檻〜EDEN〜第四話〜『嫉妬のまほろば』





夜更け過ぎ…

レイは何故かシンを抱きかかえて、アカデミ−生徒が入室出来ない場所に運んだ。
それを知らずに眠る無防備なシンに、施された苦痛。
その残酷なまでの仕打ちは知らずとも、その奇行を見ていた人物がいた。

「レイ…お前シンを…。」


「えっ・・俺がインパルスガンダムのパイロットですか?」
まだ軍属になって間もない自分に下された勅命。
それは最新のモビルス−ツの正式パイロット就任任務だった。
確かにシンにも努力を武器にして頑張った分、才能も適応もあったが・・
「どうしてレイではないのですか?どう考えても可笑しいじゃないですか?」
「俺達納得出来かねます。いくら上官の決議でも・・。」
次々飛び交う不服な同僚の反応。
それは当然で、誰しもシンよりレイを推薦されるものと考えていた。
シン自身レイの実力には舌を巻いていた。
(周りの批判は当たり前だよな。俺だってそう思うから。)
自分が格下扱いされているのに、不思議と不快感はなく、素直にそれを受け止めていた。


そしてそっと横目でレイを見詰めると
「何を言うんだ。必ずしも演習過程で上位であっても、それが適任とは言えない。
機体との相性と戦術の上でシンは正式に選考されたんだ。
それを自分達の視点で判断し、軍規の基本『上官の決定は絶対だ』を破るつもりか?」
毅然として周囲の幼稚な感情を断ち切り、シンに穏やかな視線を返した。
(何でそんなに俺に関わるんだ。昨日の異常な行動もそうだけど・・)
夢ではなく、首筋に残った鬱血。
そして唇の甘い感触。
それらを思い出して、羞恥心にかられるが気持ち悪くはなかった。
でも何だか弄ばれている感は否めないと、自分の中に静かに灯る炎を認めなかった。


士官学校では別のセクションであったヨウランと、日課のように出掛けた。
とは言ってもパシリに近い感じで、自分達の買い物より他人に頼まれたものの方が幅をきかせている。
紙袋をたくさん腕に提げて、帰路に着いた時
「おい!シン。お前正規のパイロットになっちまったって。本当か?」
「ああ・・そうだけどヨウラン。」
そう言うなり、ヨウランは邪魔な荷物を床に置いてシンの両手を握り締め
「その時は是非俺をお前の専属のメカニックにしろ。ヴィ−ノも忘れんなよ。」
「藪から棒だよ。それに俺に其処までの権限はないから。」
「お前が心配なんだ。目が放せないし・・それに・・好きだから。」
「えっ・・?」
聞き間違いか、それとも冗談好きなヨウランの何時もの戯言か。
そのどれともとれないヨウランの真剣な表情に
「機械オタクのお前だもんな。どうせ機体を弄りたいだけだろう?」
苦笑いをしながら言い放つと、今度は腕をシンの細い腰に回し引き寄せながら
「傷付くな。こんな時だけマジで受け取って貰えないなんて・・。」
酷く落胆しながらシンを見詰めたが直ぐに、
「でもレイがかなりお前を意識していると噂だぞ。何でだろうな?」


それはシンも知りたかった。
全く天涯孤独の自分に都合よく現れた他人…
たいして接点も、共通する趣味もない。
しかし必要以上に近付いてくる。
だかもっと不可解な新たな任務の方で頭が一杯だった。


「シン。本気で考えてくれないか?俺との事…。」
「何言っているんだ。お前ルナマリアのことが好きなんだろう。」
「それは違う。俺と彼女は幼馴染。単なる女友達だよ。」
そう言いながら人目がつかない死角になる通路の片隅にシンを追いやる。
じりじりと背中に壁が迫っている。
退路を断たれた戦士のように…
そしてシンの肩を壁に押しやり、片手で腕を両方頭上に捻り上げ壁に宛がう。
けっして逃げられないように、足と足の間にヨウランは自分の足をねじ込んだ。
ひんやりした壁にも、最早雄の獣と化した友人にも体温が奪われる。
頬に焦りと恐怖に怯える汗が伝う。
小刻みに身体が戦慄く。
そんな萎縮したシンを見て、更にヨウランは興奮した。
そして強引に顎を掴んで上向きになったシンの唇を犯す。
柔らかいシンのそれだけではもう満足は出来ず、歯列を割って舌をねじ込ませる。
瞳を一瞬見開いて驚愕したが、直ぐに苦痛に変わってシンの表情は歪む。
「あ…ううっ…や…。」
そして拒絶の声を上げるが、


