『追って来い!』

事件FILE02:土星(  サタン  )の沈黙―前編―






「ヒカルご苦労様です。」


佐為が襖を開けて縁側に立って迎え入れた。
「今回は手ごたえがなかった。あいつ俺を本気で捕まえる気あるのかな?」
「さ〜あ?でもあの子の悲しみは拭われます。」


優しい微笑を向けて少女の頭を撫ぜた。
それに少し照れ臭そうに、ヒカルと呼ばれた美少女は手に持っていたペンダントを渡す。
輝き美しいそれは、佐為が持っている10個の穴が開いた石版に吸い込まれた。
既に赤い指輪『火星(マ−ズ)の囁き』と、透明な宝石『天王星(ウラヌス)の疾風』が填められていた跡があった。
薄く羅針盤のような図面が刻まれてるのが、灰色の石版の装飾となっていた。


しかし宝石を飾る陳列板ではなく、それは別の意味を持っていた。
「何時見ても不思議な光景だな。填めたら封印された文字が浮き出てくるんだから。何か仕掛けでもあんのかな?」
コツンコツンと端を叩くと佐為がヒカルを止めた。


「手荒に扱わないで下さいね。これは私達の大切な扉なんですから。しかし廻り廻って私達の前に戻ってきました。正倉院にあるとまでは過去の歴史書で確認できたのですが 、何らかの経緯で放り出され拾った者の家に重宝されていたのですから・・。」
「お陰で俺達の目的に繋がったんだから凄いよな。」
佐為の細腕に抱き抱えられ、そして床の間の掛け軸を捲り、そこに隠されたスイッチを押し隠し部屋の扉を開いた。
厳重な管理をされているのか、地下の宝物庫に収められた。


そして用件が済んだ『金星(ヴィ−ナス)の琥珀』をヒカルの手に握らせ
「最後の締め括りです。これを彼女の絵馬と摩り替えてきなさいな。」


それを聞いたヒカルは柱時計を見上げた。
振り子が時を刻んでいたが、間も無く5度の音がなった。


静かな神社に響く音が何を意味するのかは2人しか知らない。



売店で買った新聞を見て、塔矢アキラは溜息を漏らした。
「今回も警察から逃走した美少女怪盗H。その姿は漆黒のレオタ−ド。杜撰な警備で美術館大損!好き勝手書いてくれて・・」


本業の学生に戻って事件の反省を自らして、食堂でブル−になっていた。
その落ち込みは昼食の少なさに現れていた。
こう見えても高校生と探偵の二束の草鞋で頑張っているから、アキラは尚事件の早期解決を目指していた。


でもそんな彼と当たり前に同席していた者は・・
「塔矢・・そうがっかりするなよ。相手が悪いだけだろう?」
「進藤ヒカル・・僕を励ましてくれているのかい?う・・嬉しい。」
「暑苦しい視線を寄せるな。平成のホ−ムズだろう。お前は。しかもフルネ−ムで呼ぶな!」


牛乳パックを片手に呆れているヒカルに、アキラは
「でも何時もの巫女姿じゃなかったんだ。昨晩は。どうしてなのかプロファイリングしてみたんだが皆目見当もつかない。」
(それは正装を洗濯に出したが、夕立で乾かなかったんだよ。塔矢・・)
単純な理由であったがゆえ、ヒカルは可笑しくって笑いそうになった。


しかしアキラの目の前にいるヒカルは、アキラが絶賛したD〜Eカップのふくよかさではなく至ってスレンダ−だった。
何所から見ても男子だった。


「今回の収穫は彼女は僕に興味を示した事位だった。」
「そうか・・それは良かったな。ははは・・」
ひたすら苦笑いするヒカルは複雑な心境を誰かに理解して貰いたかった。


「警察もお前を信頼しているんだから頑張れよ。」
アキラに叱咤激励をして、きつねうどんを食べ始めた。
「良かったら僕のからあげも食べるかい?進藤ヒカル。」
「サンキュ−!」


ヒカルの笑顔がアキラの活力だった。
友達が少なかったアキラの環境に自然に入り込んだ彼・・
変な時期の編入生でそれだけでも異彩だったが、外見の色素の薄い前髪もインパクトがあった。
出会いは褒められたものではないが、何所か未完成な魅力を感じていた。
(絶対彼の唯一の者になるんだ。これは友愛を超えた愛情なのだから・・)


そんな中ヒカルの携帯が鳴った。
其処に書かれていたメ−ル内容は今日の仕事の事だった。
(『土星(サタン)の沈黙』が発見されたのか・・。佐為お前最近人遣い荒いぞ〜!!)


そして睡眠不足な自分に愛の手を・・と神様に祈っていた。