棘〜IBARA〜第一話〜『暗闇の暁』




僕はオノゴノ島を直視出来ない。
後悔と後ろめたさが僕を心を抉り苛む。
そうさせたのはあの日の少年との出会いかもしれない。


確かにオ−ブ本土の海辺の景色が素晴らしい場所に建っている、 マルキオ神父の別荘でお世話になっている。
かつて親友を殺した親友を憎んで、 殺しあってそして限界までの無意味な死闘を繰り返した。
しかし同じく親友の仲間の命を奪った。
怒りで我を忘れて互いにひけないところまで、互いは思い詰めた。
その結果ともいえるイ−ジスの自爆で大破したストライク。
当然コクピットに搭乗していたパイロットを巻き込む惨劇となった。
そして死亡者扱いに誰もが感じたその時、救出してくれた恩人。
そんな縁から行くあてもない僕を受け入れてくれた。
その家から聞こえる海のさざ波は先の大戦で疲れ切った僕を癒す。
寄せては引いてを繰り返す自然の声…
椰子の木が海風に煽られて戦ぐ。
はしゃいでいる孤児院の子ども達の声も混じってそこは【楽園(エデン)】だった。
しかしそこでおきた悲劇は、焼け野原だった大地は面影を残していない。
かつては一瞬でそこの生態系は姿を変化し、茂っていた森林は土をむき出しにした。
飛び交う鳥や、豊かな場所で生息していた動物達は爆撃で焼け死んだ。
人工的に建築された場所などは廃墟と化した。
人の命は更に脆く、老若男女問わず全てを奪っていった。
生々しい現実だけが浮き彫りになっていた。
逃げ惑う人の悲鳴と、断末魔の声…
死が容赦なくそこに降り立ち、そして…


「消えて欲しい。僕の身に起きたことと僕がしたことの全てが…。」
偶然慰霊碑とは名ばかりの墓標で出会った少年。
一筋の勇気と懺悔の気持ちで足を運んだ。
沢山の歴史の反省と悼みを込めた石碑。
だからこそ花に囲まれて生気を取り戻した土地は、 何かを忘れさせるには余りにも綺麗すぎた。
偶然後ろから気配を感じて振り向いて、何かが引き合わせた会合。
下を向きこぶしを握り締め、何かを我慢するように呟く年下の子。
何も実際は変わっていない。
いや過去の傷跡を覆い隠す事など、正気の人間なら出来ないと…
「君はそんなに何処で傷付き、苦しんでいるんだ。」
僕…キラの心に去来する悲劇。
親友で僕を案じて散ったト−ル
学友で共に学び、ふざけて、遊んで極普通の友達。
あの時マリュ−=ラミアスを助けなければ、軍人の道など互いに歩まなかった。
予定調和のような成り行きで、僕のコ−ディネ−タ−能力は戦力に数えられた。
この才能は後の工学のため、何より他人を救うための力だった。
他人を傷つけて奪い、生命を踏み躙るための武器じゃない。
そう全身で訴えていたのに、恋人ミリアリア=ハウを戦いから守り、
いや現実を変えるためにあえて苦難の道をナチュラルなのに選んだ友人。
その思いは拡大された戦闘で踏み潰された。
それをしたのはアスラン=ザラ。もう一人の友人。


方や父親を守ると公言していた僕の言葉を信じていたフレイ=アルスタ−。
遠くから見つめるだけだった僕のマドンナ。
だから少しでも役に立ちたかった。
僕を婚約者のサイ=ア−ガイルより見て欲しかった。
そんなふらついた思いと、アスランとの敵味方の関係が不幸を呼んだ。
結果的に戦艦が爆撃を受けて、凄惨な最期をむかえてしまった。
父親しか身寄りがなかったフレイは、憎しみの対象を僕にした。
嘘をついてしまった自分と、ブル−コスモス主義の彼女。
憎悪の集合体として彼女の心に別の意味で刻まれてしまった。
お嬢様育ちだったがゆえ、心は傷つくことに慣れていなかった。
純粋だったその心は、砕け散って般若と化した。
それを止めることも、最後まで付き合ってあげることも出来なかった。
無責任だったが、それでも僕の恋心はほんの少しでも彼女を救いたかった。


