檻〜EDEN〜第七話〜『快楽の果てに』
しかし何時も以上に、シンを求めたレイのSEXは何かを残す。
鈍痛を覚えて、行き場のない熱に魘されはじめた。
病気でもないのに、下半身が痛い。
(どうしたんだ。俺。こんな事今までなかったのに)
不思議と汗ばんで、トイレに駆け込んだ。
何も排泄行為をしたくてそこにいるわけではない。
ただ確かめたかっただけだった。
喉を鳴らして、恐る恐るすそをめくり、パジャマのズボンを下ろして、自分のアソコを見てみると
「何だよ。このあざ。っていうか鬱血ばかりの…」
花びらのように散らばっている赤い斑点。
噛み付かれたように白い肌に残っていた。
(愛撫…みたいだけど。でも気のせいか。新型の病かもしれないし)
よくナチュラルは、麻疹や湿疹に罹っていた。
肌に浮き出る病気は多い。
「俺はそんな事無縁だと思っていたけど…」
その日はシンは伝染病だったらいけないと、 他人に肌を見せないように、きちんと身だしなみを心掛けた。
「レイ…。昨晩はどうしたのかね?」
「………?」
「シンを私の元に連れて来るように、そう言った筈だが?」
「ギル。小者に悟られましたよ。あの痕を。よっぽど美味しかったんだね。」
「ああ…。あの子の処女(さいしょ)を貰ったときから、自分でも信じられない位、
麻薬のようにもう止められない。毎晩でも犯したい。そう思うようになった。」
うっとりと支配欲に満ちた表情でレイを手招きした。
そして耳元で囁く。
「もう少ししたら今度は意識のある状態で楽しもう。素直な人形も素晴らしいが、
怯えて抵抗する彼も嗜虐精神を揺さぶる。」
「初め三回はそうでしたね。まずはギルが。そして俺が。そして輪姦と…。
でも激しく暴れたので後始末が大変だと。」
「そうだったね。でもあれは調教が出来ていなかったからだよ。」
酷く残酷な相談をしているギルバードは興奮していた。
しかし冷淡にレイは聞いていて…
(シンはしかし貴方のおもちゃではないですよ。いつか俺のためだけに堕ちるのだから…。)
愚かなギルバードの独り善がりな提案に嘲笑していた。
こうしてシンが及び知らない所で、シンを破滅に追い込もうとするものもあれば…
「あの時泣いていた彼は、今はどうしているんだろう?」
アカデミーの中で、ひと際風格と気品に満ちていている美男子であるアスラン。
無機質な部屋のデスクに、高く積み上げられている書類を手に取り、
それを処理しながら、物思いにふけていた。
黒髪で深紅の瞳。頼り無げな細い身体。
間違いなく軍に所属していたが、この広い軍事施設で再会する機会などそうそうない。
「俺も古巣に戻ったばかりで、慌ただしいし、もうすぐ新人訓練教官としても頑張らなければ…」
嘗てはイザーク、ディアッカ、ニコル、ラスティ、ミゲルなどと一緒に、
此処で兵士として教育・訓練された。
あの頃は母親を【血のバレンタイン】で喪い、それが引き金で父親…パトリックがその哀しみの絶望から、
世界に復讐するために、ナチュラルを徹底的に憎んで悪鬼となった。
確かに家族を亡くした事で、どうしようもない喪失感で苦しんだ。
どうしてこんな思いをしなければっと…
しかし父の考えに考えも無しに共感して、それで更に自分がまだあったものまで永久になくした。
戦いとは無縁の幼馴染を戦火に巻き込み、いくら兵士仲間でも自分を慕ってくれた者を亡くし、
婚約者の父親を自分の父親の信者が殺し、戦えば戦うほどエンディングに近付く訳でなく、
寧ろ拡大し泥沼化して、未だに戦争終結とはいかない。
もっと自分が狭い視野でなく、もっと未来を信じて父親を諌められていたら、
こんな惨い事にはならなかったかもしれない。
「もしかしたら、彼も戦争で傷つき此処に居るのか?」
なぜこんなに若い者達が挙って軍人を志すのか…
