棘〜IBARA〜序章〜『荊の愛慕』





知らなければ幸せな事は多い。

過去や真実は時にそう考えてしまう。

気持ちだけではそれを捻じ曲げられない。



「貴方は嘘吐きだ!!どうして今まで。」



そうだ。僕は約束を守れた例は無い。

どれもを裏切っている。



「還してくれよ。全てを…。」



君はいつも大事に妹の携帯をいじっていたね。

思い出の感触を忘れないために。

君?覆水盆に返らずって言葉知っている?

一度入力された事を、PCのようにデリ−ト出来ないんだよ。

僕は至高の存在だけど、神ではないんだ。

遺伝子や生命を弄ぶ人間の産物だけど、生憎彼らを憎んでいるから。

だから君の要求にはこたえられない。



「いつも俺のむき出しの感情を笑っていたのか!!」



どう答えて欲しい?嘲笑でもして欲しい?

敵に呼びかけて接近して、勝手に信用した君の落ち度だと言って欲しい?

本音で怒りしかない君に言えば、予想通りの反応しか期待出来ない。

結果が見えている言葉など詰まらない。

そんな事のために僕は時間も労力も裂きたくない。

君とはもっと違う関係でありたいから。

赤い瞳は他者を惹きつけるには余りある。

特に小柄で折れそうな姿態では、魅了される。

不幸かい?家族を奪った僕に愛されるのは?

屈辱だよね。普通は…



「人を踏み躙って良いと思っているのか!!」

そうだよ。

だってあの時道に転がっている石ころのようにしか認識していなかった。

何も持たない非力な一般人。

それが君の全てだろう。それ以外その手には何があったんだ?

特別な感情を都合よく過去に持ち込まないでくれ。

そして…



君は僕に運命を狂わされて、囀る籠の中の哀れな鳥。

不幸にも飛び方を忘れた訳ではない。

だけど君の居場所は僕の腕(かいな)だ。

どんなに拒絶してもそれは永久に不変だ。



僕のために用意されたこの小鳥を手放す訳が無い。

羽をもがいてでも、君を僕に縛り付ける。

思い知るべきだ。この世に味方などありはしない幻想だと…



「今日はどう抱かれたい?シン。」

「なっ!!何をするんだ。」

「君がいつも悦んでいる事だよ。優しくは抱いてあげない。

君が誰の所有物か理解出来るまで、絶対に…。」



荊(とげ)のような感情で貶めてあげる。

何度でも貫いて抱き殺して、そしてぼろぼろの肢体を受け止めてあげよう。

僕しかもう要らない。

僕しか求めない。

そんな生き物に作り変えて、そして僕の一部になるんだ。



君が戦死するその日まで…