泡沫の白い鳥〜第八話『泡沫の白い鳥』



消え去ったいのちの意味・・

痛々しい残った愛の業火。

全てを飲み込む絶望は、何時まで続くのか・・誰も知らない。


「進藤が死んだって・・嘘だろう?だってあいつ・・」
元気に笑っていたヒカルしか知らない和谷は、認めたくないと暴れる。
それを支えるように伊角は宥める。
「俺も信じたくない。悪夢だったら覚めて欲しいくらいだ・・」
そして静かに和谷は涙を浮かべる。
「何時だって肝心な事を黙っちまう・・俺ってそんなにあいつに信頼されていないのか・・」
後悔が和谷に傷を大きく残し、そして咽び泣いた。
通夜がしめやかに行われ、未亡人のあかりが赤ん坊の世話で大変だからと、囲碁界も率先して手伝った。
故人であるヒカルは友人が多く、参列者が後を絶たなかった。
其処には喧嘩別れした三谷や、プロへのきっかけとなった岸本も居た。
関西からは社も駆けつけ、韓国や中国も近々墓参りに来ると伝言があった。


しかし塔矢アキラは其処には不在だった。
彼は腕に息子・・塔矢明人(あきと)を抱いて教会に居た。
ヒカルの血を受け継いだ唯一の存在を・・
湖が月の光で煌く場所。
誰も回りにいない其処に・・
「明人・・お前のお父さんが死んでしまったよ。明日は煙となって天に召される。でも・・僕は・・」
泣きそうになるアキラを、ゆっくりと明人は手を伸ばし慰める。
本当はもっと成長したら、父親の為に泣けるのに・・
でも目の前の男を父として彼は感じていた。
そんな表情がヒカルの面影となって、アキラの心を救う。
「許してくれるのか・・明人・・いやヒカル・・。こんな僕を・・」
返事が出来ない赤子に問い掛ける。
でも其処には悲しみは無く、アキラを照らすひかりとなった。


そして4年後・・

「アキラお父さん。僕・・お祖父ちゃんに褒められたよ。」
明子の協力で元気に育ったわが子を膝に乗せ、アキラは一緒に喜ぶ。
塔矢家の子にしては喜怒哀楽がはっきりしていて、賑やかな4人の生活が育まれていた。
「明人は飲み込みが早いから・・教えるこちらが怖い位だよ。アキラ・・」
行洋が孫に感心し、頬擦りしていた。
それを明人は嬉しそうにして、アキラに視線を寄せる。
「本当か?明人・・ならお父さんが受けて立とう!」
「いいよ・・僕が絶対勝つもん!」
碁盤を挟んで対峙する父と子・・。
その棋譜がアキラをヒカルへと繋げる。


そんな中・・もう一方の家庭では・・
関西にのちの活動拠点を置こうとしてヒカルが購入した物件。
それが故人の遺産だと感じた進藤家は、引越し今に至っていた。
「光輝・・お皿をとってちょうだい。」
そしてぺっこと頭をさげて、棚からあかりが望む皿を取り出す光輝。
物静かで手が掛からないが、あかりも少しだけ違和感があった。
(血液型がどうしてB型なのかしら?私のお父さんの隔世遺伝なの?)
O型同士の子どもがB型の訳が知りたいと、あかりは感じていたが・・
「光輝はヒカルお父さんの子どもだもの。囲碁も強いしね。」
進藤家を切り盛りしながら、アキラの子も育っていた。
「囲碁はそんなに僕に重要?」
「そうね・・光輝とお父さんの絆よ。だからお母さんが頑張って働いてプロにしてあげるから・・」
強い母親になっていたあかりを、美津江は逞しいと思い更に義理の娘を大切だと思う。


しかしアキラも急死した。
以前からリハビリに効果が無く、ならばその余命を明人の側で使い果たしたいと・・
その塔矢家で静かに生活していたが、とうとう明人を寝かしつけた晩に死神が降りる。
冬の初めの12月・・冷えた空気の中。
窓には霜の影響で結露が伝う。


何時も肌身離さず持っていた首飾り。
それがアキラを縛る戒め。
脱力感が襲い、アキラの精神を宙に浮かし始めた。
ヒカルがどんな気持ちで死を受け入れたかわが身で知る。
そしてゆっくりと首飾りの12月石(トルコ石)に口付ける。
走馬灯のように駆け巡るヒカルとの激しい恋愛。
互いが分かり合えたのは一瞬であり、でもそれがアキラの宝物だった。


ヒカルの甘い唇も、吐息もまだアキラには昨日のような感じだった。
乱れるヒカルの肢体を自分が愛した日・・全てが・・
『進藤・・いや・・ヒカル。君はもう僕の中(こころ)にしかいないんだな・・。でも何時か芽吹くよ。僕達の恋は・・』
そして自分達があの世で再会できる事と、自分達の子孫への果たせなかった夢(愛)を願い首飾りに口付ける。
しかし涙がしきりに伝う。
それを隠すように雪が降り始めた。
アキラを包むように・・




「明人が結婚!どうして・・」
うろたえる光輝が進藤家にいた。
ずっと遠距離で愛し合っていた二人。
人知れず父親達のような病も無く・・
大切に育てた恋がジンクスのように摘み取られた。
それが次に待っている恋にどう影響するのか?
今は誰も分からない。


