檻〜EDEN〜第五話〜『聖夜の悲しき罠』
走馬灯のような過去と、濃厚な現在。
どちらが自分の心に深いのか。
コロニ−にやって来て、一番驚いた事は雪が降らない事だった。
常春のようなオ−ブも、辺りが白銀にかわる季節はやって来る。
しんしんと静かに降り積もる雪に手を触れて・・
「シン兄さん。見て・・雪だるま。」
家の軒下に誰が作ったのかわからない不恰好な雪だるまが、バケツとほうきで存在を主張していた。
手形が新しい所を見ると、先程完成したのか・・
「マユ・・これがどうしたんだ?」
「お兄ちゃんって無感動?冬にしか生まれない命なんだよ?これって・・」
「雪だるまが?ただの雪の塊だよ。」
そう言った俺をじっと見詰めて、
「違うよ。人間って長生きだから刹那的な存在を直ぐに忘れちゃうんだよ。
溶けて消えるものでも一つ一つ覚えていかないと。いつか・・自分も忘れられる存在になっちゃうんだよ。」
そして手袋越しにシンの手を握り締めて
「私は此処をお兄ちゃんと歩いた事を忘れない。絶対に・・」
しかし次の冬には二人が其処を歩く事は無かった。
「シン・・クリスマスって知っている。」
男同士の部屋だって言うのに、ルナマリアは我がもの顔で入ってきた。
レイは壁際で腕組しながら傍観していた。
何時もよりオシャレした彼女に、シンは呆れながらも
「知っているよ。聖キリスト生誕の日を祝うイベントだろう。」
「そうなの。私ナチュラルのPCをハッキングして分かった事で、驚いているのよ。」
新たな発見して浮かれているルナマリア。でも地球出身のシンはそんな事今更だった。
クリスマスツリ−が多く並び立ち、何処の専門店もイルミネ−ションで演出する。
何故かその時は赤い衣装を着飾ったサンタクロ−スが、煙突からプレゼントを運ぶと言う迷信(?)が飛び交う。
ケ−キにキャンドルが刺さって、仄かな灯火で雰囲気を盛り上げる。
その日一緒に過ごすのは、身内か友人か・・それとも・・『恋人』か。
(決まって次の日疲れる行事なんだよな。あれって)
ちょっと爺むさいシンには後ろ向きにそれを感じていた。
「でも何だか良いじゃない。これは告白の祭典よ!!」
「違う〜!!それはバレンタインだ!!。」
「あらそうなの?シンって意外にもの知りなのね。」
言いたい事だけシンに一方的に言うルナマリア。
妹メイリンが気にしているシンを、レイから引き離す乙女作戦。
でもメイリンが実は好きなのは…
(お姉ちゃん早とちりなんだから!!私はヴィ−ノが…)
っと勘違いなお節介を焼いていたのを知るのは、ずっと先…
そんなこんなでルナマリアは、ル−ムメイトの女の子に、首根っこを掴まれて退散した。
そして静寂が戻ってきた部屋のベッドにシンは寝転がった。
何もする事が無い時間が、シンにとって不可思議な苛立ちを呼ぶ。
やりたい事は山ほどあるが、それをしてしまうと想い出が掻き消されていくようで怖い。
だから動けない。どうしても・・
そんなシンはまた桃色の携帯をいじり始める。
家族との微かな思い出の産物を…
しかしレイはそれが面白くない。
「シン・・射撃訓練に行かないか。気晴らしに・・」
レイが気を利かせて自分のストレスを発散出来る場所をくれた。
そして銃を手にして標的を狙うと、全弾命中して記録を伸ばした。しかしレイのほうがやはりセンスがよく
「速さが俺より0.2コンマ速い。それに全て中心にヒットしている。」
「そうか・・シンの銃は昨日使ったが鈍い。俺よりハンデが最初からあるからじゃないのか?」
「それだけじゃない。銃の構え方が一定なんだ。横で見ていたからわかるよ。」
(シンが俺を見ていた?そうか・・これは展開がはやくなるな…)
今までなら自分で一杯だったシンが、少しずつレイに歩み寄っている。
いつも周囲から一線引いた場所にいたシンが・・
「いつも尊敬してるんだ。これでも・・本当はあれはレイの機体だったんだって。」
俯いて自信無さ気にしているシンを、レイはそっと抱き締め
「それは違う。シンは自分を卑下し過ぎだ。俺はまだするべき事が明確でない。でもシンはあの機体で何かしたい事があるんだ。
それが形にならない事でも。俺はそれに賭けているんだ。」
どうして此処まで優しいのか。シンの不安な気分が癒されていく。
その日は地球で12月25日・・
それは何も無いシンにっとてお零れの贈り物なのか?
