棘〜IBARA〜第五話〜『罪と星の出会い』




「シンの記憶は操作された結果だったのか…。」


レイから聞かされた真実…
シンはオノゴノ島で戦争に巻き込まれたのは事実だった。
焼け焦げた大地の悲鳴すら生々しい。
避難場所に逃げる人々…
容赦なく上空から落下される爆弾。白兵戦の銃撃の爆音。
悪夢から誰もが回避しようと思って、身を隠せる場所を探し彷徨っていた。
そんな時幼いレイはまだ議長まで上り詰めていない、 一介の現場指揮官だったギルと共に単独戦地に赴いていた。
その手にザグのコントロ−ラを握り締めて、偵察と言う名目で ナチュラルを一掃するための作戦で、機体を操っていた先に…


「マユと父さん母さんの配給だけでも、何とか守らなくては…。」
危ない戦闘にナチュラルの家族を巻き込めないと、 唯一その中でコ−ディ−ネ−タ−だったシンは、
水筒に入った家族分のス−プと四人分のパンを持って走っていた。
いつでも連絡出来るようにと、マユの携帯を持ちながら…
その彼の前に立ちはだかる一機のモビルス−ツ。
黒い漆黒のザグが足元の少年をコクピット越しから見下ろしていた。


「ギル…あの少年は?コ−ディネ−タ−?」
「そうだよ。レイ。」
「やっぱり間違っているよ。このオ−ブは。 優れた人類と原始的な人類が共存なんて出来ない。
それが出来たのならクル−ゼさんが、 あんなにも運命を狂わさなくてもいいはずだったのだから…。」
「そうだね。お前は聡い。あのウズミの吐く偽善を私は少々耳障りと感じている。」
如何にも幸せを教示されて生まれたようなシン。
それをレイは何処か冷静に憎んでいる自分を感じていた。
地球連邦が人類破壊兵器として生み出した…エックステンデッド。
そのプロト型として実験されたクル−ゼ。
誕生までの実験なら育った環境に癒されるかもしれない。
しかし五感を感じてそこにある生命に、繰り返される狂乱と呼べる研究。
そのクル−ゼの細胞を元に出来た陰…
それがレイ=ザ=バレル…とクルーゼとギルバ−ドに名付けられた少年。
レイ…零(ゼロ)…無の存在。
そう言った意味が込められたかどうかは、二人の親の考え次第だった。


「お前にも妹が居たのに、救ってやれなくて済まない。」
同じ遺伝子を持つ女のクル−ゼだった妹…ステラ=ル−シェ−
海を見つめて踊ることが好きだった妹。
どれほどさめざめとした環境の支えとなったのか…
際限なく行われる実験の果て自分を忘れた妹…
不憫に思ったギルバ−ドは親友クル−ゼの影武者を引き取る。
しかしステラまでは監視の目を掻い潜れず、諦める他無かった。


「ギルに出会えて良かったよ。僕は…。 お陰で世界に復讐する機会を与えられたんだから…。」
シンをギルからコントロ−ラ−を奪って捕らえた。
急に地面から足が離れて、あろうことか宙に浮いている。
その異常な事態をシンは喚く事で動揺をあらわす。
「何をするんだ!!止めろ。」
「煩いよお前は。上空300キロから落とすよ。」
高度が徐々に上がっていくそれに、流石のシンも恐怖が勝った。
青ざめるシンは黙ってオイルの薫りがする手に掴まれて、ザフトの基地に奪われた。


「君には申し訳ないね。レイが珍しく他人に興味が沸いたから…。」
無機質な部屋のまるで手術台の上に、シンは手枷をされて固定されていた。
着衣しているのは、無防備な手術着。
さっきまで着ていたシンの普段着は、手術台の下に破られて散らかっていた。
無理矢理裸にされて、誰かも分からない男二人に囚われている。
そして大人の方がシンの身体を弄び、シンの幼い処女を奪った。
それを冷たい瞳で傍観する子どもの方の、耐え難い視線を感じながら…
その強姦の果て、口移しで飲まされたドラックによってシンは記憶障害と成り果てた。


