
精一杯ギルバードの胸板を押して、拒絶を態度で示すが、それは無駄な抵抗だった。
すっかり怯えて震えているシンをみて、ギルバードは満足気な表情で、
弱っているシンを組み敷き首筋に唇を這わせて、次々と蹂躙の痕を残そうとする。
汗が伝い緊張と絶望が、自分を極限までに追い詰める。
散々弄ばれどんなに拒絶してもどうしようもなく、幾日にも渡ったあの悪夢のセックス。
まだ全然忘れて居なく、絶対的な恐怖として身体に未だ燻っている。
一番会いたくない者が、再び自分を籠絡させまいとしている。
青褪めて既に泣いている自分を自覚している位だった。


「どうして逃げたんだい?」
あくまで淡々と話してくるが、その声色とは別でギルバードは目が笑って居なかった。
「いや言い変えよう。レイが君を連れ出したんだよな。」
だからと言って赦している訳で無いと、耳朶に噛みつくようにキスをしてきた。
自分からは全く見えないが、少し傷付いたのかギルバードの唇に血が付いていた。
シンの血を舐め取り、耳元で囁きかける。
「黙っていては分からないよ。シン…。ちゃんとこの私を誘っている君の唇で応えなさい。」
さっきギルバードに無理矢理された口付けを思い出す。
どちらの蜜かわからないものが、シンの唇を濡らして鈍く光っていた。
キラとやっとこころ通わせ、意識を失う前に最後に交わしたキス。
その余韻すら味わうことも無く、再びギルバードの色に染められた。


「ああぁ…俺は…怖かったから…貴方が…。」
なけなしの勇気で言葉を紡ぐが…
「それは私に求められ、心から君が受け入れて素直にならないからだ。」
アスランの癒しのセックスでも、キラの愛情が秘められたセックスでもない。
全く異質でまるでシンの意志を無視したそれの、何を受け入ればいいのか?
困惑している間にも、ギルバードはシンを抱こうと愛撫を仕掛ける。
逃れられない凌辱に、シンはまた意識を手放し成されるがままとなっていた。
ベッドの布団は下に落とされ、シンの衣服を剥ぎ取り、
ギルバードは自分のベルトを抜き、自身のいちもつを取り出す。
慣らしてもいない先に、それをシンのお尻の谷間に捻じ込み貫いた。
性急に激しく仰け反り、そして腰や脳天に響くギルバードの楔に悲鳴をあげる。
「いやぁぁぁ…うぐぅぅ…あぁぁ…。痛い…痛いよう…。」
死にそうなくらいの苦痛が駆け巡り、もう何も考えられなくなりそうだったが、
辛いセックスの合間にシンは問いかけた。
「どうして…ぁぁ…俺なんですか?貴方は…ふぅぅ…あぁ…俺を通してレイが…好きなんでしょう。」
そもそもがレイを救う為だと言い放ったギルバードの言葉。
喜怒哀楽が歪んでいたレイに、最初からギルバードが恋人になってやれば好かったのだ。
そうまでして守ろうとしたレイを責めるはお門違いの筈だ。


嘗てアスランが自分に気付かせてくれた現実…。
どんなに強情を貫いても、自分を知らなければ幸福など訪れない。
例えもし他人より早く、どうする事も出来ない死が訪れても、
だからみんなの存在が愛おしいと思える。
「貴方が俺を救い出してくれた事は、本当に感謝しているよ。
俺はちゃんと幸せだよ。だからレイと向き合って。」
そのシンの言葉を聞いたギルバードは、
「まさか…君に痛い所を指摘されるとは。そうかもしれないな。
しかしレイに対して恋愛感情は抱いてはいない。シン…君には抱いているが…」
「きっとそれは勘違いだよ。俺は貴方の分身なんだよね。だから分かるよ。
俺とは違って優しすぎるんだよ。貴方は。自分を追い詰める位に…。」
不器用なまでのギルバードの気持ちをシンはちゃんと受け止めた。
確かに自分にした仕打ちは、一生赦せないかもしれない。
でもこうやって普通の感情を持ち生き方を選べるのは、目の前の者のお陰なのは事実。
一番最初にシンを深く愛してくれたもう一人の自分…


