泡沫の白い鳥〜第六話『癒せない狂気』



全ては解決したと思っていた。
自分をもう守れない場所まで来てしまったから・・
でもそれは逃避だと責める者が、俺を苦しめた。


愛しているからの叫びを俺は・・


ヒカルは静かに鍵付きの机の引き出しを開ける。
其処にはアキラからの9月石(サファイア)が眠っていた。
シンプルなデザインのプラチナに挟まった青い石。
それを再び指にはめる日が来る事が無いと思う。
(未練がましい。あいつが俺に執着しすぎたこれが・・証・・)
あかりと入籍した今日・・
結婚式は落ち着いたらという事で両家は納得した。
ヒカルとあかりの不純な関係ではない事が、両親の勘当を防いだ。
そしてもう一人・・ヒカルと契り一方的に求婚した人物。
関係は異常だが、心は正常な互い・・
だからどんな思いでこれを購入したのか考えると・・
(俺も親友として何かあげなくてはいけないかな?)
そして数日後宝石店へ向かった。


「進藤・・お前絶好調だな。本因坊戦リ−グ戦まで昇り詰めたんだから・・」
緒方2冠がヒカルに話しかけた。
自分がプロになる時、一番期待してくれた彼・・
だから我が事のように喜んでくれた。
しかしヒカルは決勝まで自分が生きられるのか、不安で一杯だった。
「はい・・でも緒方先生もずっとタイトルを守っているじゃないですか。」
後輩としての感心を寄せる。
すると緒方は・・
「お前達のお陰かもな。俺が此処まで来れたのは。アキラ君をお前の存在が駆り立て、それにお前の実力が伸び、俺の可能性を引き出したんだから・・」
決してバラ売りが出来ない存在として、ヒカルとアキラを括る。
でもそれも直ぐに記憶から薄れていくだろう。
過去の者を省いて・・


そして緒方と別れ、少し自販機前のベンチで腰掛けると・・
「見付けた・・進藤。ワザと僕をまた避けていたから苦労したぞ。」
背中からヒカルを抱き締めて、アキラは息も整わない先からヒカルの髪に口付ける。
でもそれを跳ね除ける力はヒカルには備わっていない。
それを良い事にアキラは、棋院でもヒカルに対しての欲望を滾らせる。
うなじに唇を押し当て、いくら拒否しようが犯そうとする。
流石に黙っておられないヒカルは・・
「止めろ!俺を苦しめるだけの接触は・・」
そして立ち去ろうとしたが、アキラの腕はびくともしない。
「首に良い物を提げているね。12月石(トルコ石)のネックレスか・・でもこれ君の?」
ヒカルの首を指でなぞりながら、問い掛ける。
勘が鋭いのか、密かにヒカルがアキラに渡そうとしていた物を探り当てた。
それを取り外し自分の首にした。


「本当は僕に・・と思ってのものだろう?素直に何故そう言えない?」
冷静になれば自意識過剰のアキラの発言。
でもヒカルは・・
「親友としてライバルとしての、贈り物だ。都合のいい勘違いしていないか?」
しかし本音は少し違い・・
(これがお前への俺の形見だ。そう思ってくれ・・)


手に12月石(トルコ石)を転がし、そっとアキラは口付けた。
まるで囲碁でタイトルをとる事以上に、喜びに満ちていた。
だがヒカルの言葉が少しだけアキラの心を抉る。
「君は何を焦っている・・?」
「えっ・・?」
そしてまたヒカルを背中から抱き締め・・
「僕を早く遠ざけたい気持ちで溢れている。これは哀れな僕への餞別か?」
回した腕の力を込めて・・
「僕は何度も言う。君が欲しい・・それ以外何も要らない・・。」
その身体が小刻みに震え、アキラの不安を語っていた。
しかしアキラはヒカルの現状を知らない。


「塔矢・・お願いだから・・。これ以上お前を不幸にしたくない。」
沢山の意味を含んでヒカルはそう言い切った。
「俺はもう結婚して、近々父親だ。何もお前との事を無視したわけじゃない。考え抜いた答えがこれだったんだ。」
18歳の少年の早婚でアキラは奈落に堕ちた。
ヒカルをこれで一生自分のものに出来る手段を奪われた。
その黒く淀んだ心が後に大きな災いとなって二人に訪れる。
それの片鱗がヒカルを襲う。
「進藤・・僕はその君の妻を許せない。本気で汚したい位に・・」
「止めろ!俺の妻に何もするな!」
そんな必死なヒカルを気に食わないが、罠に掛かったと思い・・
「だったら僕との関係も認めろ。勿論肉体関係も含めて・・」


残酷なアキラの言葉で、ヒカルは自尊心を砕かれる。
半ば脅迫めいたそれで涙が伝う。
「認めるよ・・これで満足か?俺を屈服させる事が・・」
哀しさの余りヒカルはアキラの腕に涙を零す。
でもそれだけでは収まらず・・
「いや・・そんな事では満足出来ない。そうだね・・毎日妻の目を盗んで僕に抱かれる君ってのも悪くないなぁ・・。」
提案はアキラだけの利点で、ヒカルにとっては得るものがない。


