アゲイン!!〜第二話『記憶の欠片』



鳴り止まない雨音。

街角にできる人だかりを照らす救急車のサイレンのぎらぎらした赤い光。
歩道に胴体ごと乗り上げた一台の軽自動車。
街灯の柱にぶつかってボンネットをへしゃげていた。
軽自動車の運転手が警察の現場の聴取をうけていた。
その現場に雨に打たれ横たわる青年。
アスファルトにはわずかに雨に流されている血痕があり、排水溝に筋を作っていた。
救命班がタンカーにのせて運んでいた人物。
それは前髪だけが黄色い特徴のある容姿をしていた。
所持品のスマートフォンから、その身元がわかった。

『進藤ヒカル』…

たまたまその日にある人物と待ち合わせていたが、
その者が約束の時間から遅れるといって、
雨宿りのため傍のコンビニに入ろうとした時、
突然居眠り運転をしていた車が蛇行してきた。
その傍で歩いていたヒカルはそれを避けられず撥ねられて搬送された。
まさに不運だった。
そして遅れて現れたその人物は、その日の事を永遠に後悔する事に…
「進藤…どうしてなんだ。いや僕が時間通り着いていたら…。」
手合いで相手が長考して、予定していた時間より延長戦を強いられた。
気になるのは誘っておいて待たしている自身。
棋院から10分の駅前で待ち合わせて、
アキラは生まれて初めての交際を満喫するはずだった。
進藤ヒカル…彼と。

ヒカル…

いつも自分を高めてくれていた魂…
時に友のように…
好敵手のように…
それとも恋人のように寄り添っていた互い…
本当に大切だった。

あまりにも突然の悲劇にアキラは現実逃避して周囲を心配させた。
早く手合いを決着させておけばと…
実際はもう少し早くに投了させられていた。
自分のひとつひとつの行動を思いおこしては責めていた。
ヒカルの口元には呼吸器と、腕には点滴。
頭には包帯が痛々しく巻かれて、頬は青白く治療に耐えていた。
ベッド横には車椅子があり、歩行を手伝っていた。
しかし間もなくヒカルは目覚め、後はリハビリと投薬で日常生活が出来る位には快復した。
そうしてヒカルは病室で生死を彷徨っていたが、無事に退院出来た。
それを知りアキラは安堵して、漸く自分なりに立ち直り、ヒカルの退院日に顔を出した。


しかしヒカルは確かに身体の方はましにはなったが、
事故の後遺症で記憶が錯乱していた。
なんとなく囲碁をしていたことは習慣的に指先が覚えていたが…
「お前…誰なんだ?」
自分を取り巻く他人の事を一切覚えていなかった。
両親や親類や友人…
手合いの関係者や好敵手
もちろん恋人になって日が浅いアキラのことも…


「進藤さんは激しい頭を打って、その激痛と衝撃で自己防衛したのでしょう。
自ら最小限の事を出来るほどには、損傷を防ごうと。しかしながらそのために
記憶の方がその恐怖からすべてを忘れるようになる。
逆向性健忘と医学的に判断します。
一般的に言うなら要するに、記憶喪失現象になっています。」
もとに戻れるか、はたまたこのままなのかは医師でもわからないと告げられた。


しかし唯一覚えている囲碁だけ
ヒカルは不安な精神だが続けている。
まるで変わらないようにそこに居る彼…
過去はわからなくても、囲碁をしている事により
自身のバランスを保っているような様子だ。
そんな彼と盤面の局面を見据えて碁石を挟んで
対局して分かったことは…

あの時以前の彼に『会いたい』という気持ち。

もう砂時計を逆さまには出来ないけど、彼を碁盤の上で感じる。
そんな錯覚に陥る。
いつしかその存在がまた何処かで巡り合えるのでは?っと


「塔矢くんの番だが?」
時々彼の事を思い出しては手が止まる僕に、
年配の対局者は不思議そうに声をかける。
集中しなければならない場面でも、こうやってやるせない気持ちになってしまう。

棋院の同じ部屋で、正座して同じく対局しているヒカル。
いくら身体的にはままならない状況でも、
本能的に指がどこにこの石を置くべきかわかっている。
そうして相手棋士を時間も程よく投了させた。


「進藤…一緒に帰ろう。」
失われた記憶を嘆きたいが、これからも関係をヒカルと持ちたい。
もしかしたら拒絶されるかもしれない。
何も覚えていないのだから。
でも勇気をもって誘ってみた。
少しびっくりした様子だったが、不安げな視線を寄せながらでも、
僕の顔を凝視し頷いた。
内心ではどう思っているのかわからない。
ヒカルはゆっくりと畳から立ち上がり、少しきょろきょろして、
部屋の隅に置いてある自身の鞄を肩にかけて、アキラの隣に並んできた。
前とは明らかに違う。そんな探るような仕草をする彼を知らない。
(それでも僕は君が好きなんだ。)
僕の彼に対する思いは変わらない。
(進藤…諦めない。また僕達…恋人になろう。)


ようやくの第2話です。
長編になるのか?中編になるのか?未定です。
『泡沫シリーズ』・『新曲シリーズ』に続く
新たな試練満載のアキヒカであるのは間違いなし。
とりあえずは更新ペースを何とかしたいと思います(笑)