絆〜SIN〜第三話『去来する過去』




一体何時からだろう?


互いの歯車が狂い、憎しみを覚えてしまったのは。
アスランがシンと共に生きると言う言葉が、素直に認められないのは…
キラがシンをついには抱いたと言う事実が、こんなにも重く感じてしまうのは…
まだ互いに未練でもあるのか?
それともシンをやはり深く愛している為か…
綯い交ぜになっている感情に、キラとアスランは過去を振り返る。


それまでは何事も無く平和だった。
何時も通りに生活を営み、誰もがそれが永遠に続くと信じていたあの日…
突然それは訪れた。
無差別に行われた兵器による強襲。
武器を持たない民衆は無力にもその尊い生命を奪われた。
飛び散る血、目にも中てられない亡骸が、次第に洒落にならない位に
その場ではつくられ、しかもそれだけでは無く火器により一瞬に消された存在もある。
避難勧告が出されて、大勢の住民達が逃げ惑うそんな中…
誰よりも幸せな思い出の中に住んでいた互いが再会した。


「キラ…俺を憎んでくれていい。敵である俺を…。」
何度も戦場で相見えるキラ=ヤマトとアスラン=ザラ。
それぞれの守るべきものが相違して、今ではもう何もなかった頃には戻れない。
でももう気が付いている。
だからと言って単純に忘れてしまえる相手で無い事…
名前を聞くだけで心揺らしてしまう、無視出来ない者…
最終戦フレイを亡くし、その哀しみでクルーゼを仇打った後、
まるで抜け殻になったキラにアスランは会いに来た。
本当は最も追い詰めたのは自分だと自覚しているのだが…
自閉症になりかけていると、彼の双子の姉であるカガリに聞いた。
「本当なら肉親の私が何とかしてあげたいんだけど、オーブも情勢が不安定だし、
キラには済まないが何もしてあげられない。」
唇を噛み感情で動けない自身を責めていた。
それを聞いて
「ちょっと気まずいけど、カガリの気持ちを伝えに行くよ。」
そして彼が精神療養している別荘に赴いた。
彼の養母が甲斐甲斐しく世話をしたり、嘗ての自分の婚約者のラクスが、
精神的に脆いキラを支える為に、立場を棄てて彼の傍について慰めたりと、
キラのこころの傷がどんなに深いのか、周囲にはひしひしと伝わっていた。
そこには全くの場違いな自分を感じつつも、キラに迷惑がかからない時間を選んだ。
気を利かせてラクスは二人っきりにしてくれて、買い物に出かけた。
食事をとるテーブルでまるで対峙している二人…


無気力だったキラは、アスランを焦点の合わない瞳で最初は見ていた。
柱時計だけが無音の空間で存在感を出して時を刻む。
アスランはラクスから頂いたコーヒーを飲んでいた。
しかしキラの分は温かったがそれも次第に冷えてきていた。
あれから食欲も失っていると見てとれ、そんなに肉付きがよくなかった身体も、
更に痩せ細っていた。
「飲まないのか?キラ…。」
沈黙を破り口を開いたのはアスランだった。
そんなアスランの声が、言葉が、キラの耳には親切からの言葉ではなく、皮肉に聞こえていた。
なんで自分はこんなにも苦しんでいるのに、癒えない戦争のもたらした心身とものキズを、
未だに引き摺っているのに、目の前の男はまるで何事も無かったかのように、
澄まして其処にいるのかと…
その現実に向かう感情が、久方ぶりにキラの身体を駆け巡ってきて…


