絆〜SIN〜第四話『檻の外へ…』




シンに向けられたアスランとキラの無償の愛…

広野より雄大で、深海より深くて、青空より澄んでいる。

そんな思いで包まれている事がシンの幸福。


あまり人付き合いが得意じゃないシンを、誰もが心配して心砕いている。
それを薄々感じ取ったルナマリアは、わが事の様に嬉しいのか微笑む。
「本当はずっとついていてやりたいが、シンは体調不慮で説明が済むが、
仕事もせずに此処に置いて貰えるほど、ZAFTも温くない。」
アスランは残念な表情でルナマリアに言ってきた。
その隣でキラも
「僕も同じだ。だから交替でシンの面倒をみよう。君達は嫌かい?」
全然嫌がる訳がないのだが、寧ろルナマリアにしたら自分こそが、
アスランとキラにお願いしたいところだった。
しかし二人は業務があって不在である。
今はルナマリアとステラがシンの看病をしている。
辛そうなシンの布団を掛け直しながら
「シン…二人の王子様が眠り姫の起床を待っているわよ。何時までも寝惚けてないで、
何時もみたいに憎たらしい減らず口を叩きなさいよ。」
自分でも無茶苦茶言っているのは分かっている。
シンも好きでこうなった訳でなく、本当に体調が優れないのだ。
はっきりと理由は分からない。
しかし消息不明だった空白の時があり、程なく無事な姿を見せたが酷い有り様だった。
集中治療室で主にアスランとキラ以外は面会謝絶で治療され、また色々有り今日に至る。


一方…正式にステラはアスランの采配で、ZAFTに入隊した。
本来なら身元不明の不法侵入者を軍が尋問して、処罰しても文句は言えない。
そんな立場のステラだったが、アスランはそんな事をシンが望む訳が無いと、
その身体能力の高さと、レイの身内と言う素性から丁重に扱った。
手続き上独断では無理なので、一応イザークに相談して取り決めた。
ステラは洗面器の水を替えに行って戻ってきた。
中々目覚めないシンを覗き込み
「ステラが連れ出したのがいけなかったんだよね。ごめんね。シン。
ステラはずっとシンの傍に居るから、もうシンを困らせないから目を覚まして。」
ずっと自分を責めて、泣きそうなステラを見たルナマリアは
「ほら。泣かない。泣かない。」
ステラを引き寄せ胸で抱き締め、頭を撫でながら慰めた。
「ルナマリアお姉ちゃん。でも…」
すっかりルナマリアに姉を感じ慕い始めていたので、ステラはルナマリアを姉と思ってそう呼ぶ。
「ちょっと寝覚めが悪いだけかも。こら!!シン。ステラも泣いちゃったじゃないの。」
実の妹のメイリンもかなり子供っぽいが、ずっと幼いステラはもう一人の妹分。
根っからの面倒見の良さで、ステラを気遣う。
本当はルナマリアも泣きたいのだが、今はまだ泣けない。
そんなのはルナマリアのポリシーに反する。


「ステラ…シンが本当に好きなんだね。」
「うん。シンがお姉ちゃんと恋人同志でもいいの。ステラはいちばんシンが好きなの。」
ルナマリアはステラの発言に赤面して
(他人から見たら…私とシンってそう見えちゃうの?前は微妙だったけど…今は嬉しいかも。)
シンが弱ってから、そしてステラが現れ、アスランとキラに感化されたのか、
ルナマリアにも確実に心境の変化が見え始める。
異性として意識をしている事を、認める日も近いのかもしれない。


逃亡中の3人の男達…
しかし腹がすけば戦は出来ぬと、スティングとアウルはレイを誘い、レストランに入っていった。
意外に肝が据わった二人の態度を見て、レイは違う意味で感心した。
ウェイトレスが座席を案内して、ウェルカムドリンクとメニュー表を並べ立ち去った。
メニュー表を先に見ているスティングを待っている間に、アウルはレイに疑問を投げ付けた。
「なぁ…お前。ステラと会ったらどうするんだ?」
急な質問でレイは面食らったが、
「もちろん。話をするよ。離れ離れだった分、積もる話はあるから…。」
今まで生き別れの妹がレイの最後の良心の砦だった。
あの日…ギルバードに連れられレイは外の世界を知った。
しかし同じ実験の被害者のステラは、その後も施設内で取り残され、残酷な毎日を過ごす。
そんな共通の想いを共有出来る妹より、どうしても現在(いま)はシンの事で頭がいっぱいだった。
本末転倒なのは充分感じているのだが…
(一緒に真実を問うと言っていたシンに、何も言わずに独り善がりで議長と対峙してこの有り様。
逆にシンを危険に晒してしまい…挙句俺よりよっぽどステラの兄である二人に迷惑を掛けて…。)
色々と情けなく唇を噛み締めて下を向いていると、