そして最高のコ−ディネ−タの研究。
そこで成功体として認定され誕生したキラ=ヤマト。
期待と利用のために生まれた魂…
だが立会人は研究所の爆発で存在を消した。
しかし不幸にも関係者のクロ−ン体だったラウ=ル=クル−ゼ。
被験者であり実験体だった彼は、半端な形の存在として生を受けた。
普通は父と母の愛情でもって結ばれて生まれ、育っていきたい。
その当然の事をメンデルでは、モルモットのような扱いで生命を捉える。
無機質な試験管で見世物のように結合される。
それを記録をとってそして母体に返す。
人権など皆無なそれは研究者の人格を荒ます。
度重なる遺伝子の研究は、生命を弄び、 そして失敗作には更に残酷な運命が待っている。
廃棄物のような目で切り捨てられて、生きていても後遺症は自分で背負う。
決して自分を苦しめた相手には降りかからない。
そのクル−ゼの復讐に選ばれた僕が愛した女性フレイ。
すれ違って招いた彼女の死。
殺意は完全体の僕に向けられ、残酷なシナリオのためにフレイを殺した。
そうでもしなければ自己を保てなかったのだろう。
時に憎しみや怒りは生きる糧となる。
何かを求めなければ生きてゆけぬ人間の性(さが)
それを自分を軽んじた世界への復讐で果たそうとしている。
(可愛そうな人だった。本当は誰かがそばにいて支えてくれたら、 そんなことにはならなかったはずなのに…)

他にも僕が知り合って生還できなかった者達の死…


それを受け入れる事が出来ず、ずっと椅子の上で星を見上げて嘆いていた2年の歳月。
満天の星空には答えなどありはしない。
昇る朝日にこそもう一度奮起できる居場所がある。
しかし虚空であった。
そして哀しさで、涙も枯れ果てた。
だから自分と同じだと思っていた。
すると
「オノゴノで家族を亡くしました。地球連合軍と白い機体の戦闘で…」
しつこい追っ手であったカラミティ
強化人間の恐ろしさは、喜怒哀楽が己で感じないこと。
ただマリオネットのように、操作されて行動する。
善悪などなし。
感情などあってないようなものだ。
だから判断を求められず、戦火だけが拡大していった。
その猛攻をキラはかわす為に、オノゴノまで戦闘を拡げた。
(自分が彼を孤独に…そんな事って…)
今までは被害者のつもりだった。
大体自分は巻き込まれてこんな目に遭った。
ヘリオポリスでのんびりと過ごしていた日常。
それをマリュ−=ラミアスと関わった所為で砂上の楼閣とさせられた。
此処以外ではそれが不自然であると一方的に言われ、半ば強制的に戦艦に…
しかし目の前の少年はその自分に幸せを奪われた。



「憎いかい?その事をもたらした者を…」
「はい。だから俺いや僕は此処が哀しい故郷なんです。」
心臓が早鐘を鳴らし、キラはその少年に
「もし…その者が現れたら君は…」
「きっと怒りを隠せないです。“何故僕の家族が死んでお前が生きているんだと”憤っています。
だって奪った相手は何も奪われていないんですから…」
「違う!!僕は沢山のものを失った。信頼も愛情も根こそぎ…」
それを聞いた黒髪の少年…シン=アスカは、キラも訳有りの男性と感じて
「貴方も戦争で苦しんだんですね。僕と同じ位にかそれ以上に…」
自然とこぼれた優しさが、キラの放心して止まっていた刻(とき)を動かした。
一滴の涙が頬に伝う。
それにつられてシンも涙で眸を潤ませた。
トリィが鳴き、夕暮れに飛んでゆく。
それは何を意味して運んでいるのか…


「久しぶりだ。素直に泣けたのは。」
「そうですか良かったです。俺…僕の死んだ父が言っていました。 言葉にならない感情があるから涙が必要なんだと。
でも俺…僕は泣きたくない。 この両目で全てを見届けたいから…。」
「君は強いんだね。僕以上に…。」
「そんな事は無いです。此処には戻りたくなかった。正直…。」
シンには郷土愛などない。
そんな感情が育つ前に、全てを亡くした。
その動揺が肩の震えに繋がった。
それを見たキラは思わず抱きしめて、落ち着かせた。
(ごめん。君を苦しめた元凶は僕だ。でも償う方法を僕は知らない。 だから君を全ての不幸から守るよ。)


シンからキラはZAFTに入隊していると聞いて、もう一度戦場に戻っていった。