嬉しそうにはにかむシン。
しかしレイは同じ思いではなかった。
そして息が上がるまで訓練に明け暮れた。
度々レイがシンの細い手首を掴んでアドバイスをした。
耳にかかるレイの吐息が何を意味していたのか…
疲れた身体で部屋に帰ると直ぐにシンはシャワ−を浴びて眠ろうとした。
間も無く寝息がシンの唇から零れようとしたが、 シンは何だかベッドが寒いような、体温がまた奪われる感覚に陥った。
背中が寒くて凍えるような・・
(室温は管理されているのに、このもの寂しさは何故なんだ?)
あれからヨウランとはまともに話せない。
彼が抱く自分に対する性欲を嫌悪はしている。
しかしだからと言って、彼の恋心を否定する権利は無い。
誰もがこの世で独りでは生きていけない。
だから自分が幸せになる相棒(パ−トナ−)を追い求める。
それがヨウランにとってシンだった。ただそれだけ…
でも唇に残った支配された感触は酷く惨めにしか思えなかった。
眠れる筈なのに眠れない・・そんなシンのベッドにレイが入り込んだ。
「おい・・レイ!!ベッドは反対側だぞ・・。」
間違えて潜り込んだと思っているシンにレイは
「お前は安心して休め。俺が抱き締めてやるから・・」
また何時もの意味が分からない行動に出たレイに困惑するシン。
シンはレイが自分をどう思っているのか・・それが知りたいと思い始めていた。
(からかっているのか・・それとも他に理由があるのか?)
普段から読めない表情するレイ。だからこそ余計に怖いような気分にもなる。
力を込めてシンを抱き込むレイをしかし拒めない。
いつの間にか震えが止まって、安心して寝返りをうつ。
するとレイの顔が冷めた瞳でシンを覗きこんだ。
(最近は俺抜きでギルも気に入り始めている。こんな女々しい奴を…。 本当に悪趣味だがまんざら悪くない気分だ。)
ギルとの微妙な関係が綻び始めている。
兄弟に近い関係がどこか距離を覚える。
もともと褒められた関係ではない。
一種の共犯者だった。
「シン・・今日位は・・いいだろう。」
そして顔をゆっくり近付けて、背徳行為に出た。
シンが目覚めて、自分のしている事を気付かせる事も、
そしてその行為の意味を知る事も嫌うレイは、ベッドの上の棚に仕込んである 瓶を取り出した。
ガラスの中に数十粒の白い錠剤が入ってあり、コルクを捻って一粒指にとった。
怪しくそれを摘んで弄び、シンの寝顔を覗き込み
「綺麗だね。このドラッグは…。こんなに小さいものがお前の脅威になるんだ。
軍でどんなに訓練しても、内なる敵には敵わない。可笑しいだろう。シン…。」
さらさらなシンの黒髪をレイは自分の指に絡ませて
「大丈夫。辛い事も忘れさせてあげる。もっと酷い事を覚えさせて…。」
言い終わらない先に、グラスに水を注ぎ、薬を口移しでシンに含ませた。
「う…ううっ…ん。」
意識の無い嚥下はシンの苦痛となり、口の端に飲み切れない水を零す。
それでも強引にレイはシンにそれを飲ませて、一度唇を離した。
やっと呼吸がマシになって、眠れる筈のシンがどうしてか震え始めた。
最初は小刻みで何かを我慢するかの様だったが、次第にそれが激しくなって行く。
額には脂汗が滲み出て、手はシ−ツを破れんばかりに握り締めていた。
「さぁ…シン。俺との戯れの時間だよ。素敵な罪を刻もう…。」