「何でそっとしてくれなかったんだ。君が現れなかったら、僕はこの手を汚すことも、
幸せな現実を奪われる事も、それを目の当たりにすることも無かったんだ!!」
言ってる事は半分は正解で、半分は間違っている事も理解している。
戦火は自分が住んでいるところ以外では、日常茶飯事で既にあがっていて、
たまたま自身が知らずに済んでいただけだった。
いわばアスランが居ようと居まいと現実はこうだった。
しかも本来ならコーディネーターのキラは、ZAFTに対してその腕を振るうべきだった。
アスランはさぞかしキラの行動が理解出来ずに、苦悩して戦場を駆っていただろう。
幼馴染のアスランを最初に裏切った行動をしたのは、キラ自身だった。
「そうだった。俺はキラの現実を壊した。でも…それはお前も同じだ。」
「分かっている。あのアスランを庇って僕が手に掛けた機体。あそこからだろ…」
ニコルの死を言っているのだと、アスランは感じたが
「いや。もっと前。お前は俺の中でどういった存在だと思っていたんだ?」
アスランはキラを見据えて
「お前も俺の中では守るべき存在だった。お前は俺を切り捨てたんだ。」
機体を通じてアスランは懸命に説得した。
生命を大事にしろ。そして戦うな。戦うならこっちに来るんだ。…と。
しかしどれひとつキラは耳を貸さずに、戦い方だけ上手くなっていった。


破滅へ向かう掛け替えのない存在を、アスランはどんな気持ちで受け止めていたのか。
思い通りになるどころか、益々取り返しがつかない方向へ走る親友。
「僕と君が再会するまでにも、砂時計は落ちていた。その中で培ったものを、
否定など誰が出来るんだ。そして僕は迷った。でも迷った時間で失ったものが多かった。
切り捨てられなかったから…全てを…。」
種族だけで積み上げた人間関係まで割り切れない。
それがゆえにナチュラル側を知らなかったアスランは、この葛藤を理解出来ない。
会わせ鏡のような二人は、どうやっても交わる事は出来なかった。


「だったら泣くなよ。お前はちゃんと自分で選んだんだ。」
決してアスランの前では泣くまいとしていたキラの心を裏切り、
自然と涙が頬を伝う。
こんなにも自分を追い詰めた相手の前で…
それをみたアスランは、そっと立ち上がってキラの頬を自身のハンカチで拭う。
よっぽど張り詰めていた感情が、一気に流れたのかキラは思いっきり咽び泣いた。
そんなキラを背中越しにアスランは抱き締めて、
「ごめんな…。お前を愛していたのに…」
懺悔のように吐き出された言葉。
アスランはキラをどんなにか深く愛していたのか…ちゃんと自分を理解している。
自分よりも早く生まれていても、どこか危なげなキラを、
キラの養母からしてアスランに面倒をみてとお願いして来た程だった。
母親同士が交流があり、家族ぐるみの付き合いを二人はしていた。
ぼんやりしている幼馴染を、アスランはまるで兄の様に見守っていた。
全てに於いて優秀なアスランだったが、キラの事をだから蔑ろにはしなかった。
寧ろキラの感受性が強く、他人を思いやれる柔軟で優しい人柄に好意を抱いていた。
次第にそのキラがアスランの中で大きくなり、これが友情を越えた感情だと気が付くのに、
そんなにはかからなかった。


そしてそれはキラも同じで、誰よりもアスランが特別であり、
アスランが自分と離れ離れになるあの日…
アスランに手渡された鳥型ロボット・トリィを贈られた時

『アスラン僕は君の事が好きだった。』

これが最後でもあるまいし唐突にそんな言葉が出た。
それにはアスランも思いがけない事だったが

『俺もだよ。キラ…。そうか。随分長い片思いだったな。俺達。』

そういってその日の夜、互いの親の目を盗んで生まれて初めてのSEXを経験した。
初めはどちらが抱く方か、抱かれる方か…と、初だった為に相談し合ったものだったが、

『キラ。もし…俺より大切な者が現れた時、初めて抱いたのが男の俺だったなんて、
そんな事になったら流石にきついだろう。だからお前の初めては置いておこう。』

『それはアスランも同じだよ。やっぱり僕がアスランを抱くよ。』

譲り合いは長く続いたが、アスランが結局一枚上手で、キラをリードして抱いた。
もともとどちらでもよかった。
ただ繋がりたいと思っての行為だけだったから…
巧みにアスランはキラを愛撫しては、キラを翻弄した。


(キラ…お前がシンを抱いた?男のシンを初めて…。本気で…)
アスランとてシンとエッチしたのは、ほとんど初対面の時だった。
それとは明らかにキラの向かう感情は違う。
そしてシンもキラのそれを受け入れたのか…

「キラ…それほどまでにシンの事が…」
「何度も言うよ。アスラン…僕はシンを愛している。きっと…初恋だった君よりも…。」