『追って来い!』


事件FILE01:金星( ヴィ−ナス )の琥珀―前編―





都心の片田舎にある神社。


春は桜で秋は紅葉で人々が集うしか余り寄り付かない場所だった。
年に数回植木職人が手入れをしていて、その風景は絶品であり日頃の忙しない都会人のオアシスとなっていた。
だがそれだけでは慌しい環境が主流の者達は寄り付かない。
何か異色なものでもなければだったが、それが此処にはあった。


其処には絶世の美男子の神主がいて、女性や観光客を喜ばせていた。
長髪の艶めかしい黒髪に、薄化粧の男性で名は藤原佐為・・


その素性は誰も知らないが、そんな事を誰も気にせずその外見に負けない優しさに溺れていた。
彼はそれゆえ異名で【カウンセラ−佐為様】と呼ばれていた。
石階段の掃除のため、ほうきで掃いていて夕焼けを見上げていたが、何か風が啜り泣きを運んだ。
そして彼は樹齢千年の御神木で泣いている少女に声を掛けた。


「どうかしましたか?こんな所で泣いているなど・・話せば楽になるのでしたら私が受け止めます。」


しめ縄で結ばれた木を擦りながら・・
「私は藤崎あかりと言う者です。実は家に泥棒が入って友達から貰ったペンダントが盗まれたんです。でも警察も諦めろと・・私どうしたら良いのか。」
「それは大変でしたね。ではこれをあげます。」


「これは何ですか。綺麗な黄金色の絵馬ですね。」
「この神社に訪れる人を笑顔で見送りたいのが私の願いです。これを持っていると幸福が訪れますようにと。」

手を合わせて願掛けでもしているような佐為に、あかりは少しだけ救われた気分になった。
そして涙を拭いて手を振りながら帰っていった。
彼女が姿を消した後・・


「ヒカルお仕事ですよ。出ていらっしゃい。」
先程とは打って変わって真剣な声色になった佐為に、一人の少年が近付いてきた。


夕暮れの時間に突如現れた美少年が
「何だよ。今課題をしている途中なのに・・」
「それは後で私が手伝いますので、今夜も貴方の活躍が待っています。」
「連続で?昨日もお祖父さんの骨董品を奪取したばかりなのに・・」


「お願いです。それに貴方は会いたくないのですか?彼に。」
そう言うとヒカルはげんなりした。
「それは俺のもう一人だけだ。俺は逆に迷惑している。」
しかし佐為のしつこい説得でヒカルは折れた。



東京都S美術館。


国立ではなく個人の美術館で、様々な催しものが来場客を楽しませている。
絵画だけではなく、骨董品やその関連の展示物もありその多くは芸術家を引き込んでいた。


其処に届いた予告状と言う名の犯罪警告文章。
少女シュミな便箋で達筆な字で書かれたそれに眉を顰める美少年がいた。


『拝啓・・東京都S美術館館長様。今夜そちらに展示されていますペンダント金星(ヴィ−ナス)の琥珀を奪いに参上します。粗茶はいりませんので お構いなく。では乱筆ながら失礼します。美少女怪盗H☆』


益々表情を硬くしてその美少年塔矢アキラは何度も読み返していた。
彼は無類の探偵マニアで知られ、過去に幾つもの難事件を解決していた。
細かい犯罪から決して見付からない探し物を発見する嗅覚は、周囲から絶賛中だ。


将来はFBIへと言う偉大な夢を膨らませ、日々切磋琢磨していたがその彼を何時も手玉にする女怪盗がいた。


それが美少女怪盗Hだ。


平成の女版ルパン三世とか、女ねずみ小僧とか様々な比喩が飛び交うが、アキラはそれなら平成のホ−ムズだった。
シルエットでしか誰も姿を捉えておらず、あくまで美少女と言うのは憶測だった。
一介の高校生探偵を呼んでまでの難攻不落な相手に、警察はかなり複雑だった。
「アキラ君。今日は結果を出してくれよ。と言っても警察がする事なんだが・・」
「緒方警部。僕は嬉しいんです。緒方さんの役に立てるばかりか、こんな強敵が出現した事に・・」


最初の事件には関わっていないが、3度目の彼女の出現の時、彼は携わり現在に至っている。
学校帰りの事件だったが故、偶然が出会わせたのが理由だったが・・
「余りに興奮していたのか課題もスム-ズに片付けられました。」
「そうか・・ならば期待できそうだな。」


アキラは警備員の芦原さんに、今回の警備体制の強化を依頼した。
「いつも強化を図っているけど・・」
「逃げられる割合もお忘れなく・・。僕は今日こそ彼女を捕らえたい。そしてその正体に近付くんだ。」


大抵100M位離れた場所でしか対峙した事はない。
でもその姿が巫女様の身形だとアキラは自分の視力で判断した。
(そして僕の良い所を彼に見せて惚れさせたい・・。)