檻〜EDEN〜第一話〜『仕組まれた絆』




レイのシンに植えつけた過去が、シンの手放した脳裏(ゆめ)にいつも浮かんでいた。


辛く悲しく映る細工された…いや侵食された昔…
C・E(コズミック イラ)73の現在…世界は漸く安定を取り戻した。
人類の望みを乗せて生まれた存在であるコ−ディネ−タ−と、その生みの親であるナチュラルの確執により招いた戦争。
それは双方の理解が無く行われ、多くの生物や自然の営みを脅かした。
幾重にも時間をかけて存在したものが一瞬の内に奪われる時代・・
科学が進むにつれて、その現状も比例するように悲惨なものとなっていった。
たった一つのボタンで決着が着く生々しい有様。
生還出来た者とそうでない者とを隔てるのは何なのか?
奇跡と悲劇は同じ位誰の心をも支配している。
それは俺にも容赦なく襲い掛かった


オノゴノ島に避難勧告が発令して、足場の悪い森林を駆け走って船に乗り込もうとしたらマユが携帯を落とし、
ごねて避難場所に行かない妹を 見兼ねて俺は丘を駆け下りた。
マユが母親にねだって誕生日プレゼントと貰った携帯。その思い入れを知っているから迷わず行動に出た。
本当ならそれどころじゃないのだったが、それを拾い上げ家族に視線を寄せた。
きっと喜んでくれるんじゃないかと淡い期待もあったその時だった。
轟音と共にビ−ムが地面を貫き、その真下に運悪く存在した家族。
辺りが炎をあげて燃え盛った。
その爆風の悪戯で偶然助かった俺は命を助かった分、大切な人達を失った。
数秒俺もそこに早く戻っていたら取り残される事なく、一緒に逝けたのかもしれない。
でもそうはならずその喪失感を抱きながら生きる事を余儀なくされた。


俺の悲しみを余所に、空中では戦いの音色は鳴り止まない。
1対2の攻防戦を繰り広げている機体。
特に破壊的な力を感じた白と青の機体
それが俺の憎しみと怒りを呼び復讐心を植えつけた。
彼らは故郷に災いを齎せ、家族まで奪った火種。
大義名分を考えて躊躇いもせず、指導者と言う立場で故郷を一掃したアスハ一族。
何もかもが理不尽で悲しい。
何故?こんな思いをするために俺はこの世に生まれたのか…
深い悲しみのメモリ−が俺を包んでいた。
その俺に戦う手段を教えてくれたのが、プラントの若き最高評議会議長−ギルバ−ト=デュランダル議長だった。


俺の新たな故郷となったプラント。
前回の戦いでの直接的な爪跡を残さない宇宙空間であり、コ−ディネ−タ−達の居城だった。
地球とは違い自然が少なく、機械仕立てのメガロポリス。
見事に無機質な感じで、癒される所には不似合いな場所だったが、その故郷とのギャップが自分を正気にさせていた。
そこは戦いと平和が常にアンバランスな雰囲気であった。
全てを無くした現実を考えて、自分に残された唯一の生きる術がコ−ディネ−タ−としての知識だけだという事と、
自分のような人間はもうつくりたくないと言う思いで、Z・A・F・T(通称ザフト)への入団を志願した。
何かに没頭していく事は少しだけ俺に余裕まで与えてくれる。
段階が難解で多いカリキュラムをこなして、その部隊の本質を肌で感じた。
防衛し戦う為だけの意思が明確な此処は、中立と訴えて実の所武器製造に明け暮れていた場所とは違う。
あそこは事なかれで過ごし、どっちにもいい顔をしてどっちにも攻撃された。
その怒りが今日は色濃く甦ってくる日・・家族の命日・・


「シン=アスカ君だったね。」
黒髪の美男子と批評がありそればかりか、その外交センスも群を抜いていた事で知られていた。
その重役が一介の兵士に近付いた訳は・・
「はいそうであります。議長殿!」
「そんなに畏まらなくてもよいのだよ。シン=アスカ君。気楽に構えたまえ。」
「で・・ですが・・一応規則でして・・」
「私が許しているのだから構わない。所で今日は有給をとっていると言うでは無いのかい?」
「はい・・ザフトの為に尽くす時間を私的に割いているのは悪いとは思っていますが、どうしても今日は・・」

