『追って来い!』

事件FILE08:小惑星( ジュノ− )の石版―後編―






アキラの行方を追う前に、話を少し戻してみよう。


社とあかりが、桑原老の行き先に思いあたった時。
社は、靴を脱ぐと、一目散に藤崎家の居間へ向かった。
目的は飾り棚のアルバムだった。
「清ちゃん?」
あかりはあわてて、その後を追った。

取り残されたアキラは、社のポケットから落ちた紙切れを何気なく拾い上げ、ポケットに入れた。
それから、家に戻ったのだった。


社はぶつぶつ、つぶやきながらアルバムをめくっていった。
「何か忘れてるんだ。 何か、すごいことを。」
あかりはその社の隣でアルバムを覗いていた。
「あっ、清ちゃんと私ね。 小学校の入学式だよ。」
「ああ。 俺。 小4の時、大阪に行ったからな。」

何冊目かで、ついに、あるページに、いきついた。
幼いあかりが笑っている写真の隣。 一枚の写真が、はがされた後が。
「あれっ? 私。 記憶無いな。 こんなになってたかな。」
「ここにあった写真が鍵や。 きっと。」



人は記憶をどこかにしまい、そのまま、引き出すことは無いのだろうか。
思い出したくても、なぜか封印された記憶が、アルバムから呼びかけていた。


人は生まれ変わったりしない。
だが、記憶はずっと封印されたまま、受け継がれていくことがあるのだ。
人から人へと。
封印の力が弱まる時、記憶は蘇る。

石版にまつわり、繋がった人々は、佐為と虎次郎を除いて、すべて現代に生を受けた人々だった。


愁い顔に佇む佐為に、桑原老は目をやった。 そして呟いた。

「記憶は教えられても、蘇りはしない。 自分の中に、自分の力で、目覚めさせるしかないのだ。  その時初めて、あの子の呪いは解ける。」


それから、佐為に訊ねた。

「佐為よ。 そなたは、ヒカルが、自ら鍵を握っているのを知っていような。」
「はい。 それは多分、虎次郎が開いてくれる記憶なのです。  私には力は無い。 虎次郎を探さねばならないのです。  地球は、虎次郎です。 そして多分。 太陽は…。」


その時、佐為は体を硬くした。

「虎次郎が近づいています。 私には感じられる。 虎次郎です…。」
ヒカルとの別れが近い。 佐為は青ざめながら運命の時が、刻々と近づくのを感じた。

桑原老もその時、気配を感じた。
「おほん。 わしも、選ばれた男だったのか。 気配を感じるとは。」

そう呟きながら、振り返ると、そこには、非番の緒方が立っていた。

「その人は、虎次郎とは違います。」
佐為が、あっさりと言った。
そんなことには構わず、緒方は佐為の傍に近づいた。

「いや。 これは、どうやら、お前さんと私は、一対かも知れんな。 白と白じゃしな。」
桑原老は、からかうように、自分の白髪と緒方の白スーツを指した。

「それにしても、探索に白スーツとは汚れるぞ。」

「ほっといてください。 私の戦闘服なのですから。」
緒方は、それから小声で、「くそ爺」と呟いた。


さて、アキラは、懐かしさを感じる神社に辿りついて、忽然と消えた。
どこに。
アキラは、自分でも分からない時空にいた。

ここは一体?
「寒い。」
そういいながら、上着の襟を立てた。 それから、周りを見渡した。

探偵の本能か、彼は、地下廊をまっすぐ歩いて奥を目指した。
「誰かに呼ばれている気がする。 進藤か?」

この先をずっと行ったところに、すべての謎を解く鍵があるのだ。
確信が、アキラを進ませた。

やがて、虎次郎の如来像が建つ場所へと辿りついた。

如来像は、アキラを見ると、口をきいた。

「待っていた。 私の記憶をすべて受け継ぐもの。 そなたが来るのを待っていた。 地球の神子よ。」
「地球の神子?」
そう言った時、アキラは急に意識が遠くなり、その場に倒れこんだ。

「石版の8つの力が、そなたを呼び出したのだ。 そなたは私でもあるのだ…。」

その声を遠くに聞きながら、アキラの魂は彷徨っていた。

卑猥な喧騒に満ちた、ここは?

京の都… 鬼を閉じ込める陰陽の秘法。 しかし、それは一時のもの。
真に、鬼からも世間からも超越した神仏の救いは、地と太陽の交差にある…。
そのためには千年の歳月が必要なのだ。

千年後に、その記憶と力を受け継ぐものが、出会わなければ、鬼も人も本当には救われない。

アキラは、もうろうとしゃべっていた。 いやそれは虎次郎の記憶だろうか。

「私は出会ったのだ。 あの日。  いつか千年の後に、出会うべき太陽の御子に。 地球と対なる者。 その者は…。」


声が震えて、2度こだました。

「その者は…」

横たわっていたアキラの額に、天井から雫がたれた。
アキラは目覚めた。

「おじさんの言っていた陰陽の秘法。 そうだ、地球の神子。 対なる者。 太陽は…」

アキラは起き上がりながら、自然と印を結んでいた。 身についた所作だった。
そして、言った。
「かの人を… 僕の力で、太陽を呼び寄せてみせる…。 地球と対なる者を。」

そのアキラの背後に足音が近づいてきた。