ファンタジア〈幻想曲〉『メロディー〜波音の記念日〜』



塔矢ヒカルとなって数カ月…

その呼び名が彼の中でゆっくりと馴染み始めた時…
一緒に暮らして初めて遠出の外泊を計画した。
もちろん彼の全てを支えると誓った手前、その旅費は僕が負担して…
そのデートに何時も以上にハイテンションではしゃぐ彼を見ながら、
僕は安堵して嬉しくなった。


「ところで何処に行くつもりなんだ?アキラ。」
僕達は優しい初恋を経験して、しかし長く辛い恋愛を経てようやく結ばれた。
学生の時は音楽だけを学び、いつかは偉大な指揮者である父に追いつくことだけ考えていた。
しかし彼との出会いが全てを変えていった。
目標への姿勢や、そして家族の大切さと、人間関係の難しさ…
それらを改めて教えられた。
極めつけが互いが異母兄弟と言う事実…
どんなにか葛藤して迷い、僕の想いを受け入れてくれたのか今でも鮮明に覚えている。
それから恋人同志となって今に至る。
「うんっと…これだよ。伊豆の温泉。最近本当に忙しかったし、僕からの君への労いだよ。」
かなり意外な場所を選んだんだな…っとヒカルは目を丸くしていた。
「伊豆か…。海がきれいなんだろうな。」
「もっとレジャー的な場所が良いかい?」
「ううん。アキラが選んでくれた場所ならどこでもいくよ。」
「良かった。もうすでに予約はいれているんだ。観光コースも実は練っているし…
日も決めているから併せてくれる?」
「わかった。スケジュールを調整するよ。」


そして数日後…
二人して無理矢理3日間の休暇を取り、荷物を携え電車に揺られる。
駅弁を売っている車内販売の係員からアキラは二人分の弁当とお茶を購入した。
海老フライが大好きなヒカルはアキラからせしめて、アキラは昆布巻きが好きだからヒカルから貰う。
何時間か経った時、奥ゆかしい旅館に到着した。
「古風で君に喜んでもらえるか不安だったけど…」
しかしヒカルの反応はアキラの不安を掻き消した。
「何言ってるんだ。ホテルよりこういった場所が料理も景色も最高なんだ。
本当に感謝したいくらいだよ。」
「なら良かった。それでは参りましょうか…僕の姫…。」
「ばっ馬鹿!玄関先で心臓に悪い。」
赤面しながら常識人ぶるヒカルを横目に、アキラは笑っていた。


まず部屋に案内されて窓からの景色を堪能した。
潮騒が心地よく、海の青さが視覚を捉える。
風が潮の香りと混じって身体を包む。
窓際で立ち尽くしているヒカルを背中から抱き締める腕があった。
力強くもあり優しさも兼ね備えたヒカルの安らぐ腕が…
ヒカルのうなじに息を感じさせながら
「3日間は僕だけを堪能してくれ。面白味も無い僕だけど、君への思いは確かだから…。」
そう寂しそうに言葉を紡ぐアキラを、ヒカルは胸に体重を預ける事で理解を示す。
「俺はお前のものだよ。出会った時から俺達は互いを忘れられなかった。」
「だから僕は今日と言う日が大切だ。愛おしい君の生まれた日の9月20日が…」
そう言いながらアキラは性急だったが、後ろからヒカルの首筋にキスをした。
噛み付くようなそれはヒカルを感じさせたが
「先に温泉に入ろう。汗でべたべただから恥ずかしい…」
頬を真っ赤にしながらヒカルは足早に浴衣と下着を片手に駆け走る。
ちゃんとヒカルの誕生日を覚えていたアキラに、ヒカルは泣きたい位の愛情を感じる。
コントロール出来ないお互いの愛情はまだまだ発展途上。
でも大事に育てて行く事をもう迷って居ない。