急に気持ちが沈んだ俺を議長は肩に手を置いて
「何か訳ありのようだね。以前からオ−ブ難民を受け入れた時から気にはなっていた。
大抵の住民は戦いの前線ではなく、技術提供をしてくれるだけで、
どちらかと言うと積極的方法とは言えない。現場で戦ってこそ参加と言えるのだから。」
「そうですね。誰も好きで戦争をしたい訳ではない。数名の思惑に振り回された結果ですから・・」
ポケットに肌身離さず持ち歩いている桃色の携帯。
まさかそれが形見になって、俺に現実の空しさを教えてくれることになるとは思わなかった。
まだ焦げた臭いが鼻に残り、その惨劇が忘却されていない事も・・
「君は戦争の不条理を知っている。私はそう感じて君にしか出来ない役割を与えてやりたい。
平和を誰よりも脆いと感じている君に・・
今は頃合ではないので表立って動けないが、最高のステ−ジを用意しようと考えている。
争いを回避する掃除屋(スイ−パ−)を是非引き受けてくれないか?」
「で・・でも俺は何も持たない子どもですよ。それにそこまでしてもらう理由がありません。」
赤い瞳が困惑を浮かべて揺れる。
コ−ディネ−タ−は美形が多いが、シンはそれだけでは無い。ちょっとした仕種でも他者の印象に魅力的に映る。
ギルバ−トはそれに必然的に引き寄せられた。
戦争に巻き込まれ痛々しい限りなのに、気丈なまでのシンの有様に。
そういい終わらない先に、ギルバ−トはシンの顔を覆うようにしゃがみキスした。
触れるか触れないかの優しい接吻で、シンは同性からの行為とは理解出来ても頬を赤らめてしまっていた。


(上手い・・これが大人なのか・・?でもでも男同士だろう?)
指で自分の唇を辿りその感触が確かだと認識した。
啄ばむ様なまるで自分が特別だと言わんばかりの・・
でもそんな些細な事を気にする余裕は無かった。
軽く微笑みながら議長はSPを伴って国家会議の予定に戻っていった。
その意味をシンには明かさずに・・


暫く呆然と立ち尽くしていたが、行き交う人達の話し声で我に返った。
手荷物を持ってロビ−から離れ、宇宙墓地コロニ−に向かおうとしたが・・
(誰かこちらを見ている?しかも強烈な・・)
肌に刺さるような視線を感じてシンは戦慄を覚えた。
悪意なのか・・善意なのか分からない激しいそれを・・
そして頬に伝う汗がシンの動揺を露にする
恐る恐るその先を知ろうと見据える。その視線の先を・・
シンは同じ赤服の少年を見詰めた。
着崩れているシンとは違い、きちんと着こなしている。
金色(こんじき)の髪が内側にカ−ルした美少年で、切れ長の意志の強そうな雰囲気を与えていた。
(あれはタリア艦長直属配備候補生でも、一番の実力を持っているレイとかいう・・)
レイ=ザ=バレル・・年齢はシンとは対して変わらない。
エリ−ト街道を突っ切っている風貌と、その陰のある表情。
しかし訓練中群を抜いて才能を発揮しているもので、シンにとっては超えなければならない壁でもあった。
目下寡黙で、しかし同僚に対しての面倒見の良さは折り紙好きで、不思議な感情表現をする。


シンのプラントで出来た友人、ヨウラン=ケントは言葉巧みにシンをからかって遊んでいた。
そのヨウランがふざけて・・
「あれは女性泣かせのレイ様だよ。お前も女が出来たら気を付けた方が良いぞ。」
と余計な助言をしていた事を思い出した。
とにかく悪友だったヨウランの言葉だったので、シンは本気では相手にしていなかった。
しかし本人が目の前にアップで迫ってきたので、それがあながち嘘ではないと思い始めていた。
確かに男の感性でもその意味が分かる。
(あれは女の子がほっておかないだろうな・・)
そんな葛藤を繰り返していると・・


「シン=アスカだな。」
急に接近してシンをその場に留めた。
「そうだけど何?」
何か言いたげであり、シンは荷物を床に置いてレイを見詰めた。
碧眼のレイの瞳にシンが吸い込まれそうになった。
「今期の部屋移動で同室となってしまった。だから挨拶をと思って・・。」
律儀にも礼儀を欠かさないレイにシンはうんざりした。
別に今じゃなくてもいいだろうという思いと、間が悪い議長との遣り取りを見られた不満が込み上げていた。
「それじゃ宜しく。レイ君。」
そっけなくシンは言い放ち去ろうとしたが・・
「今日は非番だろう。俺も同じだから何処か出掛けないか?」
「は〜?何を急に言っているんだ。そんな気安い関係じゃないだろう?」
話しかけられるのも正直驚いているのに、いきなり親友ゴッコを求められた。
(訳が分からない。何を考えているんだ?彼は)
彼の思惑を意味不明にシンは受け取ってしまった。


そう…この出会いこそが始まりだったら、互いを見失う事はなかった。