『追って来い!』

事件FILE09:地球( エンデミオン )の初恋―前編―






アキラの背後に現れたのは、十二単の女人だった。

そして腕(かいな)には、男雛と女雛。
それを悲しそうに抱き締め、虎次郎に手渡した。


『明子姫。これを私に?しかしこれは『太陽』の欠片。構わないのですか?』
『ええ…。もうこれには意味がありません。夢のお告げで漸く魂が人の中に溶けました。ですから…。
それにいつか私達の子どもに会えるでしょう。千年後に送られる息子アキラと…』
夢の続きを見ているように、しかし過去の事で触れられない女性。
“アキラの本当のお母さん”だった。


優しく微笑み、虎次郎と和歌を嗜んで健やかに過ごしていた。
思わず涙が零れて、その関係に憧れた。
(僕も進藤とそう言った絆を紡げるのだろうか…。穏やかな陽だまりの様な…。)
アキラは次から次へと流れる涙で困惑していた。


それが初恋…


アキラが『地球(エンデミオン)の初恋』に目覚めた瞬間だった。


一方ヒカルは、血眼になって図書館で調べたり、自分の感覚を研ぎ澄ましかなり無理をしていた。
だから駅前でついに倒れてしまった。
その現場に立ち会った二人連れ。
「おい!しっかりしろ。どうするスヨン。」
「僕に聞いても…。ヨンハ。叔父さんに聞いてみるから彼を看ててあげて。」
そう言って公衆電話で韓国人の観光客の一人は、身内に対処を尋ねていた。
弱って衰弱しているヒカルを抱き抱えたヨンハは、近くの公園に運び取り敢えず寝かせた。
そしてハンカチを濡らしてヒカルの額にあてた。しかしヨンハは奇妙な光景を見る事に。
公園の大時計が5時を指した時、ヒカルは少年から少女に変化した。


「なんなんだ!!最近の日本人はこう言った人種なのか?」
「う…。此処は何処なんだ?」
「おい。目が覚めたか?ところでお前は男なのか?それとも…。」
見られたのか。ついに。不注意だった。
「これは俺だけの特権。誰も真似出来ないことさ。」


こんな人間は自分一人で充分だった。
呪いも自分だけでよかった。
(佐為…。俺は誰の為に光るんだろう?迷惑にしかならないのに…)
「おどけても何だかお前苦しそうだな。話して楽になるんだったら聞いてやるぞ。」
「ありがとうな。でも俺が何とかしないといけない事だから。」
「思いつめるなよ。張り詰めてやっても上手くいかないことが多いんだから。」


メモを持って走ってきたスヨンは、ヒカルが居ない事に首を傾げ
「ヨンハ。は…」
通り過ぎてしまった頼りない背中を心配しながらも
彼女はきっと大丈夫だ。それより観光しようぜ。」
町の雑踏にスヨンとヨンハは紛れていった。


「のう。緒方君。お前さんは別れを不幸と考える方かい?」


「何だ??じじいにしたらえらくまともな事を。そうだな。俺は分からんが。一般的には不幸ではないのか?」
「でもじゃな。わしはそう考えておらんのじゃ。不幸とは出会えなかった事で、別れは単なる現象だと。」
深い皺をより深めて、桑原老人は語り始めた。
「佐為君はきっとわしの勘があたれば、過去の千年前に戻る。あるべき時代に。でもなぁ。 佐為君はわしの孫を連れて行くだろう。
そして虎次郎の子孫もついて行くだろうなぁ。しかしそもそもこれは不条理な別れだと、
3人は精一杯抵抗するじゃろう。今は…それが正しいと。 それを君は愚かだと思うかい?」
「思わんな。足掻く事は悪くないと思う。俺だって佐為さんの為なら努力は惜しまない。」
それを聞いて桑原老人は嬉しそうに、満面の笑顔になった。


そして傍で聞き入っていた若者に気付いて…
「新人の伊角君だったかいのう。鳩が豆鉄砲を食らった顔せんでいい。お主にはちと難しい話しだったかのう?」
「はっ!!いいえ。佐為さんとヒカル君が幸せならそれで良いです。 僕は彼等には返し切れない恩があります。ですから…。」
黙って途中から聞いた話を伊角なりに、ヒカル達を心配してこたえた。
伊角は本当は別れの辛さを知っていた。
留学経験からたくさんの出会いと別れを…。
その中で二人は特別。絵馬を書いたあの日からずっと変わらない、心の支え。
それを横目で悟った桑原は


(わしも手を貸すかいのう。何だか皆が必死で未来をかえようとしておる。だから…)


自分の自慢の横笛、『水星(マ−キュリ−)の横笛』を口にあてて、一曲奏でた。
それはヒカルの記憶を呼び覚ますもの。
『太陽』に一番近い『水星』が手招く。
守護神『マ−キュリ−(=ヘルメス)』が、伝令神故にそのメロディ−は伝令のような役割を果たす。
その水の調べに誘われるように引き合わされたアキラとヒカル。
流れ星が闇夜に流れ落ちた先にアキラは居た。


何が起こったのか分からないが、ヒカルは素直に異空間に飛び込み
「塔矢…。どうしてお前。」
「進藤こそ。どこからやってきたんだ?この異空間に?」
別れを決意したのに、それでも女の子としてのヒカルは別れたくなかった。
アキラが好きだから。
出会いはどうでもいい。でもアキラの真剣な眼差しが好きだから…
自分の心を支配している程、愛しているから。
(どうしたらいいんだ。怪盗Hだったらこんなにもうろたえることもないのに…)


それにアキラは“進藤”と呼んだ。女の子の自分を…
「君が怪盗Hだったんだね。ある事件で君の顔を見てしまった。僕が追っていたものはこんなにも近くにいたんだね。」
「怒らないのかよ!!騙していたんだぞ。俺は。お前が頑張っているのに、俺は…。」
「怒れない。だって君の事情を知ったから。僕は初めから君のために何かしたかったから。」


何も偽らなく出会いたかった。
それが本音だったが、アキラはヒカルをしっかり受け止めようとしてくれている。
それが嬉しくってアキラの腕に抱かれた。
でもアキラは『地球(エンデミオン)の初恋』として覚醒した。


それは目には見えない、手では掴めない“心”…
皮肉にもそれがヒカルと佐為へ、別れへのカウントダウンを伝えていた。


その上其処から脱出するには、3人の門番【文系の筒井】・【理数の三谷】・【芸術の加賀】を倒さなければならない。


先ずは【文系の筒井】がヒカル達の前に立ちはだかり、社会の問題を仕掛けてきた。


手には教科書を持ち、黒縁の眼鏡を直しながら…
「え〜と。何と美しいは奈良時代。鳴くよ鶯は平安時代。良い国作ろうは?」
「げ!!俺社会は苦手なんだ。どうしよう!!」
「慌てるな。進藤。僕に任せろ。こう見えても僕の経歴で赤点は未だ嘗てお目にかかったことが無い。
そんな僕だから。答えは“鎌倉時代”」
「正解だよ。凄いね。君は」
感心されても、今日日の小学生でも知っている事。
何だか馬鹿にされた気分だったが、青い門は開かれた。
次は【理数の三谷】が黄色い門の前に居た。


果たして二人は無事現実に戻れるのか??

そして『太陽』とは…?一体…