「それから記憶の改竄がされて、シンは二人の都合の良い操り人形と…。」
血の気が引くようにレイの言葉を聞いていた。
キラは恐ろしい事を平然とやってのけたレイに恐怖した。
シンの感情など不要と言わんばかりの所業。
その先には楽園など介在しない。
「まさか自分よりシンを縛っているものが居たなんて。 しかも考えられないやり方で。だったら…。」
黙ってシンが壊れていく様を見るのもいい。
シンを救い出して、より高い崖から突き落とすのもいい。
その中の選択肢には微かにシンと優しい関係と言うのもあった筈だった。
だがどっちに転んでも最終的な手綱はレイが握っている。
「とにかくレイからシンを引き離す。それしかない。」
結果的にシンを救い出すことになろうとも…


訓練のカリキュラムのオフ、シンは単身でプラントへ気晴らしに出掛けた。
宇宙の地球を模った空間にある偽造景色。
自他とも認める優秀なコ−ディネ−タ−が生み出した安息地。
最近では四季までを忠実に再現出来るようになった。
その桜並木を通り抜けて、バイクを走らせると
「あの子何やってるんだ?」
金色の髪のワンピ−ス姿の美少女が、しきりに木を鍵盤代わりに歌っていた。
細い指が桜の大木に触れて、はらはらと薄紅色の花弁を彼女の頭に散らしていた。
それでもいっこうに止める気配はなく、シンは興味でそれを見ていた。


「君…歌好きなのか?」
「うん。何だか懐かしいの。こうやって弾き語ってくれた人が傍に居たような…。」
「この街の子かい?名前は?」
「ステラ…って言うの。此処にはアウルとスティングとでやって来たの。」
「逸れたのかい?誰も居ないが…。」
「違うの。離れ離れになるの。私…。」


ステラはある要人のボディ−ガ−ドとして、この街にこさせられた。
体術を強化された肉体を買ってでのことだと…
しかしそんな豪腕でもなく華奢で、何より外見年齢より幼い感じをシンに与えていた。
(でもその顔、俺の知っているものによく似ているような…)
ふと錯覚を覚えてシンはステラとの交流を楽しんでいた。
別れ際に渡されたステラの合わせ貝のペンダントを首にして…


夜も更けた時間、シンはアスランの部屋に避難するように向かおうと、
自分の部屋にある下着と軍服の替えと、桃色の携帯を取りに行った。
たった一つシンの悲劇を見守る携帯…
それを持って足早に向かおうとするが、キラに手首を掴まれた。

「僕から何時まで逃げるの?シン…。」
アレ以来全く会話が無かった二人…と言うよりシンがずっとキラを避けていた。
(誰だって信頼してる人に、あんな事されたくないよな…)
「別に…逃げてなんか…。」
「だったらその荷物は何?此処は僕とシンが同居する場所だよ。」
「これは洗濯に出そうと…。」
「今日戻って来た洗浄された軍服が?シンは本当に嘘が下手だね。」
肩で笑いながらキラはシンを握る手を強くした。
力が込められ痛がるシンをキラは
「アスランと寝るの。今日も…。分かっているシン。
アスランは僕に償わなくてはならないんだよ。彼との再会で受けた僕の傷を…。」
「でもそれは戦争の所為だ!!アスランが悪いわけじゃ。」
「この僕の沢山のものを壊しておきながら?それは可笑しいよね。」


自分と種族が違っても変わらない友情をくれたト−ル。
迷ってばかりの自分に目的を与えてくれたエル。
そして何より自分が深く愛していたフレイ…
全てがアスランの所為ではない事は分かっている。
自分もアスランの大切な者を奪っている。
だけど…アスランが運んだ戦いの火種は、目の前のシンの悲劇にもリンクしている。
キラ自身を媒介として…


「キラさんは俺の何が気に入らないんだ!!そんな凍えた…。」

−全てだよ。何もかも−

そしてキラはシンの腕を引っ張ってベッドに押し倒した。