(お前は何言っても俺の本気が分からない。レイに奪われるくらいなら 俺が一番お前に憎まれたい。だから…)
シンのだらしない制服の上着を破いていく。
赤い薔薇が散ったようにその端切れは落ちてゆく。
白く綺麗なシンの肌と対面したヨウランだが…
(何だ。この酷い鬱血の痕は。まさに強姦の痕じゃないのか。まさかアイツ…)
昨晩レイがシンをどこかに連れて行ったのを見た。
しかし眠気が勝って、部屋に直ぐに戻ってしまった。
その結果がこれだった。
しかしそんな激しいSEXを強いられた後とは思えないシンの態度。
だからこそ盲点だった。
誰から見てもその異常さに気付く。

オ・カ・サ・レ・タ…と。

それを今度は自分がしようとしている事実に、ヨウランの頭は冷えた。
此処までは堕ちたくない。卑怯には…
もっと優しい関係でありたいから…
それをこの暴挙が不幸にも教えてくれた。
どんなに望んでも手に入らないシンとの恋愛関係に、ヨウランはこれからも苦しむ。
「ごめん。シン。冗談にしてはしつこいな。忘れてくれとは言わない。
このままじゃ部屋まで帰れないな。俺のジャンパ−を貸すから。」
そう言い残して、荷物を全て持って去ってゆくヨウラン。
本当なら傷付いているのは自分なのに、加害者であるヨウランの方が 酷く哀しそうだった。
持って行き場のない感情が頬を濡らす。
誰が行き来しても可笑しくない場所で、シンは哀しく泣いた。


「ヨ…ウラン。どうしてこんな…。でもそれより怖い思いを俺は知っている様な…。」


地べたに座って何時までそうしていただろう。
ヨウランがした事よりも、情けない自分を責めて混乱していた。
手で顔を覆い声を殺して震えていた。
蹲って泣きはらしたその時…
「どうしたんだ?君。そんな…。」
心配して覗きこむ優しい緑の瞳。
アカデミ−の生徒ではなさそうだが、OBではありそうな青年。
青い髪を垂らして、差し伸べられた手…
「大丈夫です。済みません。俺…」
「そんな事無いだろう。そんな格好と顔で…。何か…。」
取り乱して逃げようとするシン。
哀れな自分をこれ以上見られたくないから…
しかしそんなシンの頬に触れて、暖かい掌で撫ぜて安心させてくれた。


それに安堵したように、シンは体重を預けて
「分からない。俺…どうして。」
議長…レイ…ヨウラン。誰もがそのキスの理由を教えてくれない。
戯れかそれとも本気なのか…。全然答えが出ない。
困惑し頼りなげなシンの表情に青年は頭を抱きかかえて
「うん。無理に考えなくてもいいんだ。今は…。」
また涙が零れて、きつくしがみ付いて泣いた。
その胸にぶら下っているプレ−トに書かれた名前。 その名はアスラン=ザラ。
胸の通行証明で優しい彼の身元がわかった。
先の戦争のタカ派だったザラ議長の一人息子であり、ザフト軍赤服のエリ−ト。
ハト派のクライン議員の愛娘ラクスの婚約者。
もしあの忌まわしい戦いがなければ、プラント内で最高の生活が用意された筈の…
同時にこんな自分と出会う事もなかった筈だった。


(何だろうこの感情。火照るような…そんな…)


ただの偶然がこれほどシンの心を揺さぶるものであったのは幸運だった。
しかしそれを運命と言う流れは安易に許さなかった。
闇夜に照らされた一筋の月光を消す暗雲も傍にあった。

「ヨウラン。お前にはシンは荷がかちすぎる。惨めになる前に去れ。
そしてアスラン。伏兵出現ですか。くっ…これは面白い。」
一部始終を見ていたレイは鼻で笑う。

どこか寂しそうに…