「大きなお風呂だなぁ…マンションのバスルームが如何に手狭だったのかわかる。」
後からアキラも温泉に入ってきて、今は時間帯なのかヒカルとアキラの二人っきりで、貸切同然だった。
淵が岩造りの温泉に龍のオブジェが口からお湯を運ぶ。
程良いお湯加減で芯まで温もったが…
「まだ負けている。どうして俺は肉付きが悪いんだ。」
アキラの裸を見るなり溜息をついた。
何が不満なのか同じ男同士だから、アキラは理解出来るが…
「ヒカルは自分の肉体が嫌いかい?」
「だってあまり育っていないじゃないか。今日で26歳でもうすぐ30歳にもなるっていうのに。」
「でも僕に唯一無二で愛されているヒカルの体だよ。それでも?」
「それなら尚更もっと磨かなくちゃならない。アキラに飽きられないように…。」
湯船でぼやき始めるヒカル。
堪らなく可愛い悩みだと思ったアキラは
「逆に日増しにどんどん奇麗になっているのに、自覚ないんだね。
僕に隅々まで愛されて、怪しく色っぽくなってるのに…」
「(絶句!!)」
「もう君は僕だけのものだ。君の全ては僕が貰う。以前の様に急に居なくならないように、
絶対二度と逃がさない。」
今でもアキラの中でヒカルを忘れようと苦しんだ事…憎もうとした事を恥じている。
ヒカルの深い愛情に気が付かず、本当に余裕がなかった。
でももう間違わない。こうやって彼は此処に居る。
「俺は本当に嬉しいんだ。アキラにまだはっきりと話していなかったかもだけど、
俺の誕生日って両親の命日でもあるんだ。俺の誕生日ケーキを取りに車で行った途中に、
飛び出してきたこどもを避けようとして帰らぬ人に…」
「そうだったのか…。ヒカル。」
「でもきっと両親が生きていたら、アキラにこんなにも惹かれていたのかわからない。
そもそも出会えていたのかわからない。ちょっと哀しいけど、今はアキラと一緒に過ごせて、
それが一番だからアキラに会う為に避けては通れなかったものだったと、ちゃんと受け止めたんだ。」
そういったヒカルの切なさに、アキラは胸が締め付けられた。


そして温泉を堪能した後には、絶品の料理に舌鼓をうつ。
海の幸がふんだんに盛り付けられ、本当に美味しそうに二人は食べていた。
それから地方放送のチャンネルをまわして、面白いテレビを観賞しようとしたが、部屋の照明が消された。
「ヒカル…」
甘い言葉と共にアキラがヒカルを仲居さんが敷いてくれた布団に押し倒す。
そしてリモコンを取り上げて、ヒカルを見下ろしながら
「言っただろう。僕を堪能してくれと。君が生まれた日に君を僕の手で生まれたままにしてあげる。」
そう言うなり更に圧し掛かり、ヒカルの浴衣の裾から手を差し入れて、突起を弄って来た。
転がされ敏感になってくるそれで、ヒカルの吐息が応え始めた。
「アキラ…やっ…あぁ…。」
それを皮切りに、アキラはヒカルを抱きはじめ、ヒカルはアキラの愛の証の愛撫のあとや、
その情熱を股間に感じて半ば気を失う位にまで昇りつめさせられた。
ヒカルはその徹夜に近い位に続くセックスに翻弄されていた。
ぐったりとしているヒカルをみて、アキラは歯止めがきかなかった自分を反省したが、
「君がこの日生まれてくれて本当に嬉しい。来年もその先もずっとこうやって過ごそう。」
アキラは恋人を腕枕越しで見詰める。
ヒカルはそれを聞いて
(その言葉が俺にとっては、最高の贈り物だよ。アキラ…)
ヒカルもそれを望んでいる。
遠くに聞こえる波の音…
絶対音感のヒカルはアキラと共に過ごしたこの音を忘れない。


きっと…ずっと…