本来なら平和ならこんな役職も場所もいらない。
根強くある戦いの連鎖が『運命』…というのならこれほど虚しい事はない。
「それを解っていても、引き返す事は赦されない。俺は決して…」
アスランとて誰かに縋りつきたい。
もういいから自由になって…と誰かに認められたい。
叶わない事が胸の奥を抉り、アスランを非情な現実に誘う。
未だにこの手は血に染まっている。
その証拠に軍服を棄てきれない。
与えられる機体も血を浴びたような紅蓮のモビルスーツ。
眉を顰めて思案に暮れていると
「シン=アスカです。上官に頼まれ書類を渡しにきました。」
自動扉が開き、そこで一人の紅い制服の者がたっていた。
封筒に入っている書類の束を携えて、アスランに近付く。
ゆっくりと伏せていた瞳を開くと、そこに今まさに会いたかった青年が…
「君…あの時の…。」
驚きを隠せないアスランとは違い、シンはバツが悪そうな表情で
「貴方は…!?すみません。あの時はみっともないところを…。」
真っ赤になってアスランに頭を下げていた。
そして書類を置いて逃げ去ろうとしたが…
「待って。君と話がしたい。」
立ち上がってシンの細い手首を掴みながら、アスランはそう言った。
余りにも衝動的だった行動で、お互いが吃驚していた。
シンはアスランの深い森のような緑の瞳に、迷い込んだように動けずにいた。
視線が反らせず沈黙が流れる。
そんな時間を破ったのは、アスランの一言だった。
「あの偶然から俺は君が頭からはなれないんだ。可笑しいかもしれないけど…。」
彼にとっては見られたくない自分を晒したような出会いだった。
本当は思い出したくないのかもしれない。
でもアスランは何故か気になってしまう。
「それ…俺もです。あの温かい掌(てのひら)が忘れられなかった。」
シンは一目惚れなんて信じてはいない。
ましてや男性に恋愛感情など抱かない。
しかしそんな理屈抜きでアスランとの偶然は、彼に深い衝撃を与えた。
もしかして戦争で亡くした父親と思っているのか?
或いは兄が居たらこうなのかと…
とにかくシンはアスランに、家族と過ごした時の穏やかな感情を感じた。
ずっと封印していたものが、たった一度のしかも刹那だった出来事で…
「今俺は軍務中ですので、もうすぐ終わるのでまた此処に来てもいいですか…?」
シンはこのままアスランと話がしたいのだが、如何せんただの託けのために、
長く過ごす事は出来ない。
特に上司のイザークは厳格で、融通がきかない。
「わかった。此処は業務室で人の出入りがある。俺の部屋をメモして案内するから
そこでまた会おう。シン…。」
さらさらと紙に見取り図と、プライベート室へのルートを書いていた。
それを小さく折り畳み、シンに手渡した。
シンはそれを胸ポケットに仕舞い込み、
「それでは。また後で…。」っと言い残し立ち去った。
それを見送ったアスランは
「シン=アスカ…か。彼の名前は…」
意外なところでまた会えた事が嬉しい。
こんな浮ついた気分は久しぶりだった。
どこか幼馴染のキラ=ヤマトに面影が近い者…
キラとは過去の友情が戦争で脆くも崩れ去り、今は互いが哀しみの対象だった。
もとの優しい関係修復は不可能に近い。
それとは何故かシンに対する興味は違い、何かが彼との間で生まれるような…
希望に等しい期待を感じる。
「まさかこんな形で再会するなんて…」
シンは胸ポケットに手を宛て動揺していたが、
「俺に話って…何だろう?」
初対面だった自分達に共通の過去や話などない。
でもアスランは必死にシンを引き留めてきた。
「これで内容が軍務関係だったら凹むよ。本気で…。」
想像でアスランがそういった話をするのかも?って落胆はしたが
「まあ早く終わらせて、会いに行ったらわかるからいいか!?」
今は軍務に集中っとシンは自分に言い聞かせて、その場を後にした。