『追って来い!』

事件FILE02:土星(  サタン  )の沈黙―後編―







「おーい。進藤。」
「ああ。 和谷に越智じゃねえか。 どうしたんだ?」


ヒカルの快活な笑顔と声が、自分以外の友人たちに振り向けられたのに、アキラは、少しむすっとした。
ああ。折角の“からあげ”の効果も薄れて、僕の進藤が…。
そんなことには気付かず、ヒカルは、席を立ちながらアキラに言う。


「じゃあな。 塔矢。 俺ちょっと、こいつ等と、話があんだ。 午後の授業のことでさ。」

その三人で、楽しげに話して歩いていくのを見つめながら、アキラは、やけになって、ヒカルが残したきつねうどんの汁をすする。 この次は、定食Aをご馳走してみようか。 いや、今はそんなことを考える時ではない。 僕を認めさせるために、きっと、怪盗Hを捕まえねば。 その正体を暴いて、そして…。 ああ、それにしても、あんなに楽しそうに話をするなんて…。進藤オオオオ〜。アキラは、心で叫んだ。


「進藤。 どうする。 お前、昨日の課題。 結局提出しなかったんだろ。 俺もだ。 越智が、休んだから、見せて貰えなくてさ。」和谷が言う。
「僕は、家庭教師が休んで、課題を見てもらえなかったから、しかたなかったんだ。」
アキラが、羨む話の内容が、これだった。 ちっとも羨む必要は、なかった。


「とにかく、三人で、謝りに行こうぜ。 先生に。 一日伸ばしてもらうんだ。 明日にはきちんと、完全にしあげたレポートを持っていくってさ。 A゜ をもらえるようなやつをさ。」
ヒカルの言葉に二人は頷いた。
「今日、放課後、僕のうちに寄って行けば。 S大学化学科出身の家庭教師も間違いなく来る。 三人で分担してやれば良いさ。 共同実験のレポートなんだからね。」
「ああ、じゃ、二時半に門のとこで待ち合わせな。」


さて、二時半に黒塗りのベンツが、お出迎え。
「坊ちゃま。」
「あっ。 今日は友達が二人、家で一緒に勉強することになってるから。」
「さようでございますか。 この方々でいらっしゃいますか。 さ、さ。 どうぞ。」
ヒカルと、和谷は、その車に越智と共に乗り込んだ。
「越智の家ってさ。 すげえ、お屋敷なんだぜ。 俺。 前にも行ったことがあるけれど。」
「へえ。 この運転手付の送り迎えもすげえよな。」


「ところで、お前。 さっき、塔矢と何、話してたんだ?」
「ああ。 あいつの副業だよ。 探偵話さ。」
「塔矢って。 いつも一人で超然としてたんだけど。 すまし過ぎだよ。 でも、進藤が転校して来てから、いつも、進藤の後ばかり、追いかけてるんだよね。」
「へえ。 そうなのか。 俺。 そういうことは知らないからさ。 面白い奴だよ。 あいつ。 友達としてさ。 まあ、でも、ちょっと、暑苦しいというか、うっとおしいとこが、あるにはあるな。」
そう言ってから、ヒカルは、ふと、さっきの“から揚げ”のことを思い出し、そっと、塔矢に手を合わせた。


その日、夕方六時過ぎのこと。
「只今〜。」
「ヒカル。 遅かったですね。 もう、六時ですよ。」
「ああ。 でも、五時までには、別れたし。」
これには、特別の意味があった。 二人だけの中で。


「それに。 ほら、もう取ってきたよ。 これ。」
ヒカルは『土星(サタン)の沈黙』を佐為に手渡した。
「ヒカル? これは? あの越智邸は、警備システムが整い過ぎていて、どうしようかと思っていたのですよ。 まあ。 『土星(サタン)の沈黙』は、越智邸に数々ある宝玉のうちでは、値段的には安物かもしれませんが。」


「言ったろ。 お前が、結局やりきれなかった課題のレポート、一緒にやったんだよ。 越智んちでさ。 あいつとは、化学のクラスが一緒なんだって。」
「そうですか。 ヒカル。 あの学校に編入したのは正しいことでしたね。 こうも、目的にスムーズに結びつくとは。」
「これを返しに行く時に、予告出しとけば、いいだろ?」
「そうですね。 いつもの手ですね。 まあ、その前に。 先ず、すべきことをしなければ。」


佐為は、石版を取りに行き、片手で印を結んだ。
『土星(サタン)の沈黙』が、静かに輝き、4つ目の穴に吸い込まれるように嵌った。 二人は黙ってそれをしばし見つめた。
「俺たちって本当に偶然の巡り合わせなのかなあ。」
「さあ。 どうでしょうかね。」
そういうと、佐為は、石版をまた、いつもの隠し場所へそっと、戻しに行った。


「ヒカル。 返しに行くのも至難の技ですから、良く、計画を立てなければね。 あなたに危ないことはさせられないから。」
そう言った時、佐為は、ヒカルが、その場で、ぐっすり眠りこけていることに気付いた。
佐為は、そのたおやかな美少女を、そっと抱き上げ、布団に運んだ。


「ヒカル。 あなたと会ったのは偶然ではないのです。 出会うべくしてあったのですよ。 あなたの幸せを願ってます。 できるだけ、危ないことはさせたくはない。 あなたにはね。 感謝してます。」
そう呟き、佐為は、そっと、ヒカルの輝く前髪を梳くように優しく撫ぜた。 夢を見ているのか、呼応するように、ヒカルは眠ったまま、にっこりと微笑んだ。


それを見て、佐為は、思った。 可愛い子です。 このところ、急ぎ過ぎました。 少し、休養させなければ。 可哀相に。 疲れ切ってますね。 ヒカルは。


夢を見ているのか、ヒカルはそっと、呟いた。
「アキラ…」
佐為は、もう一度、ヒカルを見つめ、それから部屋を出て、そっとドアを閉めた。 ヒカルの眠りを妨げないようにと。