棘〜IBARA〜第三話〜『狂気な執着心』




艶めく漆黒の黒髪と、怒りの紅蓮の眸。
それを所有する権利は一体誰?


天真爛漫ほどではないが、何も分からない純粋そうなシン。
それがキラの中でのファ−ストインパクトだった。
子どもらしさが残って、礼儀や敬語などが苦手。
服は着崩れて、襟をとめていない。
態度も問題があると、優等生気質のキラは感じていた。
しかしたまにレイより寡黙になる瞬間がある。
それは喪ったものだけが感じられる喪失感。
幸せは時に不幸よりも残酷なものを与える。


刹那に掻き消されたもの。
手に届く範囲にあったものが、戦争の中で永遠に届かない奈落に落とされた。
人類の英知を注ぎ込んだ存在であるコ−ディネ−タ−。
優れた人類でもその悲劇は回避出来ず、例外なくシンの日常も摂理に則った。
「君は僕の合わせ鏡のような存在だね。だからこんなにも憎いのかも…。」
レイとシンのセックス。
いや激情に駆られたレイがシンをレイプしただけの現場。
それを傍で見ていて、得も言われぬ不快な気分になった。


『どうしてレイはそんな真似をしたのか?』

と言う疑問より、それに負けて哀れな姿で甘んじて受け入れたシンに、 怒りが沸き起こっていた。
運命と言う途方も無い現実に流され続けるキラ。
どんなに叫ぼうが助けを求めようが、誰も救ってはくれない。
唯一の理解者であり、共感者であったフラガも傍にいない。
ラクスやカガリ…そしてアスランとでは、傷の舐め合いで何も戻ってこない。
しかし漸くキラは自分で立ち上がる切欠を手に入れた。
その機会に必要不可欠だったシン。
自分より脆弱な存在を見つけた悦び…


「おはよう。シン。」
「おはようございます。キラさん。隣良いですか?」
朝食は指定された食堂で訓練生は食べる。
栄養や量で健全な肉体をつくるためだった。
しかし上官はそこでは食事を摂らず、各部屋で配給されたものを食べていた。
いつ指令が下っても対処出来るようにとの事。
今日は和食の献立で、キラは半分くらい手が進んでいた。
「昨日はどちらに行かれていたんですか?」
「それはアスランの部屋だよ。」
「フェイスのアスラン隊長の部屋?何でまた…」
「彼とは幼馴染だからね。色々積もる話もあるんだ。」


官能な場面で居続けられるほどキラは異常ではない。
シンの汚れたものを始末してあげて、無かったことのようにした。
それは決してシンを気遣っての事ではなく、直視出来ない自分の為だった。
そして軍務で疲れているアスランの部屋を訪ねた。
部屋に着いたとたんアスランの胸に縋った。
寒い肉体を…そして心をアスランの体温で温めて欲しかった。


「キラ…どうしたんだ?こんな時間に。」
バスル−ムから出てきたばかりのアスラン。
バスロ−プを羽織って、髪から流れる滴をタオルでふき取っていた。
その谷間からアスランの胸板が見え隠れした。
「アスラン。僕は愚かな存在かな。」
「藪から棒に何を言い出すんだ。キラ。」
「自覚はあったんだ。僕の存在は不幸を運ぶ。 でもいつかそうならない日が来ると信じていた。」
「…お前は悪くないだろう。こうなったのは抗争があったから。」
「そうかな。僕は鈍いから悪化してから、やっと気付く事が出来る。 他人の感情を。」
シンに本当の事を決して教えるつもりは無い。
どうしてかそれを決めている。
いつもなら謝って許してもらおうと努力する。
しかし今回は違う。
眉を細めてキラはアスランに視線を向けて
「アスラン…君は壊されたおもちゃに興味があるかい?」
「えっ…?そうだな。一般的には捨てられるんじゃないか?」
「僕は愛おしいと思うんだ。原型は何だったのか知りたい。 壊れた原因は?そして…。」


