『追って来い!』

事件FILE07:水星(マ−キュリ− )の横笛―前編―






神社に度々訪れるようになったあかり。
直ぐにヒカルと意気投合して、自分の自慢の祖父の話をした。

「おじいさんってね笛の名手なの。人間国宝一歩手前までの存在だって言っていたの。」
「えらく自分を高くみているな。」
「そうなの。面白いでしょう。何でも自分が笛を吹くと水のせせらぎが聞こえるって・・これがおじいさんと私の写真・・」
幼い赤いワンピ−スのあかりと写っている老人。
人間と言うよりサル化な感じがヒカルのファ−ストインパクトだった。


(それより・・これは『水星(マ−キュリ−)の横笛』・・こんなじ-さんの唇が触れているのか。嫌だな〜!!)
でもあかりの遺伝子は彼も一役買っている。世の中不思議な事だらけだ。
しかしあかりの話によると、桑原老人は夢枕の青年をおって不在だそうだ。
別に焦っていないから、それは後日にしようと楽観していた。


「ヒカル・・大変です!!」
「何だよ血相をかえて・・。お前らしくない。」
神社の備え付けのゴミ箱のゴミ回収していたヒカルの手をとり、水鏡の役目をする壷の前に佐為は連れて来た。
透き通った水が煌き、ヒカルの顔をうつした。しかし・・


「佐・・為・・お前・・姿がうつっていないぞ。どうしたんだ?これは・・一体。」
「今朝方こうなっていたんです。私の呪いは貴方とは違う形であらわれたようです。」
「あの日・・俺が・・本当にごめんな。全部俺の所為で・・」


この神社の祠にある虎次郎の銅像。
その銅像は芸術家の趣味でつくられたものではなく、封印の役割を果たしていたものだった。
それは異次元の千年前の呪いを防ぎ、神社の大樹と共に結界の為のアイテムだった。


その禁忌の場所に誰かに呼ばれて迷い込んだヒカルと佐為。
其処から二人の悲劇ははじまった。
影をなくした佐為は、ヒカルを抱き締め
「貴方の方が私より先にそれがあった分、苦しかった筈です。女の子と男の子の狭間で・・」
そう言いつつも佐為が小刻みに震えている事を、ヒカルは感じていた。


(早く・・これを解く鍵を見つけないと。『水星(マ−キュリ−)の横笛』を今夜にでも・・)


アキラは畳の上に寝そべって、天井を仰いでいた。
進藤ヒカルの存在の不透明さと、怪盗Hの存在の頼りなさを、それを反復するように頭を悩ませていた。
「どうして・・二人が合致しないと、違うと言えないんだ。薔薇事件のあの日から僕はどうかしている。 そもそも進藤はいくら女顔でも男だ。そして怪盗Hは列記とした女の子。でもそれがどうしても・・」
好きなのは彼・・だけだ。でも気になるのは彼女も同じ。
「僕もどこか山奥で緒方さんと一緒に修行した方がいいのか?」


一柳住職の話は半端でなく、緒方と芦原は共に有給を超過していた。
警察官はそんなに暇じゃないと喚きたいが、僧の話はご利益があると芦原に言いくるめられ、 緒方は座禅で足が痺れていた。
ご愁傷様。


桑原老人は緒方に会えずに東京に戻ってきた。
「清春が追っておる怪盗がわしの横笛を狙っておるじゃと?そうか・・ふぉふぉふぉ・・」
「じいさん笑い事やないで。あかりは彼女に恩があるんやけど、俺はええ笑いものにされたし・・」
「そりゃ私もそう思うよ。だってあのバッドだもの。」
部屋の片隅においていある古臭いバッドを指差しながら、あかりは言い放った。
「わしは最近退屈しておったところじゃ。怪盗との駆け引きも趣きがあるのう・・。 この老人と知恵比べをしようではないかのう。怪盗のおなごよ・・ふぉふぉふぉ・・。」


「進藤・・話があるんだ。」
「なんだよ。塔矢。改まって・・」
佐為の一件で頭がいっぱいのヒカルは、アキラを邪険に扱ったが
「進藤・・君の両親は何処にいるんだ?保護者会でも不在だったし・・」
「それ・・それはだな。色々あるんだよ。でも何でだよ?」
アキラも何でそれが気になっているのか?
それはアキラもまた両親がいないからだった。
物心が付いた時、既に親戚の行洋おじさんに引き取られて今に至る。
だからこその疑問だったが、ヒカルの怪しいものをみる瞳に負けて突っ込んだ質問は此処までだった。


「ヒカル・・私は大丈夫です。私の事で心を乱されてはなりません。貴方は唯でさえ危ない仕事をしているのですよ。 其処を分かっていますか?」
「心配してくれんのか?佐為・・。ありがとうな。でも巻き込んだのは俺なんだ。だから・・」
涙目で俯くヒカルを包む今回の衣装は、ヒカルの高校の女子の制服だった。
いつも以上にヒカルが映える衣装で、佐為は見送りながら祈った。


(塔矢アキラ・・貴方がいつかヒカルを支える拠り所になって下さい。このままではヒカルが、 私の事で苦しむばかりです。どうか・・)


一方藤崎家では、アキラ以下2名は張り込みをしていた。
屋根には社が、家に待機が伊角で庭先にはアキラがと言う布陣だった。
ちょっぴり寒いアキラは手を擦ったが、頭上に女の子の影が落ちた。
屋根からではなく、壁づたえでの登場に意表をつかれ3人は身構えるが、アキラはその姿を漸くはっきりと捉えられた。
自分と同じ高校の制服。そしてその流れる黒の長い髪と、色素の薄い前髪・・。
アキラのよく知っている人物に類似していた。


(まさか・・君は・・進藤な・・のか。)
目を擦り次に見ると、怪盗Hは家に瞬時に移動していた。
あっけにとられて出遅れたアキラより、以外にも早く反応したのは被害者の桑原老人だった。
皺皺な手で、怪盗Hの細い腕を掴んで
「甘いのう。わしが老人と思って油断でもしておったのか?」
「してない。でも急いでるんだから、いい加減はなせよ。」
「それは出来ない相談じゃな。この笛はばあさんとの思い出の品じゃから。」


しつこい桑原老人を振り解けないヒカル。
そんなピンチに紫の髪の青年が割って入った。
般若の面を顔にしながら歌舞伎役者のような、立ち振る舞い。
扇子を腰に、梵字が書いてある札を指に挟んで桑原老人から怪盗Hを背中で守った。
そう…何故か怪盗Hをサポ−トした。


その正体は一体誰??