泡沫の白い鳥〜第七話『再び甦る恋慕』



様々な事が俺を育てた。
喜び・・怒り・・哀しみ・・楽しみ・・沢山の感情が俺を完成させた。
でもそれを手放す時が直ぐ側まで迫って脅かす。
そんな時差し伸べてくれた相手(ひかり)は・・


日増しに効かなくなる薬。
座って碁を打つ事も最近は堪え始めた。
気力は削られる中、棋力は最高潮まで来ていた。
少しだけ未練がヒカルを苦しめだした時・・


「大変だ進藤!塔矢が病院に運ばれた・・」
急に和谷が駆け寄り、ヒカルの両腕を掴んで揺する。
「と・・うやが?何だって?」
「何でもあいつ・・以前交通事故があっただろう。その後遺症が度々出ていて、苦しんでいたって。」
頭を金槌で打ったような気分になった。
アキラが・・実は病気を抱えて生きていた。
自分と同じ状態にあって、しかも始末が悪く黙っていた事まで同じだった。
(それで愛を囁くなんて・・何所までバカなんだ。お前は・・)
そして和谷に教えられた病室に向かった。
アキラの切羽詰った行動は、全ては先が無い自分自身の焦りだった。
我武者羅にヒカルを求め、残り少ない人生を共に歩く為に・・
似すぎて嫌になる性格で、ヒカルは安心する。
「でも・・俺はそんな状態のお前を多分置いて死ぬだろう。だから・・お前と今度は本気で向き合うよ。」


手には花束をもって、ポケットにあの日の贈り物を携え扉を叩く。
其処には過ちのきっかけとなった鬱蒼とした場所ではなく、もっと分かり合えた自分達が居る。
そんなヒカルを起きていたアキラが迎える。


「知られたようだな。情けないと思うよ。・・本当に・・」
点滴に打たれながら静かに話し出した。
簡易椅子に腰掛け、ヒカルはアキラの側で聞いていた。
「・・どうして・・こんな・・」
「今更だよ。でも時折調子が悪くなるだけだった。」
医師に少しだけ教えてもらった症状は、首の骨が歪んでいて脳にかなり負担が掛かり、過労も手伝って内臓系まで影響した。
そんな事確かに自覚しなければ何のことはない。
「君にとっては嬉しいだろう。悪魔のようなレイプ男が倒れたんだから・・」
その言葉がヒカルを悲しませている事に、アキラは気付かない。
「確かに・・俺を散々陵辱したんだから、いい気味だと思うよ。でもそんな事をしに此処まで来たんじゃない。」
アキラはヒカルの肩が震えている事を知る。
「だったら・・何の為に・・」
そしてヒカルの答えを待つ。
「本当の事を伝える為・・。それがお前の為だと思い直したから・・。黙って聞いてくれよ。」
「ああ・・聞くよ。君の話・・」


「俺・・癌で後半年も無い生命(いのち)なんだ・・」
衝撃的な真実がアキラの時間を止める。
嘘だと食って掛かろうとしたが、ヒカルが携帯していた薬を見せる。
それは少し内臓器官を麻痺させる薬だった。
その上ヒカルのハンカチには、先刻吐いたばっかりの血がついていた。
「本当なのか・・どうして・・」
「俺も信じられなかった。でも事実で・・そしてお前との事が重なり今関西へ移動準備を進めている。」
アキラの側から離れていく為に・・
そんな事は認めないとアキラは点滴の針を抜き、ヒカルに抱き付く。
互いがやつれていて痛々しい。
でもアキラの腕を解かず、ヒカルは逆にアキラの背中に腕を回す。
「塔矢・・教会へ俺と一緒に来て欲しい。」


外室許可を貰った後、湖が綺麗な場所の教会へ向かった。
風が戦ぎ、ヒカルはアキラと共にキリストが祀られている十字架の下に座る。
そしてヒカルは用意したアキラからの指輪をアキラ自身に手渡す。
その意味が分からないアキラは・・
「これは一体どう言うことだ・・僕には分からない・・」
不審がるアキラにヒカルは微笑んで・・
「俺を塔矢アキラの妻にして・・夫はあかりのものだけど妻はお前に・・」
ヒカルはアキラの恋を受け入れた。
打算も何も無かったが、でもヒカルのこれが本当の決着だった。
清々しいまでに凛と立ち、曇りの無い感情がアキラを捉える。
諦めが入って、アキラに同情した訳でもない。
(むしろ君が僕にそれを求めても悪くないはずだ。どうして・・君は・・)


儚い命をアキラを許す事で使おうとしていた。
そんなヒカルに貰った首飾りが煌く。
(これは・・形見。こんな形はいらない。君が生きて笑っていてくれたら・・)
そして思い出す。
ヒカルを幸せに出来なかった自分の愚かさを・・
「塔矢アキラは・・進藤ヒカルを妻として生涯愛する。」
指輪を同時にヒカルの薬指にはめる。
そしてヒカルは涙を零しながら・・
「進藤ヒカルは、塔矢アキラを夫としてどんな時でも忘れない・・」
ヒカルのもう一つの恋がやっと辿り着いた。
穏やかさを取り戻し、自分が愛したままのアキラの心に・・