“もっと壊してみたい…この手で…”


一生懸命立ち直ろうとしているシンをこれ以上見ていると、 自分が卑小に思える。
彼が足掻けば足掻くほど、可能性を否定してしまった自分が情けなく思える。
それを特等席でみる羽目になるのは我慢ならない。
「アスラン…君はシンを抱いたのかい?」
残酷な問いかけをアスランにした。
レイの言葉をどうしても肯定している自分がいる。
かつての恋人に対して不信感が拭えない。
その言葉を聞いたアスランのこめかみが少し動いた。
それをキラは見逃さなかった。
「どうだった。彼の味は…さぞかし素敵な肉体だったんだろう。」
「キラ。シンの戦争で負った心のキズは深かった。
それを安心させる為に俺は抱いたのは事実だ。本当にシンには俺が必要だった。」
(言い訳にしたら上出来だよね。相手の事を思いやってしたSEXだと言えば…)
その現場をレイに見られていたのは君の落ち度だ。


「キラさん?どうしたんですか?」
遠くを見つめているようなキラを心配してシンは覗き込んだ。
心此処に在らずのそれは目立っている。
シンはキラと出会った時から、その違和感に襲われていた。
実際目の前にいるのに、すり抜けているような
「何でもない。それより訓練に行こう。」
「今日は午後からですよ。午前は自主時間です。」
「それでもだよ。強くなりたいだろう?君は。だから…」
我武者羅に力を求めている事を利用した。
上を更にその上を目指す姿勢は沢山の心を打つだろう。
しかし僕はそれが痛々しい。そして腹立たしい。


ナイフをキラは持って、白兵戦の訓練をシンとした。
鋭く尖った剣先がシンの柔らかい体に紙一重でかわされていく。
風を切ってキラは突き刺そうとするが
「キラさんには無理ですよ。こう見えてもこれには自信があるんです。」
確かに成績も良く、自分を傷つけるものには敏感なシン。
だから本気で攻めないとシンには物足りない。
戦場を生で体験したことがそうさせている。


「そうかい?でも君はナイフでは届かない部分で切りつけられている。」
「え?何を言っているんです。」
「普通の人ならとっくに狂っているのに、君はどうして其処に立っているんだ?」
突然支離滅裂なことを言い出すキラに、シンは戸惑いながらも
「性がないんです。だって残された。たった一人この世に…。」
「………」
「そして守るべき国民を見捨てた国の行く末を、僕は見なくてはならないから…。」
楽しい家族との思い出が詰まった大地。
夢や希望もあった其処には、今は闇と絶望がある。
全てを忘却にして、偽りの鍍金を花を飾ることで覆っている。
その姿を復興と言う言葉で片付けるが、唯一無二の形は二度と其処には蘇らない。


「僕は今のカガリと言うものには期待しない。あいつは何も分かっていないから。
綺麗事はもう沢山だ。力なき発言は暴言より達が悪い。」
「どうして…。」
「だって戦いの火種は何処から来るか分からないんだ。 無責任な言葉は多くの命を危険に晒す。それを分かっていないから。」


シンの放った言葉は、他者から聞いたら素直に頷いた。
しかしキラには不愉快な波紋しか与えなかった。

“ならば君は自分の存在が他者を傷つけてはいないのか?

こんなにも僕を狂わせているのに…”


キラの歪んだ憎悪がシンに手を伸ばし始めた。
カガリを簡単に否定出来るシンはやはり自分とは相容れない。
そして皮肉にもこの世で、唯一自分と共感出来るもの…


「シン…賭けをしないか?僕が1分で少しでもこのナイフで君をとらえたら、 一つだけ言うことをきく。
逆にとらえられなかったら僕が君の言うことをきく。 単純なゲ−ムだよ。やってみないか?」
その言葉にシンは警戒を全く抱かず乗ってしまった。


これが悪夢の始まりの日だと気が付かずに…