『追って来い!』

事件FILE09:地球( エンデミオン )の初恋―後編―






ダークシャツにサスペンダーがアクセントの理数の三谷は、 ポケットからおもむろにさいころを取り出した。
「俺がさいころを振る。 出た目が丁か半か、その確率は?」
アキラが、「確率を求める公式は…」というのを抑え、ヒカルは、答えた。
「簡単じゃん。 二つに一つ。 半分。 えーっと、数学的に言うと…」
「2分の1」 アキラが受けた。
「そうそう。」ヒカルが言った。
三谷は、「ちぇっ。 少し易し過ぎたな。」というと、しぶしぶ黄色の門を開けて、 二人を通した。

その門の先には、芸術系の加賀がいた。

「前の二人のは、子どもだましよ。 これが本番だ。 さあ。 お前らのホントの実力を見せてもらおうか。」
加賀は、颯爽と、琴の前に座った。
「琴はな。 その音が魔力を持つといわれて祭祀に使われてきた楽器だ。 この曲の題名が分かるかは、お前たち次第だな。」
加賀は、手に持っていた王将扇子をベルトに差し込むと、慣れた手つきで、一曲奏で始めた。
空気が揺れて、周囲に共鳴した。 青と黄の門が遠くで揺れた。
その曲がヒカルとアキラの記憶をくすぐった。
「その調べは 、平安の秘曲 『南風』。」
二人は声を揃えて、同時に答えた。

加賀が大きく頷いた。

赤の門がさっと開き、光の中に二人は投げ込まれた。
「行け。 地球の御子の記憶だ。」
その声と同時に、加賀が投げた何かを アキラは受け止めた。

波立つ次元の壁を越えて、気づくと、二人は、石版の前に立っていた。

「塔矢。 お前。 何を受け取ったんだ?」
アキラは手にもっているものを見た。
「琴爪だ。」
アキラは、古びた布袋から、琴爪を取り出した。

「知ってるのか? 塔矢。 それを。」
「ああ。 これで、僕は… いや。虎次郎がだ。 弾いていた。 想い人を前に、いつも。 初恋の旋律 を。」
アキラが爪をはめると、いつの間にか幻のように琴が現れた。

アキラは、静かに思い出の曲を奏で始めた。 その瞳にはいつの間にか、涙が湧き上がっていた。

ヒカルは、怪盗Hとして、 その涙をすうっと、すくいとり、石版にそっとたらした。
千年想い続けたエンデミオンの美しい輝きが、きらめいて石版に吸い込まれた。
「君の為にある涙だよ。」
アキラは呟いた。


石版は、輝きながら共鳴し、『地球の初恋』の想いを招き入れた。
一瞬、ヒカルの前に、文字が浮かびあがり、消えた。 それと同時に、琴爪も琴も掻き消えてしまった。

石版には、最後のアイテム『太陽の光』の所在が、明らかにされていた。
ヒカルは、そのメッセージをしっかりと胸に刻んだ。

「俺はアポロン、『太陽の光』を思い出した。 地球の対になる最後のアイテムだ。」

ヒカルがそう言ったその時、足音が響き、人々が、どっとなだれ込むようにやって来た。


「ヒカル。 あなたが、すべてを解き明かし、戻ってきたのを感知しました。  さあ。 最後のアイテム、『太陽の光』をその石版に。 私は行かなくてはならないのです。 人はすべて、あるべき空間に戻るのです。 あなたの呪いは解ける。 もうじき明け方です。 五時が来ます。 その時が呪いを解く最後の一瞬なのです。  私はもう覚悟はできてます。」
佐為が、きっぱりと言った。


