檻〜EDEN〜第二話〜『愚かな戸惑い』





でもどんなに葛藤しても引き返せない。


そしてそれが間違いだったのかさえ、答えはまだ出ていない。


家族を本当の意味で奪った相手が、何食わぬ顔でシンの目の前にいる。
これを知る術をもうシンは永久に無くしたから…


突然現れた選りすぐりの戦友。
それに混乱して頭を掻き焦っているシンに、レイは真剣な面立ちで返答を待っていた。
そのリアクションも含め、さっぱり訳が分からないと感じ、首を傾げて今の状況を整理した。
これが噂の分裂症か?とも解釈出来る。
しかしレイが自分に興味があるのだという事は、確かだと認識を改めようと努めた。
他にもアカデミ−の生徒が周辺にいる。
いかにも良家の出身そうな者。
軍人を絵に描いたような規律を重んじそうな風体の者。
親の保身のためにかり出された不運な者もいる。
しかしそれらに目もくれず、シンだけを見つめている。


(優秀そうでも、如何にも友人と言うレベルの他人(ひと)をつくるの苦手そうだし・・良いか!)
「これから色気の無い場所に行くんだけど、その後で良いんなら・・」
慈善家でもないが、上手く断る方法もなくシンは流石に折れた。
それを聞いたレイは更衣室に駆け込み、私服に着替えた。
流石コ−ディネ−タ−なのか、あっと言う間に仕度が完了した。
黒を貴重とした装いは、レイの金髪を鮮やかにした。
(よく言うよな。自分より格好良い者と歩くのは気が引けるって・・。でもなんでこうなっているんだ?)
周囲がこちらを遠巻きにしているので、シンは肩をすくめた。
溜息まで出てレイを見詰めると、彼はいたって平気そうに堂々としていた。


「あら・・シンってば何時の間にレイと友人になったのかしら?」
妹メイリンの差し入れを持ってきたルナマリア=ホ−クが、二人に好奇心たっぷりな視線を投げかけていた。
シンとは同僚であり、プラントに馴染めなかった地球出身のシン。
手負いの子犬だったシンを理解など出来なかった。
彼の掻き消された過去など全くルナマリアは知らなかった。
寧ろ知らなかったからシンの傍に自然に存在出来た。
自分も他人に構える程偉くもない。
彼女もまた目的意識が高い者だった。
それはルナマリアには守るべき家族を、 妹であるメイリン=ホ−クと共に守ると互いに誓ったからだった。
硬直状態の戦況を打開出来るのはZAFT入りしかないと…
どんな事情でも同情が一番きつい相手への感情だと、本能で分かっていたから・・
軍属になると言うのは、それなりに暗い過去もあって当然だから。
だからシンのお姉さん役だったルナマリアは感心していた。
「後で詮索しなくっちゃ・・」
馴れ初めがまさかついさっきだと分からないルナマリアの妄想は止まらなかった。


シンはこう見えて殿方にもてていた。
細くて気丈で、おまけに繊細。
女の子から近寄り難いと囁かれているが、だからこそ男の支配欲を擽る。
しかしシンから誘ったのだと意外で、有り得ないと首を振る。
レイからだと異常でも俄然シックリいくと心で呟く。
でも正直嬉しく思っていた。
同性愛に関心はないが、シンの世界が広がっていく事を・・
(でもでも一応乙女としては複雑よね。弟のようなシンを嫁に出すようで・・)
溜息と微かなモラルが取り巻いて、ルナマリアは
「しかし・・シンの私服のセンスはどうにかしないと。 あれじゃ女の子じゃないの。でも絵になるからよしとしましょう。」
熱い友情にエ−ルを送って二人を静かに見送っていた。
そんな事は知らないシンとレイは、肩を並べて車に乗り込んだ。


