『追って来い!』

事件FILE05:月( アルテミス  )の言霊―後編―






それでも、怪盗H。やっとの思いで、引き出しから、万年筆をつかむ。
催涙ガスで見えないながらも、必死に、一言書いたつもり…。


願いは叶うはず…。


そこへ、社、アキラ、緒方警部、芦原刑事が駆けつけて、絶体絶命の終わりか…。


ヒカルは心で叫んだ。 佐為〜!


「捕まえた。」 全員が言ったその時。


「いやーん。 えっち。」 とソプラノの響きが…。


気がつけば、そこには怪盗Hの姿は無かった。
お互いが空気を抱きしめ、お互いをつかんでもつれる四人。


どうなってるんだ?
そこには、怪盗Hの白いドレスの切れ端と、熱帯魚が…。
「?」


「わー。 俺の熱帯魚が。」
緒方は、必死に熱帯魚を水槽に戻した。 危機一髪。


ポカンとするみんな。
その時、机に謎の紙切れ…。
これはナンダ?


催涙ガスが薄れた部屋で、社とアキラは同時にそれをつかんだ。
紙の切れ端に、「れつだきいよ○すき」と書かれていた。


「これは暗号だ!」
アキラ探偵。 やっと自分の頭脳をまともに使えると、大張り切り。


それは単に、怪盗Hが、危機を脱出することと、美少女の想いとを、願いが叶うという“アルテミスの言霊”に 託そうとしただけ。
平仮名で書こうとした彼女が、熱帯魚を見て、さらに催涙ガスでぼうっとなり、うっかり書いた間違いメモ。
ねつたいぎよ…《ね》が《れ》に。 《い》が《濁点》に。 《濁点》が《い》に、変わっただけ。
だが、それに “スキ”という願い…は…。


とにかく、怪盗Hは、脱出の意思が、佐為の精神に呼応したらしく、何とかマンションから外へ出られたのだ。
少し裂けたドレスのすそをたくし上げ、必死で、通りをひた走り…。 神社へ。


佐為は、ぐったりしながら待っていた。
「ヒカルの声が聞こえました。 念じました。 私は、力を使い果たした感じですよ。」
「俺。 今回は、もう駄目かと思ったよ。」


引きちぎられたドレスを着替えながら、佐為に“アルテミスの言霊”を渡した。
佐為は、例によってそれを持ち、石版のくぼみに小さな印をつけた。
そこから浮かび上がる文字を確認しながら…。


「ヒカル。 伊角さんはどうしたのでしょうね。 彼も関わりがあるかも。  それと、私は夢を見たのです。 緒方さんが、夢に見る老人を私も見ました。 私は、がま蛙でなければ、大丈夫。 猿は平気ですよ。」


翌朝早く、深夜の疲れで、ヒカルがまだ、ぐっすり寝ている時、佐為は、神社の朝の清掃に余念が無い。


ふと、神社の絵馬を見て、「おや?」と、思った。
これはヒカルが、.あの“アルテミスの言霊”で書いたのですね。 夜中に。


ハートにAとHを組み合わせてキューピッドの矢を書いて。
あれは願い事成就の万年筆だけれど…。
これは、どうなるでしょうか?


佐為は少し首をかしげた。


その時、神社に一人の人物が偶然に現れた。
「神主様。」と、声をかけられ、
「おや。 伊角さんでは。 お久し振りですね。 いつ日本へ?」
「3カ月前です。 実は…。」と、言いにくそうにもらった万年筆を失くした話を…。


「ここは、願掛けの神社になったと聞きました。 驚きましたけれど。 きっとここで願掛けすれば見つかると。」
佐為は、頷いた。
「その絵馬に、願いを書くといいでしょう。」


伊角は、願いを書くと、それをつるし、帰っていこうとする。
「今のお仕事は?」
「ええ。 警察の文書課に、就職のあてがあって、これも、留学支援してもらったおかげです。  これから面接です。 緒方警部という方と、お会いすることになっていて…。」


佐為は、すばやく伊角の胸のポケットに、万年筆をすべりこませる。
すきだらけの伊角相手ならたやすい事。 これで、ヒカルの手が、省ける…。


伊角の面談の相手の緒方は、昨日、万年筆を盗られて、面目丸つぶれだったが。
「そんなことはどうでもいい。 あれは元々、英国へ研修旅行へ行った時に、偶然拾ったもの。
俺んじゃないしな。
それより、可愛い熱帯魚の佐為ちゃんが、なんともなくて良かった。」と、胸をなでおろしていた。


佐為に会ってから、その美貌に心奪われ、愛する熱帯魚のカトリーヌを佐為と改名した緒方警部。
あれ以来、猿顔と佐為が夢の中で、仲良くしている夢を見る…。


「いかん。俺は、男もいける口だったとしてもだ。 佐為はともかく、何で、あの爺さんが、毎日出てくるんだ!」
緒方は呻いた。 寝不足だ。 よろよろと、警視庁へ出勤する。


一方ヒカルは、今日が休みでよかったと、巫女姿で、神社のアルバイトに余念がない。
学校に行ったら、あいつらがきっと…、うるさく話かけるだろうな。
俺、なんで、あいつにハンバーガーやったんだろう? もう一人の自分に悪態をつきながら、おみくじの整理をする。


そこへ、一人の少女が…。


「あの。 私。 藤崎あかりです。 この前、こちらの神社で、願いを叶えて頂いた…。」


へえ。 結構可愛い子だなと思いつつ、ヒカルは、佐為を呼びに奥へ入った。