「それは、お前が、虎次郎のところへ戻るということだな。」
ヒカルが確認するように言った。

「あなたは地球の御子の対、太陽の光。 千年前に定められたその世界にある者。 私はその存在を、感じ続けることが出来るのです。千年前に戻ろうとも。」

「でも、それはこの、体を持った俺じゃない…。俺は佐為といたい。」
「それは出来ません。 誰も望まないことです。」
「俺自身が望んでいる。」

「佐為さん。 あんたが、あるべきところは俺のいるところだと思う。」
緒方は、佐為の思いに感動し、思わず、口を挟んだ。
ヒカルは目を見張って緒方を見てから、佐為に言った。
「俺は、佐為のいるところへ行く。 お前が千年前の空間へ戻るなら、俺もそこへ行く。 俺はその役目のために生まれたんだから。」


「ヒカル。違います。あなたは、千年前の記憶を有していても体は、現代に存在するものなのです。  千年前に行けば、私のように影を失うかもしれない。  それに…。」

佐為の言葉をさえぎって、アキラが言った。
「僕は、千年後に飛ばされた人間だ。 進藤が千年前に戻るなら僕もそこへ行く。  君がどこへ行こうと、僕はもうついて行くしかない。 僕と君は補いあい、対として存在すべきものなのだから。  記憶が、すべてを語っている。」


「待て。 塔矢。 お前は。」
ヒカルは、慌てた。
「私もついて行く。」
緒方が、興奮して叫んだ。

「ヒカル。 あなたは太陽の光を持っている。 塔矢アキラが抱いていたように、自分の体の中に。 それを解き放つのです。そうすれば、あなたは自由になれる。 本来の進藤ヒカルに戻るのです。 その時、対の存在の塔矢アキラ。あなたも地球の御子ではなく、本来の塔矢アキラに戻るのです。  共に、この現代に生きる人間に。」
みんなの騒ぎをよそに、佐為が静かにダメ押しをした。


「五時に地の闇が太陽と交差する。 その時に、俺が、それを石版にはめる。 そうすると…」
「石版が埋まると、一体どうなるの。 何が起こるの?」
あかりが不安そうに聞いた。

「後、15分ですよ。」
芦原が言った。

虎次郎の像が、揺れて見えた。 佐為にしか見えなかったが、その前に、明子がそっと、立っていた。
「親は子の幸せを望むもの。  それは一緒にいることではないのです。  子どもが、一番輝けるその時間を子どもに与えたい。 それが親の愛です。」
虎次郎はそっと、頷いた。
その心の声は虎次郎の記憶を持つ、地球の御子、アキラの心に届いた。
「僕の居場所は、本当はどこなのだろう。 進藤 の居場所は。 僕は、今、進藤の為に何が出来る?」

「ヒカルよ。 お前は、私の孫なのだ。 お前は、一度、太陽の運命を担い、私の前から消えた。また消えるつもりか?」
桑原老は、優しく聞いた。  ヒカルの心はまた揺れた。
「ヒカル。 私、今思い出しているよ。 あなたは、私の姉。 あなたのいるべき時は、今。 ここ。  私たちのいるこの時代なの。 行ってはだめ。」
あかりが、切なく懇願した。

「皆が幸せでいられるのは、一体…」
ヒカルは念じていた。
「人は皆一人づつ、出会い、一人づつ、別れを重ねるものですね。それが定め。」
伊角が、物思わしげに呟くように言った。
「それでも、誰とも別れたくない。」
それは、そこにいた全ての者が持つ、共通の思いだった。

「あと、10分。」

社が時計を見た。
「ところで、呪いが解けると、進藤は、男に戻るんか? 女に戻るんか?」


「運命はすべて、太陽が握る。 ヒカルが望むその姿が、私たちを決定する。 私たちの出会いと別れは運命づけられているのです。  私たちは従容としてそれを受け入れて生きるしかない。」
佐為が言った。

「確率は2分の一か。」
緒方が言った。

「俺にだって、自分の望み通りにする力なんか無いよ。 あればいいけどさ。」
石版の前に立ち、ヒカルは全員をぐるりと見回した。


皆、じっと、立ち尽くして、ヒカルの一挙一頭足を見守っていた。
運命の時を固唾を飲んで。


太陽のヒカル。千年の挟間に揺れる佐為。地球の初恋の記憶に引き寄せられるアキラ。
彼らの運命はまもなく決定する。