『追って来い!』

事件FILE10:太陽(  アポロン  )の 光―前編―






ヒカルの中にある二つの思い。


アキラを好きだと言う恋…
そして佐為を慕う思いが、ヒカルの胸の中で育った心。


(どちらか片方を諦めるなんて出来ないよ。)
少し震えるヒカルの肩を、アキラは静かに抱きしめて
「進藤。僕は君に伝えていなかったね。覚えているかい。僕が全国模試でTOPになった日。
周囲は尊敬と畏怖とで揺れていた。でも君はそれのどれでもなく、僕に接していた。
いつもと同じで微笑んでいた。それが嬉しくって僕は君をどんどん好きになった。」


軽い気持ちでアキラはヒカルの事を好きになった訳ではない。
例え本編ではスト−●等と誤解されても…
深くヒカルの優しさがアキラの頑なな心を揺り動かした。
純粋な心を…


しかしヒカルにとっては些細な事だった。
「搭矢。俺はそんなつもりじゃ。」
「うん。わかっている。僕が特別じゃないこと位。でも君はその日から僕の『太陽』だった。 本当に…。」
今となってはヒカルも少なからず、アキラを思っている。
それは『地球(エンデミオン)の初恋』の一件で吐露された。
しかしそうとは知らない者…社や伊角は、アキラの告白を聞くなり、それぞれの心をヒカルにぶつけた。
しかしヒカルは
「ごめん。俺は佐為の事が一番なんだ。千年前俺は彼を救えなかった。」
蘇った記憶の断片がヒカルを苦悩させた。
現在だけのものなら、そんなにも佐為には拘らない。
ヒカルにも千年前と接点があった。


当時藤原家の青年と、美しい鬼の女性が一夜の契りを結んだ。
天皇家とも関係が深い藤原家にとっては、歓迎出来るものではなかった。
二人の愛は当然のように引き裂かれた。
しかし皮肉にも二人の間にその結晶は残った。
人間と鬼(あやかし)の間の子供。
佐為が生きる場所など偽りでしかない。
人にとってはその人智をこえる美貌の存在は、利用価値と畏怖でしかなかった。
鬼にとっては、人として誤魔化して生きる佐為は裏切りものだった。
だが不憫に思った父に博識高い才能を買われて、御所で世話係の役割を与えられた。
そんな様々な思惑の中、佐為をずっと見守り思っていた存在があった。


帝が囲碁を指南してもらった部屋に飾ってあった女雛と男雛。
寂しい背中を抱きしめ、慰める事も出来ない。
囲碁で対局する事も叶わない。
それどころか話すことすらままならない。
佐為に対して非力で無力な人形。
動けないわが身を嘆いていたその時。


「そんなにも彼が大切なのですね?太陽の化身よ。」
(うん。憂いの瞳が俺の胸を締め付けるんだ。だから…)
平安の征夷大将軍であった横笛の名手。
久々の都帰りで、飾り棚のそれに話しかける。
霊感が冴えていていた彼は、御簾の向こうでお香を嗜んでいる女御を指差し
「美津の上が子供を身篭った。それに語りかけてはどうだろう。 それが届いたら貴殿は人としての生命を持つだろう。」


(ほんとうか薫の君!!それなら俺がんばる!!)
きらきらとした瞳で、薫をみつめた。
まだ誕生していない身重の状態の彼女に、無視されても言葉をささやく。
置物そのものだったそれに活気が育つ。
それを嬉しそうに扇子をあごに宛がい、佐為に視線を変えた。
(あなたは決して一人ではないですよ。兄上。何でも『太陽』に愛されているのですから)
腹違いの兄弟である佐為と薫の君。
言葉は無くとも遠くから二人は信頼しあっていた。
この横笛も元服した時、兄佐為から譲り受けたものだった。
何でも器用にこなす尊敬できる兄…
そして横笛を草いきれの中奏でて、希望を旋律にのせ兄に届けた。


「俺は佐為のために生きているんだ。だから俺は…」
そんな犠牲的な思想を祖父である桑原は許さなかった。
「駄目じゃ。それは石版の一部にお前さんがなると言う事なんじゃ。『地球』はアイテムがある。 しかし『太陽』は…」
本当は桑原が背負うべき事だった。
彼は薫の君の転生体だったから…
だから佐為(前世の兄)とヒカル(孫)の間をずっと見守っていた。
しかしその結末がこれでは不満だった。


「ねえ…これじゃ変わりにならない?この神社の金色の絵馬は?」
あかりと伊角の願いをかなえたアイテム。
それをあかりは手に、ここに集った人の分持って話しかけた。
「ヒカル姉さんだけにそんな事背負って欲しくない。だからみんなでお願いするの。」
「そうやで。この今の関係がええちゅうんのが皆の意見や。だから無理せんでええ。」
ヒカルにとって実の妹と、多分従兄の社は説得した。
怪盗Hの盗みだけではなく、参拝者の心の支えとなっていたそれ。
少しだけ期待をヒカルは抱いた。


そんな渦中、緒方は佐為の肩をどさぐさに抱き、
「こんなにも諦めの悪い連中に妥協はない。だからお前さんももっと我侭になれ。」
「緒方警部。いいんですか。私がこの時代にいても…」
「良いに決まっています。こんなにも必要とされているんですよ。」
伊角も後押しのように、緒方の言葉に賛同した。
いい後輩をもったと喜び、佐為を引き寄せてキスした。
タバコの臭いが混じっている口付け。
こういった知識には疎い佐為は、さっぱりこの事の意味がちんぷんかんだった。
(緒方警部は何をしているのでしょう?こんなに近付いて顔を合わせなくっても緒方警部の顔は見えます。
幾ら千年前の人間でも老眼ではありませんし)


さて冗談はおいて…
石版を中心に千年前には無かった確かな絆が、一つの光(きぼう)を誕生させようとした。


「何だ?進藤。僕の顔をじっとみて。」
「いや。何でもない。でもお前が現れなかったら石版完成しなかったんだ。凄い偶然だよ。」
「違うよ。君と僕は時代を追いかけっこしていたんだ。気が遠くなる位に…。だから必然だよ。 多分これは。」
二人は同じ絵馬にお願いを書いた。


「ねぇ清ちゃん。あの二人いい感じじゃない?」
ウブさが目立つが、それなりにラブラブな二人を社は複雑な表情で見つめていた。
「なんでやねん。これじゃ俺って二人の恋の当て馬やんか!」
「そうだね。でも私がいるじゃない。清ちゃんには…」
従姉の情けかと思ったが、あかりの頬がほんのり桃色だった。
(本気なんか?あかり…。冗談やったら困るで)
そのあかりの告白に、社は真っ赤になって頭をかいた。
いつも男勝りだった従姉からの言葉。
でも何となく嬉しかった。


そんな平和な二組とは違って…