『神曲』最終章〜ヒカルの音楽〜



ヒカルを真っ直ぐ捉え、真摯に愛していると語るアキラが忘れられる訳がない。
きっかけはどうであれ、自分のこの恋もまた真実…
避けられない壁が多かろうと、ヒカルもアキラを同じくらいに求めている。


「君なしでは僕は生きられない…。」
ブランコを降りてアキラはヒカルを引き寄せ、優しく抱き締める。
高校生のしかも男同士が朝に抱き合っている姿を、周囲はどんな目で見るのとかもう関係なかった。
一番安心できるアキラの胸に顔を埋め…
(俺も離れたくない。お前の傍でただ音楽を…そして一緒に居たいだけなのに。)
どうにもならない現実ばかりが押し寄せて、それに全く非力な自分が嫌いになりそうだった。
アキラの背に自身の腕を伸ばし、切なく抱き締め返した。
5歳の時両親が居なくなって、そのショックで口もきけず親戚達に色々な難癖をつけられ虐められた。
やっと遠縁の藤原の家に落ち着いた中学2年…少しだけそこから光が見えて、そして高校時代…

あれほどヒカルを出生から翻弄した音楽の因果律を昇華し、純粋にただ上手く音楽をそこで奏でていた者…
鍵盤から聞こえる温かな運命と呼べる導き…
魂に差し込んだ音色(ともしび)…


「アキラ…でもきっと俺がお前を駄目にする…。」
アキラには聞こえないように、悲観の声を囁いた。


ヒカルはアキラと共に登校すると、正門前には多くの報道陣と先生方が混線していた。
それを遠目で二人は見て、裏門から人目を避けるように学園の敷地に入った。
しかし事はそれだけでは済まず…
「進藤…お前どうやってあの塔矢行洋に取りいったんだ?」
「俺達の方が実績も実力もあるのに、どうしてお前が…。」
「ねぇ〜海外に何時発つの?教えてよ〜。」
「塔矢アキラ君可哀想〜」
無責任な学友の発言がヒカルの周りに取り巻き、居心地が悪く絶えず沈黙をつらぬいた。


少なくとも全く接点がないヒカルと行洋の関係に、誰もがそう感じても可笑しくない。
責めたくとも、逆の立場だったらきっと自分も同じ心理になるだろう。
お互いしか知らない秘密が、こんなにも混乱を招いて渦を巻く。
カミングアウトしてしまえば、説明に困らず誰もがきっと納得できるだろう。
しかしヒカルは怖かった。
どうしてもそれと引き換えにアキラと行洋の親子関係を壊す。
ずっと父親の背をみて育ったアキラに、嘗ての進藤の父さんを尊敬して、
どんな波紋があっても信頼を寄せていた自分が重なる。
形見のバイオリンが自分のその証…
間もなくヒカルは理事長室へ呼び出された。


「進藤君…よく来てくれた。」
出来ればもう会いたくなかった。
どうして目の前の男は自分をそっとしておいてくれなかったのか…。
こみ上げる怒りと失望が、ヒカルを襲うが…


「ヒカル…良い話かもしれないよ。これは…。」
聞き馴染みのある穏やかな声…
そこに藤原兄弟が居た。
何でこんな場所に?っと声に出そうとしたが、これは自分だけの問題でなく、
自分を慈しみ育んだ藤原佐為と慎一郎にも関係する。
塔矢行洋は藤原兄弟に自分とヒカルの縁を語り、二人に土下座して今までの自身の不甲斐無さを謝っていた。
突然の行洋のヒカルの意思を無視した行動に憤りそうになっていた二人だったが…
「私はヒカルのせめて夢を手助けだけ出来れば、他にはもうあの子から何も求めない。」
どんなに言葉を尽くしても、ヒカルのこれまでをなかった事には出来ない。
赦される資格はないが、ヒカルの進藤両親が愛していた音楽を、彼に続けてもらい残してやりたいと。
学園の理事職は別の者に移譲して、自分が他国にある人脈をパイプラインにヒカルを一流の音楽家にしたいと。
そんな願いをきいて、藤原兄弟の中に自分たちと同じ、ヒカルに幸せになって貰いたい気持ちを悟った。
「慎兄…。」
「貴方は将来の自分を考えたことがありますか?ヒカル…私は貴方を実の弟のように考えているのと同時に、
大切な貴方のこれからを一緒に考えたいのですよ。」


佐為がヒカルの後押しを自ら申し出た。
諦めにも似たヒカルの未来にも、まだ可能性はあるんだと3人は強く語っていた。
「何で…誰かのために、何も出来ない俺みたいな者に…。」
頬に伝う涙…
嬉しいのか哀しいのか…どんな感情も当て嵌まらない。
色んな感情が綯い交ぜとなって、瞳から零れる。
強がっていた訳でなく、我慢して塞き止められていた思いが溢れだす姿を、佐為や慎一郎は嬉しく思い…。
「馬鹿ですね。私達は家族なんですよ。まさかヒカルは私達を他人とでも?」
「違う…守りたい俺の家族だよ。」
そう言い終わらない先に、行洋がヒカルを抱き締め
「絶対君は私が守る。私の全てをかけて…だから…。」
学園の窓から聞こえる音楽…
これは旅立ちの序曲(プレリュード)…


「俺…どこまで佐為兄や、慎兄の想いに応えられるか…そして天国の父さんと母さんに届くかわかんないけど、
やってみるよ。だって俺は音楽が好きだから…。」




『神曲』第一部完結です。
当初もっとほのぼのとしたアキヒカを目指していたのですが、
以外な方向に話は流れ、今までにない試練多き二人となってしまいました。
誤算だったのは、緒方さんの本気が見れた事です(笑)
雰囲気だけならオガヒカは書けたのですが、ついに…!!です。
またよろしかったら続きもお付き合いください。