「ひかる・・何所を見ているんだ?」
若い父子がドライブで綺麗な湖を横切り、助手席の娘の変化に気付き父親が声を掛ける。
「明人パパ・・車止めて欲しい。」
真剣に言い切るひかるに、ブレ−キを迷う事無くかけた父親は・・
「此処で良いのか?でも・・何だか懐かしいな。此処は・・」
「えっ・・パパ知っているの?此処・・」
そして山間が映える湖に父となった明人がそう言った。
「此処はね。アキラお父さんにパパがよく連れて行って貰った場所なんだ。」
幼少の思い出を語り、彼は少しだけセンチメンタルになった。
「でも・・私・・此処を何だか知っているような・・。」
可愛らしく成長した娘を肩車して
「アキラお父さんが何時も言っていた。此処から見える教会で愛した者と結婚したと・・」
自分は真実の愛に到達する前に投了した。
当たり前の関係を求めて手放した。
(光輝・・さぞ私を憎んでいるだろう・・でも・・)


父親の葛藤を余所にひかるは教会に向かった。
雑草が生えて手入れが行われていない場所。
朽ち果てた教会では、ステンドグラスが割れていた。
でもひかるはそんな事より熱い気分になった。
そのひかるの視線の先には、お祖母さんらしき人物に手を引かれて立っている少年がいた。
凄く綺麗な外見であり、一度見たら忘れられない。
(何だろう・・この気持ちは・・?)
目が離せなくひかるは見詰める。


程なくして少年の方もひかるを見詰め返す。
「君は・・誰?僕を知っている人?」
透き通った瞳でひかるに話しかけた。
「あのう・・私塔矢ひかるっていうの。貴方は?」
「僕は進藤あきら・・宜しくね。」
微笑みひかるの手を取り引っ張ってゆく。
そして教会へ入った。


「古い教会だけど何だか目がはなせなくて・・困っていたんだ。」
「私もそうだよ。何だろうね。此処は?」
不可思議な気分を分かち合いながら、おもちゃ箱を引っ繰り返したような感じで笑いあう。
そんな二人はまた外に出て、湖のほとりに立ち白い鳥を見る。
仲良く並ぶ二羽の鳥が、水面に波紋を残す。
「綺麗な鳥・・でも何所か儚いね・・」
あきらの印象はこうであったが、ひかるは違い・・
「決して離れず羽ばたきながら寄り添っている。夫婦みたいに・・」
でも2人はどうしてこんな事を、初対面に話しているのか分からない。
そして二人はそれぞれの家庭に戻った。


『ヒカル・・何所にいるんだ・・僕は此処にいる。』
彷徨う魂が天国も地獄にも見放され行き場を求める。
多くの犠牲を孕んだ重罪の烙印を押されたアキラ。
しかし何かを手にするため、必死になっていた。
そんなアキラを見兼ねた人物がいた。
『もっと静かに俺を探せよなアキラ。恥ずかしいったらないよ。』
同じく判決が思わしくないヒカルがアキラを待っていた。
共に会いたかった魂に巡り合い、喜び合う。
抱き締め合いもう何者にも邪魔をさせないと、二人の世界を創る。
寄り添い言葉など無意味な二人。
二人だけの楽園(エデン)


『僕は君の子を・・』
『もう言うな。知っているから・・全て・・でも可笑しいな。』
笑い言葉を切るヒカルにアキラは?がる。
『俺達の名前だけじゃなく・・容姿まで甦っているんだから・・』
そして指差す地上の風景に二人の子どもがいた。
確かに色濃く隔世遺伝があらわれた幼い童。
しかし苗字はトレ−ドされていた。
『お前・・名人になれずよく死を受け入れたな』
アキラもまた3日後に名人戦決勝を控えていた。
殆どが重なる不運が変な共鳴を生んだ。
『君(つま)の元へずっと行きたかった。ヒカルが死んでから僕は何をしても孤独で・・』
悲しむアキラにそっと頬に口付け・・
『それより塔矢・・お前に会わせたい奴がいる。』
そしてアキラの手を引いて、天上界の螺旋階段を駆け走る。
その先のアラベスク仕立ての扉の向こうで待っていたのは・・


『ヒカル・・また来たのですか?裁判官の目を盗んで・・』
優雅に扇子を持ち、平安時代の青年が碁を打っていた。
その優美さに言葉が出ないアキラをヒカルは・・
『こいつがお前が追い求めていたSaiだよ。本当は藤原佐為っていう囲碁オタクだけど・・』
『オタク?何ですかその言い方は・・ヒカル!!』
ヒカルに当たり前のように頭を小突く佐為・・
それを楽しそうに頭に手を置いて、防いでいるヒカル・・
そして懐かしむ二人にアキラは・・
『それでは貴方がヒカルの囲碁の師匠ですか?でも・・まだ納得が・・』
『ゆっくり話してやるよ。時間はあるから・・囲碁でも打ちながら・・』


小鳥の囀りのような会話が織り成していた。
薄命だった二人の新たな一歩が動き出す。
微笑む青年の前で・・






『泡沫(うたかた)』編完結です。
本編では鈍そうな二人だったので、究極の環境だったらきっと素直になれるだろうと思い、ありえない設定にしました。
でももう少し活躍してもらいたいので、『千万(ちよろず)』編でも頑張ってもらいます。