運転は自分がしようかと言ったレイをシンは丁重に断り
「寄る所があるって言っただろう。だから俺がしないと意味がないじゃんか。」
「そうだったな。済まない。」
「調子が狂う。もっと普通に話せないのか?レイ君は。」
テンポが合わないのが苦痛になって困っているシンに
「ならシンもレイ君は止めろ。レイで良い。」
初対面に近い互いを解消する為にレイはシンの呼び方に指摘した。
瞳をパチクリさせてシンは
「でも一応レイ君は格上の存在だから・・」
「何が?訓練の成果の事か?あれは戦場では役に立つが、日常では全く機能しない。
シンの方がそう言った面では優れているように 見えるが・・。」
他愛無い会話を繰り返し、二人はある小さなコロニ−教会に入った。


形式だけ戦争の犠牲者を弔った慰霊碑。
地球育ちのシンは本当は両親と妹を、地球の土に還してやりたかった。
でも宇宙での生活を強いられたシンは、あえて此処に埋めた。
悲しみを刻む為に・・。これ以上置いていかれたくないから・・
それを感じたレイはシンを泣かせてやる為、静かに胸に引き寄せ
「俺は見ていないから、我慢せず泣けばいい。思いっきり・・」
そう言いながら肩に回した腕に力を込めた。
その優しさに溢れた好意に、何時も虚勢を張っていたシンは甘えた。
錯覚でも夢でもいいから、誰かに受け止めて欲しいから・・


「うっ・・う・・あぁぁ・・」
零れた涙はレイの黒いジャケットを濡らし、シンはレイにしがみ付いた。
張り詰めた気持ちが、どうしても戻らない過去を嘆く思いがシンから吐き出された。
そしてレイは震えるシンの髪に口付けた。
この状況をつくった張本人だった。
だからそれに付け込んで、シンが欲しがっている唯一の 依存出来る居場所になろうと暗く微笑む。
彼の世界には自分しかいない。
髪の毛一本まで誰にも渡さない。
(だから今だけは泣き止むまで、良い人でいてあげるよ。シン…)
冷ややかに瞳を細めて、シンの背中を抱きしめた。
決して感情を悟られないように…
嗚咽で苦しむシンが漸く落ち着きを取り戻した。
頬まで瞳に負けない位真っ赤にさせながら、シンは眼を擦りながらレイを見詰めた。
困ったような素振りを見せず、ずっと自分の醜態に付き合ってくれた事を、素直に嬉しく思い
「ありがとう。何時もこの日は情緒不安定になるんだ。だから・・」
「そうか。でもシンはやっぱり強いと思うよ。」


そして自分が持っていた一枚の写真を見せた。
少し端がよれているそれの中には、レイの戦友が多く写っていた。
老若男女問わず、レイが大切に胸のポケットに肌身離さず持っているだろうそれを、シンは見て
「これは・・?」
「それはこのZAFTで知り合った人達だ。荒くれから大人しい人もいて、俺はよくしてもらった。
でも戦闘員は馴れ合ったら、 戦場でもそして日常でも後が大変だ。命をかけているんだから。
最近では議員のピアニスト子息が亡くなった。」
レイが車の中でかけていたBGMは、その者がよく弾いていた曲だった。
置いていかれる辛さは何もシンだけではなかった。
レイもまた自分の居場所が不安定だと知っていた。
だからレイは他人を自分の能力の足りなさで失いたくなく、訓練といえども手抜きを嫌っていた。


(似ている・・彼と俺は・・)
あどけない自分と同年代の者が、たやすく生命を落とす世の中が正しい訳ではない。
まだ無限の可能性を秘めた若人が、戦場に死に花を咲かせる時代が存在してはならない。
実力だけでなく、その懐まで大きいレイに
「俺達が何とか出来ないのかな。こんな腐った時代(とき)を・・。」
ただ純粋に吐き出された言葉。
誰もが手探りで平和を築こうと手段を模索する。
悲劇をもう味わいたくないから…
「その為のZAFTだ。それを信じて進むしかない。」


心から述べた言葉でない。
確かに腐敗している現実は事実。
しかしそんな途方もない理想を追い求めるより、 それがシンを縛れる言霊になるのなら、嘘でも何でもレイは迷わずつける。


(この場所がお前の籠だ。永遠に…)