『追って来い!』

事件FILE08:小惑星( ジュノ− )の石版―前編―






佐為を救いたい一心で、やってきた場所。
それは全ての始まりの地である鍾乳洞。


神社の地下の石版の安置場所から繋がり、緒方の警察署の古い地図が頼りだった。
氷柱が垂れ下がっていて、下には雪解け水のような細い水の流れがあった。


そう・・其処は『小惑星(ジュノ−)の石版』の発見された凍える所だった。


其処には好奇心旺盛の老人と、完全に職務を忘れ勝手について来た刑事がいた。
「さ・・さむいのう。ここはシベリアかい?刑事さんや。」
「古びた腕で腕を回すな。(ニホンザルのような)ご老人・・。」
「若い者は体温が高いからこうしておる。本当にぬくいのう。市民の健康まで守るのが警察の仕事じゃろう。」
「俺が守るのは治安と自尊心だけだ。なんでそこまで面倒をみなくてはならない!!」


煩い二人を尻目にヒカルと佐為はどんどん先に進んでいった。
壁には光苔が多く生息し、天井にはプラネタリウムのように星くずのように苔は瞬いていた。
長く続く地下廊を歩き、吐く息が真っ白に、まるで煙草を吹かしている様に大気に溶ける。
足元が不安な闇を照らし、ヒカルはあの日を思い出した。
佐為と呪いを掛かった日を・・


(俺が本因坊の森で迷子になり、そしてそれを探しに来た佐為と共に此処へ落とされたんだった。)
多分初めて二人で盗んだものが、脇に抱えている石版だった。
でもヒカルは佐為をよく知らない。
その思い出も靄がかかって、何か大切な事を忘れている気がする。
それを紐解くものがこの石版の役割の様な・・そんな確証も無い事を期待していた。


「ヒカル・・。本当の事を知っても私の傍にいてくれますか?」
「ああ・・当たり前だ。」
漸く吹き抜けの空間に出られた先には・・


「何なんだ。此処は・・それにあれはお前・・?」
中央の岩場に聳え立つ虎次郎の如来像。
そしてその背後の壁。
その壁画に佐為が虎次郎に退治された姿で描かれていた。


「ヒカル・・私は昔、都を混乱させた鬼と人間の子どもだったのです。普段は囲碁を嗜む人間の姿。 しかし夜になると魑魅魍魎の仲間。それによって私は中途半端でな存在でした。 それを旅の修行僧である虎次郎が不憫に思い、私を含めた存在だけの世界を創ったのです。此処に・・」


黙って3人は聞いていて、緒方に至ってはハンカチを持って号泣していた。
それを桑原老人は面白そうに観察していた。


「しかし私はその好意を無駄にして、下界に降りようと虎次郎の存在を探しました。しかし叶わず諦めようとした時、 ヒカルがこの地に現れました。本当に嬉しかった。これで私も存在が許されると・・」
ヒカルを見ながら佐為は感傷に浸り、手を握り締めながら一滴の涙を零した。


「本当にすみません。ヒカルの人生を自分のエゴのために・・」
「それはいいんだ。でもどうして俺が此処に来たんだろう。俺自慢じゃないけど先祖にそんな徳の高い坊さんなんていないぞ。 多分・・。」

佐為の謎は解決したが、ヒカルの秘密は此処では明かされなかった。
そしてヒカルは虎次郎の傘に開いている穴に、石版を填めて佐為の影を取り戻した。
しかしそれが気休めで、間も無く訪れる二人の別れを感じていた。


(後は『太陽』と『地球』のみだが、この俺の包囲網から完全に消滅している気配。一体・・)
10の穴しかないのに、11のアイテムを必要とする石版。
その訳すら自分達には理解出来ない。
知っているのは虎次郎だけだったが、それすらアテに出来ない現状。


(佐為・・俺はそれでも頑張って見つけるよ。お前が安心できる場所を守るために・・。)
その為の転校と言う名の自主退学だった。
そんなヒカルの献身的な思いは、『太陽』と『地球』を遠ざけてしまった。


「アキラ…私に話とは?」


「行洋おじさん。僕の本当の両親は一体…。」
自分の事が推理出来ないアキラは、そう呟きを漏らした。
不満はないのだが、進藤ヒカルと怪盗Hの因果がアキラを混乱させた。
悩ましげなアキラを不憫に思って、行洋は自分が抱えていることを話し出した。


「…本当の事を話そう。私の先祖は有名な公家の一家。しかし同時に陰陽の才能もあったらしい。 朝廷の命令で時代の和子を守るための役割を担っていた。」
「何ですか?それは?」
「『地球』に守られた神子。そして対なる存在が『太陽』の者らしい。 それらは最後の封印の要として、絶対的な掛け替えのない方達だ。10の奇跡を生む石版の最後の砦。 それの片翼がアキラ・・お前だ。」


何だか凄いことを聞いているのだが、アキラは実感がわかず、終始眉を顰めていた。
自分のおじさんはどこぞの小説家か?
それともお茶目さんなのか・・
(余計混乱してきた。今日は怪盗Hも予告してこないし、10時に健康的に寝よう。 僕には進藤ヒカルを暴く使命が待っているんだから。)


日々の探索活動で疲れて眠るヒカル。
そんなヒカルを起こさないように佐為は、見守りに式神のナセとイイジマを残した。
それから薄着で、神社の鳥居に背中を預けて佇んでいた。

今日は十五夜…

それが池に大きく投影して、水面の鯉とともに揺らいで煌いていた。
それを覗き込んで佐為は


「私は多くは望みません。どんな姿でもヒカルと一緒に歩きたいんです。この時代を。 だから正直アキラと言う存在に嫉妬しています。本当は。 でもそんな感情が妖しを呼び込み、ヒカルを苦しめるのなら私はそれを捨てます。 だから最後の願いをどうか叶えてください。虎次郎…いえ初代『地球』の神子。」


自分に嘆く佐為を桑原老人が、じっと見守りそしてセピア色の写真を袖から出した。
仲が良い家族が写っていて、それは藤崎家の団欒だった。
其処に桑原が膝であやしている二人の少女。

その片方はあかり…そして…


「ヒカル…わしの孫よ。そしてあかりの双子の姉よ。お前さんは人として生きるのか? それともあの千年前の青年の為、いや石版の幻から生み出された『小惑星(ジュノ−)の石版』の佐為君。 彼の為だけに『太陽』としての運命を選ぶのかい。 今回は自分の中での怪盗じゃ。至上最大の盗みじゃよ。」
深い愛情に満ちた瞳でそれを囁く。

肉親の情が溢れてでもいるのか…

その全ての鍵は、ヒカルとアキラが握っている。
そんな次の日…


アキラは初めてヒカルが住み着いている神社に訪れた。
その何の変哲も無い場所にアキラは懐かしさが込み上げていた。
「此処を僕は知っているような??何だろう。このもどかしさは?」
そして紅の鳥居を潜ると、アキラは神隠しにあったかのように消えてしまった。


果たしてアキラの行方は??一体…