ファンタジア〈幻想曲〉『リズム〜衝動の記念日〜』



紅葉もすっかり地面に落ち、冬も深まったある朝。

ふと年末の大掃除をしようと、アキラはヒカルに提案した。
「早いな。もうそんな時期か。」
「忙しいからな。僕達は。しかしそろそろ整理しないと、足の踏み場が。」
決して普段から其処まで乱れている家ではない。
約二年前から一緒に住んでいるヒカルとアキラ。
男同士のルームシェアではなく、二人は異母兄弟兼恋人。
高校の【音楽学園】から、運命が引き寄せたかのように自然と出会った。
バイオリンの天才児のヒカル。
ピアノの秀才児アキラ。
語れば紆余曲折と10年以上も、真の意味で互いの立場を理解出来ず、
恋愛だけが唯一の心の支えで、ようやく結ばれた二人。
ヒカルの両親が交通事故に遭い、そののち身の上に起こった様々な形の不幸と、
アキラの持て余す周囲の期待が、二人の試練の元凶となった。


共に違う方面での仕事で音楽に関わっている。
ヒカルは演奏家と、最近では近くの音楽教室の講師。
アキラはメディア関連での作曲家と、プロデューサ。
雑誌には塔矢兄弟の活躍がよく取り上げられていた。
「そうだな。楽譜(スコア)が錯乱している。混ざると厄介だもんな。」
「確かこの棚に譜面を入れられる封筒を買っていたから、
この中に入れたらいいよ。」
そう言ってリビングの整理棚の中に手を差し入れると、
引き抜きすぎたのか余計な物までが落ちてきた。
「アキラ。落としたよって…これは…。」
「懐かしいな。確かこの楽譜は…。」
二人の意識が過去へと遡ってゆく。


一方的にヒカルがアキラの前から姿を消した。苦い日々…
ヒカルは三年間海外での留学を塔矢行洋の提案で、
ドイツとオーストリアで過ごした。
アキラは日本で大学はいかずに、直ぐに就職して自立を果たす。
少しずつ風化してゆく互いが過ごした思い出。
反比例して深まるもどかしい思慕。
もう二度と互いの音が聞こえないと諦めていた。
そんな時に…


「アキラの誕生日に奇跡がおこったんだよな。」


日本に一時帰国して初めて塔矢家に上がらせて貰い、
優しい陽だまりのような親子に触れ合ったあの日。
「正直、衝撃的な再会だった。今でもあの時実家に帰らなければ、
こうやってヒカルと話すことも出来なかった。
本当に両親のおかげで真実を…
何よりヒカルと本音で語る機会すらなかったんだ。」
ずっと抱えていたヒカルの哀しみ。
いつか事情をヒカルから聞けると、悠長に構えていた。
しかしそんな単純な話ではなく、それがアキラ自身を巻き込む重大な事だった。


「俺はアキラが好きだ。だからアキラを苦しめる位なら、
俺はいつでも消えたかった。でもそれはいけないとみんなの音がいうんだ。」
「それはそうだよ。一番僕が許さない。君は僕の大切な恋人だから。」
「そう考えたら12月14日は素敵な日だよな。」
「僕にとっては君という代えがたい贈り物を、
その日は取り戻し与えてくれた。」
富や名声などいらない。
ただヒカルが其処に居るだけで、傍で確かめられるだけでいい。
こうやって腕を伸ばせば手に届く。
それがどれだけ幸福か…


「そして託された『交響曲―神曲―』これがそれなんだ。
初めてアキラと公の場所で音でも一緒になれた。」
ずっと陰に居たヒカルに、光が差し込んだ。
「僕はずっとヒカルと一緒に居る。そうだ。はやく掃除をすませて出掛けないか?」
「賛成。今日はオフだし。どっか行こう。」


寒い屋外だがクリスマスシーズンで、
イルミネーションが明るく、道中の人々を視覚で楽しませている。
吐く息が白く、大気に溶ける。
焼き芋の屋台の美味しそうな匂いが、食欲を刺激する。
「アキラ何処に行くんだ?」
てっきりショッピングか何かかと思っていたヒカル。
しかしアキラは足早に駅に向かい、
二人分の切符を買って行き先を告げずヒカルを連れてゆく。
手を繋がれて導かれるように集合住宅街に入った。
其処には…


「ヒカル。ここは君の家だよね。進藤のご両親と過ごした。」
もう此処には戻れないと思っていた。
庭付きの二階建ての洋風仕立ての家屋。
冷酷な親戚が既に売り払ったと思っていた。
「実は佐為さんから、まだ買い手のつかない此処を聞いた僕達のお父さんが、
不動産に相談して買い取ったんだ。もちろん中は長年無人であったために
明子お母さんとお手伝いの市河さんとで清掃して綺麗にしてある。
お父さんから聞いたら君の名義だ。此処の家は。」


「なんでこんな…」
「いつか君が帰りたいと願う場所だろうと。
因みに僕達の住んでいる今のマンションの契約が今月で満期だ。
どちらにしても次に住む家はいるから。
だからここで一緒に住まないか?」
懐かしさよりも、アキラの身に染みる愛情から紡がれる言葉に涙する。
この家で両親との思い出と共に、アキラと幸せに過ごしたい。
「アキラ。此処に移住したら、アキラの誕生日会をしたい。二人っきりで。」
「その日はお互いに絶対に予定をいれずにおこう。
楽しみだな。ヒカルを思いっきり独占しよう。」


そっとヒカルを引き寄せて、唇を奪う。
触れるか触れないかのキスにヒカルは赤面する。
もっとヒカルの歯列を割って舌で絡め合い、
ヒカルを身悶えさせたいが、如何せん数日後には此処が家だ。
近所の目があるので、名残惜しいがこれが精一杯。
「この続きはマンションでしようか?」


アキラがそう言うと、ヒカルは耳まで真っ赤にして“うん”と頷いた。


言うまでもなくヒカルはアキラに激しく抱かれて、
次の日の仕事に遅刻しそうになるくらいに、盛大に寝過ごした。