そこには性交より神聖な愛がある。
でもヒカルに囚われ過ぎて、アキラは自分の仕出かした重罪を忘れていた。
しかし近くのペンションで、純粋に愛を囁く新婚旅行にも似た営みがそれを遠くに押しやる。
「ヒカル・・僕のたった一人の男性(つま)・・漸く僕と共に・・」
壊れ物のように抱くアキラに
「可笑しいの・・。初めての時でも手荒だったお前がこんなにもたどたどしいなんて・・」
くすくすと笑い今まで自分から動かない態度を変え、アキラが絡める舌を自らも絡める。
その急変で直ぐにアキラの股間の一物が擡げる。
興奮し始めたが理性で抑え、ヒカルの求めるまま愛撫してやる。
項に、腕に、胸にと沢山の鬱血をつくり、ヒカルの隅々までキスを降らす。
こんな事をされたら何時ものヒカルだと拒絶がなされる。
抵抗激しくアキラを困らせるが、今日のヒカルは違っていた。
(重いんだね。病気が・・どうしたら僕は君を癒せるんだ?)
金銭や医師の技術力が足りないんではなく、既にヒカルが諦めている。
潔く女々しくない気丈は、こんな時は必要ないのに・・
でも貫こうとする彼を亡くせ無い。


「アキラ・・何を考えている?」
ヒカルが物足りないSEXに不信感を抱く。
何時もなら嫌だと言っても、攻め立て楔を打ちつけるアキラが戸惑っている。
「そんな頼りない旦那は要らないぞ・・」
そっぽ向いてアキラを挑発する。
それが効果覿面でアキラはヒカルにがっつき始める。
本気で救急車の世話になった者とは思えない手付き。
胸の突起を噛みながら、ヒカルの味を占める。
常に抱かれ続けた身体のささやかな乳首は、変色し歓喜に満ちていた。
そして股間に舌を這わせ、ヒカルのペニスを銜える。
「ふ・・う・・ん。ふぅ・・あっああ・・」
アキラの口の粘膜と、ヒカルの興奮の証が混ざる音がする。
どろっとしたものはすべてアキラの喉を通り、飲み込まれる。
それでも零れる蜜を、舌で集めその濡れたものを肛門に差し入れる。
「あ・・ああ・・アキラ・・汚いよ。其処は・・だから・・止めて・・」
しかしそれはアキラにとっては違い・・
「君の此処が一番美味しいんだ。僕しか知らないこの場所が・・」
舌を抜き差ししながら喋るが・・
(ずっと抱いてきたから受け入れ口がひくついて、直ぐにでも大丈夫だな。)
そしてアキラは自分のベルトを外し、チャックを下ろして前を開け昂ぶった獣をヒカルに宛がう。


「ひゃあああ・・はっ・・うっう・・ん・・」
ヒカルを串刺しにしながらアキラの腰が揺れる。
ヒカルの両足をあきらの両肩に乗せ、更に激しくピストン運動が続く。
そしてゆっくりと起こして、膝にヒカルを乗せて上下でも打ち付ける。
乱れる色素の薄い前髪は、汗を迸らせていた。
下も上も濡れに濡れて、アキラはそれでも激しさを増そうと貪る。
初めて本当の意味でヒカルからの了解が、箍を外していたからだった。
「こんな至福の時間が永遠に続ければ、他にもう何もいらない。ヒカル・・いや愛する妻よ・・」


しかし現実は甘くなく、程なくヒカルは真っ赤な血を吐き病院へ運ばれる。


その身体に付いた愛撫の数々が、医師を困惑させた。
「進藤君。言い難いんだが君・・強姦された?」
主治医が難しい顔で、あかりも側でリンゴを剥く手を止める。
「ヒカル・・本当なの?嘘よね・・そんな・・」
まじまじ見詰める2人にヒカルははっきりと・・


「いいえ・・そうではないです。これは終わらない心が残した捧げものです。」


そして静かに眠っている息子・・進藤 光輝(こうき)の手を握る。
すやすやと夜鳴きが少ない、手の掛からない息子だよとあかり自慢の子を父の目で見る。
しかしヒカルは何となく、わが子をアキラと似ていると感じていた。
自分に無い囲碁の輝きを放つだろう息子の・・
でもどちらにせよヒカルは光輝の成長を見られない重体。
「あかり・・俺はお前にも話したとおり病気だ。確実にお前達2人を残して逝くだろう。それでも・・」
「バカ!私はヒカルの妻で、光輝の母親よ。義母さんを支えて進藤家に嫁ぐから・・だから・・生きる為の抵抗をしてよね。」
真っ赤になりながら泣くのを我慢しているあかり。
でも抵抗虚しくヒカルは、


「あかり・・引き出しの箱を取ってくれるか?」
そしてその箱にある9月石(サファイア)の指輪をはめて窓の外を見詰める。
伸びる枝・・五月の風・・
巡る悲しい季節がヒカルを手招く。


「あかり・・光輝・・愛している。」
片手の結婚指輪も真実の愛。
そして今はめたこれもまごうことのない・・愛。


『アキラ・・聞こえている。素直になれない癖に、それでも愛を捨てられなかった俺を憎まないでくれ・・。俺が全部持っていくから・・許して・・くれ・・』
ヒカルに伝う涙・・そして葉っぱに溜まった水滴が落ちる。
ヒカルの最期を語るように・・


その日は本当は本因坊決勝戦。
ヒカルの対局があった。
その訃報は・・囲碁界を沈黙させた。


もちろん・・アキラ自身も・・