「遠縁に預けて、此処に誘って良かった。君が幸せで…本当に…。」
大の大人であるギルバードが、顔を手で覆い咽び泣く。
そんなギルバードの背にシンは腕を伸ばし、自分に引き寄せて抱き締めた。
慰めるようなそれに甘える様に、ギルバードは張り詰めていたものを解放した。
程なくそうしていると、ギルバードが過剰な蓄積した業務疲れと泣き疲れたのか、寝息を立て始めた。
それを微笑みながらシンは見て、SPの一人にギルバードを家に送ってくれる様に頼んで、
騒ぎにならないように此処から連れ出してもらった。


「これで俺自身はけじめをつけられた。後はレイ自身に頑張ってもらわないと…」
そう呟きを漏らしていると、アスランが漸くシンの部屋に戻って来た。
どうやら途中で軍務での呼び出しがあり、それでかなり時間が取られたらしい。
シンはアスランに心配を掛けてはいけないからと、這うように脱衣所で着替え、
ギルバードとの後始末をつけて待っていた。
目の前の其処には上半身を起こして、アスランを見詰めるシンの姿があり、
アスランは驚きと共に安堵した。


「シン…漸く目覚めたんだね。」
アスランは喜びの余り、抱きつこうとしたが病み上がりにきついと思って我慢した。
「アスラン。ごめん。また迷惑を掛けてしまって…」
「何を言うんだ。当然だ。俺はお前の恋人だろう。」
告白後のシンの返事はまだだが、既にアスランの中ではシンと恋人同志となっていた。
しかしシンはまだ結論が出せない。
アスランが好きな気持ちは変わらないが、徐々に大きくなっているキラの存在。
不誠実な感情が自分を追い詰めている。
その戸惑いを察したのか、アスランもシンから目を逸らした。
アスランもキラと寝たシンに問いたかった。
(もう…以前とは違ってキラも同じ土俵に居るんだったな。お前は俺とキラどちらを選ぶんだ?)
直接聞けばいいのだが、アスランとて何も絶対的な自信がある訳でない。
現にキラは自分の初恋相手で、其処に居るだけであったのに、恋心を抱いたのだから。
キラの魅力は嫌って程、アスランが理解している。
精神的に安定しているキラを見て、シンが拒絶など出来ない事も…
キラを改めて見直そうとしているだけなのか…それとも未練なのか…
(シンとキラ…どちらに対して迷っているのは俺も同じか…。)


シンが目覚めた事を聞いたキラは、急いでシンの部屋に向かった。
キラとて自分が抱いた後の悲劇だったので、ずっと気にしていた。
元々抱かれる筈の無い男という立場だったのに、さぞかし痛かっただろう。
はじめてアスランに抱かれた時、まだ恋愛感情があったから我慢できたが、
シンは自分にそう言ったものはなかっただろう。
憎しみから…愛情へ…。
そもそも都合が良すぎる自分の態度は、褒められたものではない。
悶々と苦悩していると、
「キラ=ヤマト。お探しのレイ=ザ=バレルが帰還したぞ。」
背後から駆け走って来たイザークが話し掛けてきた。
以前からアスランを通じて頼んでいたから、わざわざ教えてくれた。
「イザーク…ありがとう。ところで彼は今何処に…。」
「訓練をさぼってふらふらとしていたので、しっかりお説教部屋で、
現在ディアッカに監視させて事情説明させ、始末書を書かせている。
後…二名彼を保護したって者が居て、その者の身元確認をした後、
ちゃんと御礼を申し上げるつもりだ。」
規律に厳しいイザークにしたら、かなり優しい方に分類される後処理に、
キラは胸を撫で下ろした。
安心しているキラを見て、イザークは
「誤解するなよ。俺は長官として当然の事をしたまでだ。決してお前達の為ではない。」
顔を真っ赤にしてキラに訴えるイザークに


「ああ…そうだね。いつも君は誰よりも自分の心も立場も見失って居ない。
尊敬すべき者だよ。本当に…」
迷って泥沼へ嵌りがちな自分とは違う。
いつかこんな風になれたらいいな〜っとキラは微笑んでいた。