檻〜EDEN〜最終話〜『胎動する現実』





アスランに抱かれてから、シンは少しずつ自分を見詰め直した。

一体何が欠けていて、何をすれば良いのかを…


「シン…今日の訓練はどうだった?」
それからずっとカリキュラム終了とアスランの業務が終わってから、
アスランの部屋に通い、他愛の無い話から真剣な話まで語らった。
「順調だよ。イザーク教官はおっかないけど…。」
アスランが自然体が好きだと言ったので、もう畏まった口調では無く、
まるで友達に気さくに話す様になっていた。
「イザークはあれでいて真面目な奴だからな。俺も散々いびられたよ。」
「アスランも??どんなものだったのか俺…見たかったな〜。」
ベッドに腰掛けてシンは興味深そうにしていた。
「こら!!面白がるな。シン…」
あんな醜態は見せたくないと言わんばかりのアスランの抗議。
それを見てシンは笑いを堪えるのに必死だった。


アスランと居ると、今までの閉じられた世界が開かれ、色が鮮やかになっていく。
あの部屋は太陽の光さえ届かない密室。
でも陽だまりの様な安らぎを感じる。
「シン…最近楽しそうだな。」
アスランとばかり共有の時間を過ごしていて、同期の仲間達と疎遠になっていた。
特に正直距離が出来始めているレイに、話しかけられシンは動揺する。
「いつも通りだよ。」
あまり差し支えのない言葉を選び、溜まった洗濯物を洗いにシンは屋上へ向かおうとする。
何度もまるでじゃれ合う様に性交して、その名残もある衣服。
アスランの匂いが残っていて、本当は洗うのも躊躇う。
まだ絆と呼べるほど時は過ごしていない。
でももっとアスランを知りたい。強く抱き締めて欲しい。
共通の思い出を多く築いていきたい。
(本当にどうかしているよな〜俺…。)
そんな火照るような恋情に現を抜かしていると…
「誰かを想って頬を染めているのか?」


ずっとシンだけを見ているからなのか…レイはシンの変化に目敏い。
シンの瞳が全くレイをうつしていない。
いつしかレイはシンの中で、その他大勢のひとりと処理されそうになっていた。
(そんな事許さない。お前は俺のものだ。アスラン…お前はやっぱり邪魔だな。)
多少は警戒していた横恋慕の様な相手に、どす黒い怒りがこみ上げる。
ヨウランなど構ってはいないが、アスランには少しだけ確かに予感があった。
どんな手を使ってシンを懐柔したのか…
弱っているシンのこころに優しい言葉を掛け、付け込んだのか…
ゆっくりシンのうなじを見ると、其処にはアスランから与えられた愛撫の痕があった。
まるでシンは隠そうとはしない。
アスランとの肉体関係は確かにあると、レイに見せつけているかのように、
卑屈になっているレイには見えた。
引き換え自分はシンの意志を無視して、まるで性欲の捌け口のような真似をしている。
しかもその後には一切の記憶を薬物によって奪い、シンを現実に返す。
それの繰り返しで、虚しさだけが互いに残る。
(シン。お前は自らアスランに…?アスランの交情にどう応えているんだ。
淫らなその細い身体で…俺には見せない反応を示しているのか…)
議長とは共犯ゆえに、互いのシンへの交情には嫉妬が湧かない。
しかし自分たち以外で、唯一シンを抱いているアスラン。
シン自身がそれを許している。男同士なのに…


「何でそんな事聞くんだよ。別にレイに言う必要無いじゃん。」
あくまでレイにアスランの事を報告しなければならない事は無い。
話したところで何が変わる訳でもない。
「それじゃ。俺…これを洗ってくるから…。」
そう言って部屋から出ようとすると、シンの腕を掴んだ。
抱えていた籠が落ちて、洗濯物が散らばる。
「シン…本当はこんな真似をしたくは無いんだ。」
ポケットに仕込んでいたケースから薬を取り出し、自分の口に挟みシンを引き寄せた。
それはいつもシンの記憶を奪うカプセル。
「レイ何を…。」
シンの頬を掴み深く口付け、シンの口腔にそれを押しやる。
巧みに舌を差しいれ、シンにそれを飲み込ませた。
リアルに喉に伝わる異物感。口の端から零れる唾液。
無理矢理嚥下させられ、シンは咳き込み
「これなんだよ。あぁっ…あああ…。」
シンは急に襲う頭痛に苛まれ、頭を抱え込みベッドに倒れる。