噛み付いて怒ろうとしたが、血が口から出掛かる。
そして力なくなったヒカルをアキラは連れ出し、自分だけの悦びを模索する。
ヒカルは逆らえずその日から、心が空っぽなSEXを繰り返す。
ある時は棋院で、そして呼び出された高級ホテルやラブホテル。
公園での羞恥プレイや、塔矢家での監禁プレイ。
常に股間はアキラの嬲った痕で傷付き、瞳は放心していた。
生き地獄の様な陵辱が、ヒカルを泥沼に落とす。
しかしヒカルは病んだ身体・・
数々の性交はヒカルの病状悪化に繋がった。


溺れるようにヒカルを抱くアキラ・・
その瞳は最早ヒカル以外認識できないでいた。
そんな彼に一つの電話が・・


「アキラくん・・久しぶり。早苗よ。元気な男の子が産まれたよ。」
忘却していた子どもの存在がアキラに甦る。
そして駆けつけた病室には・・
「あれ?塔矢君。覚えてる私・・ヒカルの幼馴染で妻の旧姓藤崎あかりよ。」
隣のベッドで早苗と過ごしていた彼女。
聞くところ同じ誕生日の子どもが偶然にも産まれたと・・
憎むべき彼女を黙って冷静に見られないアキラ。
そして赤ちゃんがいる部屋にアキラは移動する。
すると健やかに両家の子どもが寝ていた。
看護婦が閉め忘れた扉。不在の医師と看護婦。
側には誰も居ない。
それはアキラに残酷な事をさせた。
眠っていたヒカルの子と自分の子を取り違えさせた。
同性で外見的にそっくりで、体重も変わらない子どもを・・


「面白い嗜好だよ。君の子を僕が育て、君は僕の子を愛するんだ。これで君は僕を感じてくれる。何時も・・」


しかしそんな事を知らないヒカルは・・
「俺は生きて行く意味があるのかな・・?誰か答えてくれ・・」
衰弱する自分を更に労らない者が居る。
正直疲れたヒカルを助けたのは・・
「ヒカル!社君から電話よ。」
自立出来ない自分達はまだ両親の保護下にあった為、母親が当然電話を取り次ぐ。
『おい!進藤おめでとうさんやな。リ−グに結婚に・・関西ではその噂で持ちきりやで。』
明るい声が響く。
久しぶりの彼の声が、病にやつれたヒカルの安心に繋がる。
「社も早く勝ち上がって来いよ。俺お前と打てる日を待っているんだからな。」
そう冗談半分で言った言葉に・・
『なら関西へ転職せえへんか?俺も張り合いがあってええし・・。何なら口聞いたるで。』


意外な提案がヒカルを救う。
別に囲碁さえ出来たら何所でも良い。
あかりも順応性が高いから、住めば直ぐ慣れるはずだ。
それに・・ヒカル自身はアキラから離れたい。
大切なのは変わりないが、今のアキラは自分の目指していたアキラではない。
恋に狂ったただの男性(ひと)に成り下がった。
しかしヒカルはそうさせたのが自分だと気付いていた。
「社・・その話。具体的に進めてくれ・・」


そしてあかりと自分との子どもを確認しに行った。
目がはっきりしない上、表情が今一掴み所が無い赤ん坊。
産声が元気な男の子だったと看護婦から聞き、父親として抱き締める。
ぎゅっと手を握り締め、ヒカルの腕に安心する子ども・・
「あどけないな・・でも何だろう。さっきまでの憂鬱が洗われている。」
そして頬擦りをして、体温を父子は感じあう。
しかしその隣で眠っている子が自分の血を受け継ぐ子で、今抱き締めているのがアキラの子だとは分からない。
アキラの思惑通り、ヒカルは認知を誤った。


「進藤・・今日は一段と反抗的だね・・」
流され全てを受け入れた訳ではない。
ヒカルにも男としての自尊心は残っている。
でも最後にはアキラの狂気を呼び手酷く扱われる。
「ふ・・んふぅ・・ん・・ああ・・」
迸るヒカルの汗とアキラの精液。
何かに縋ろうとするヒカルの指をアキラはしゃぶり、ヒカルの醜態を鮮やかにする。
お風呂場に叩き入れられ、ヒカルはその冷たい部屋に震える。
そんなヒカルを熱くする為、シャワ−ノズルをひねる。
シャワ−が頭上から降る中貪るように、アキラは壁にヒカルを押し付け臀部を弄る。
お湯が互いをのぼせ上がらせ、益々思考が鈍る。
ヒカルはベッドでもかなりきつい愛撫を受けていて、気絶寸前だった。


しかし何所までも果てない、アキラの性欲に限界など無い。
虚ろなヒカルを目覚めさせるため、舌を口に差し入れ嘗め回す。
「う・・ん・・うっ・・んんん」
お湯か唾液か分からないものが、互いを濡らす。
「ヒカル・・君は僕のものだ・・誰にも君を渡さない。例え神に逆らおうとも・・」
自分を駆り立てんが為にヒカルを押し上げる。
そして滾る楔を何度も打ちつけ、ヒカルを泣かせた。


「と・・うや。俺を・・・・・してくれ・・」
手酷く抱かれた後のヒカルの呟き。
それを傍で聞いていたアキラは、ヒカルの本音を感じた。
でも・・


「僕はそれでも君の全てが欲しい。許してくれ・・ヒカル・・」


そのアキラにもヒカルの知らなかった悲しみがあった。