「また…ピアノをあいつに聞かせてやってくれよ。俺はそういった教養は嗜んでないんだ。」
レイ自身もピアノを奏でている時だけは、哀しみも怒りも憎しみも忘れて、ただ音色に心傾けていた。
「アウル…くん。」
「本当にあいつは歌が好きなんだ。いつもアカペラで歌うんだ。昔…兄がピアノを奏でて、
教えてくれたんだって。希望が湧いてくるんだといつも言っていた。」
アウルは精神的に壊れても、世界を恨んでも可笑しくないステラが、世の中に背を向けず、
自分達と一緒に笑い合っていることが奇跡だと言う。
注文が決まったスティングは、アウルにメニュー表を手渡し…
「俺とアウルは幼馴染であって戦争の孤児になり、たまたまステラが居た施設の被検体の世話係をしていたんだ。」
親が居ないハンデは自身が労働しなければ、生活は出来ない。
そのために雇われた場所で、ステラと運命的な出会いを果たす。
直ぐに何故か意気投合して、二人はステラを構っている間に、自然と今の関係になった。
天然でちょっと抜けている年の近い異性。
色恋の相手と言うより、もっと深い家族みたいなそんな縁で結ばれている。


「これからもあいつを俺達は見守っていく。お前よりもあいつと過ごした時間は多い。
だからお前があいつを不幸にするような真似をするのは、絶対に許さないから。」
(そうか…これが相手の事を真剣に思っている事の答えなんだ。)
レイはギルバードが言った言葉が如何に重いか知った。
一日・二日でなんて確かな関係などありはしない。
しかも相手の感情を一切排他したような、そんな偽りのものなど、
どんなに時を経ても、それこそが無駄な時間と言うもの…
意味も無くシンを苛んだが、もしかしたら真摯に向き合っていれば今頃は、
失った感情を取り戻して、シンと友情を越えて恋人同士になって、毎日が充実していただろう。
可能性を放棄して、アスランに嫉妬して、キラに牽制して…
そして実の妹のステラにすら、きっとこのままでは直視出来ない。
「アウルとスティング…助言をありがとう。いや…ステラをずっと支えてくれて。
まだ兄らしい事を何一つしていない俺だが、ゆっくりと兄妹として頑張っていくよ。」


未だ手中におさめられないシンを、切望するあまりに…
「こんな真似は実はしたくなかったのだが…。」
ギルバードは自分のSP数人を引き連れて、ZAFTにキラやアスランが関知しないように、
細心の注意を払いやってきた。
目的はシンを取り戻す事…いや奪う事だった。
しかしあくまで露払いなSPはギルバードのする事に、疑問すら抱かない。
ZAFT内では急な訪問で周囲は驚愕したが、そんな雑音に等しい者達には目も暮れず、
シンが療養している部屋に侵入した。
流石にルナマリアとステラは、男子部屋に何時までも長居は出来ず、
夜はキラとアスランがシンの部屋で就寝していた。
今は交替でアスランが看病している時間帯だったが、医療班にシンの底を尽きた投薬を貰いに、
ほんの刹那だけその場を離れたその時…
「シン…病に伏せる君も中々にそそられるね。」
すっかりやつれているシンの頬を撫ぜて、うっとりと呟く。
その手は優しいキラ達とは明らかに違って、シンを堪能し支配しようとする魔手に等しかった。
ゆっくりとその指が、シンの顎を掴み上向きにさせる。
そして覆い被さる様に、薄く閉じられた唇を奪う。
最初は互いの形を知る為に、触れるだけだったが、次第に舌先を使いシンの唇の谷間を割って来る。
「うっ…ううん…はぁぁ…。」
ぬるぬるとしたそれがシンの呼吸すら奪い、その事に流石に苦痛を感じたのか、
シンがずっと伏せていた瞳を開く。
まだ頭痛や肉体的な気だるさがきつい。


しかしやっと目覚めた時、その視界に居た人物は哀しいかな、求めた者ではなかった。