それをレイはベッドの上から見下ろし
「お前が悪いんだ。誰もお前は見なくていい。知らなくていい。
だからアスランとの事もこれでリセットして、もう一度生まれ変わるんだ。」
激痛で苦しむシンを傍で感じても、残酷な言葉を投げ付ける。
身勝手な考えで、彼はシンの支配者と自負している。
だからこれは当然だとシンの頬を撫でる。
しかしシンは今日は反応が違った。
いつもなら直ぐに気を失うのに、必死で耐える様に丸くなって震えながら抵抗している。
決して譲れない何かを守る様に、アスランと過ごした時に羽織っていた衣類を抱き締めて…
「何!!シン。お前…まさか本当にアスランの事が…。」
がたがたとベッドを軋ませながら、シンは汗を掻いて泣きながら足掻く。
無意識で今度目覚めた時、シンはアスランの事を忘れてしまうと、本能が訴えているのか…
じわじわと頭の中が掻きまわされ、無残にも掻き消されそうになっている恋心。
「嫌だ…俺は。アスランを忘れたくないんだ!!」


このままこんな状態が続くとシンが廃人と化してしまう。
都合よくアスランの部分がデリート出来ない上に、シンがはじめて他人に執着をみせた。
レイにとってはそれがショックだった。
たかが偶然がひき合わせた運命…
レイとの交情の後ならこうはならない。
簡単に薬の効果に身を委ねて、寧ろ忘却を望んでいるかのようだった。
だがアスランとの些細な思い出は特別だったのか…
のた打ち回り忘れる事を拒絶している。


「分かった。今回はお前の献身さに免じて、許してやる。だが多少は奪っていくよ。」
机の中から小さな箱を取り出した。
そこには数本の注射器が並び、レイはその中の一本を手に取る。
「多少はこれで緩和され、苦痛も少なくなる。」
注射器に入っている解毒剤を、シンの腕に注射針をさして注入する。
それの効果か、シンは程なくして落ち着き、レイに抱かれながら寝息をたてた。
無防備に眠るシンをレイは組み敷き、その身体にあったアスランの痕を消す為に、
シンをまるで裏切った報いだと言わんばかりに、レイが満足するまで抱かれた。
激しく抱かれても尚、薬の時ほど暴れず、嵐が通り過ぎるようにシンはレイの解放を待っている。
あくまで身体だけの関係で、心は決してレイを受け入れていない。
「アスランは…お前をこんな風に変えてしまったのか。俺の知らないうちに…。」
レイはシンが遠くに感じて、どこか自分の中で砕けたものがある事に気付く。
足元にあるシンの制服…。
きっとアスランと愛し合った時に着ていたそれを破り捨てた。
無残にも制服のあとは、花びらの様に裸のシンの周辺を紅く演出していた。
それに少しは悦に浸れたのか、部屋の通信機でシンの新しい制服を発注して、
先程のレイとの遣り取りを記憶から消去して、
シンを残酷にもまた欺く。
「アスラン…どうやらお前にも罰が必要だな。」
静かにアスランへの憎悪を募らせ、レイはアスランにとって最も残酷なシナリオを考える。
思案して考えあぐねていると…


「そうだ。あの者をここに呼び寄せよう。キラ=ヤマト…因縁の相手を…。」

互いは幼馴染…どこかシンと似ている彼…
皮肉にも先の戦いではZAFTとは、アスランとは敵対同志だった。
生命の遣り取りもした今では、もう穏やかな関係ではないだろう。
アスランが平常心でキラと再会出来るのか?
シンよりもずっと深い場所で繋がっている、唯一の相手。
嘗ての恋人同志と言っても過言では無く、今では憎しみしか其処にはない。

「この恋情は全てはまやかしだと、シン…そしてアスランお前達に思い知らしてやるよ。」

この波紋が広がりそして大きな渦となって、其処に居る者を過酷な場所に連れてゆく。

檻の中に絡め取られ閉じ込められ、そこには楽園(エデン)など存在しない。

レイの抱く狂気の前には…



漸く書き上げました☆
しかし思いの外やっぱり過去の作品の壁は高かった(苦笑)
何度も読み直して、なるだけ矛盾なく仕上げる事が精一杯でした。
なんせ作品のブランクが5年以上…
このレイシンとアスシンが次の『棘〜IBARA〜』に繋がります。
多少は連載がUPされているので、もう一度この話から続けて読んで頂けると、
辻褄があうかと…

あとは『棘〜IBARA〜』の完結を目指します。