泡沫の白い鳥番外編〜『千万の新星達』



親友が煙となる悪夢・・
何も出来なかった現実・・
でもそんな俺の隣には何時も支えてくれる人がいた。
たった一人の大切な愛した人が・・


「和谷・・今日は出掛けられるか?」
腑抜けになり、成績不振が目立つ俺・・
誰もが遠巻きでどうして輝ける【進藤ヒカル】の友人と名乗っていたのか、正直幻滅したと研究会にも誘われなくなった。
余りにも亡くした者の存在が重く、そしてそれを喪ってから深く気付いた。
生前は兎に角良い兄貴分を気取り、それが永遠にあると思っていた。
まだまだ先は長いのだと・・
でもそれは刹那的で、不変のものではなかった。
愛していたのかもしれないと、履き違えた考えになりそうだったが・・
「どうして伊角さんは平気なんだ・・あいつが苦しみを抱えて逝ったのに・・」
八つ当たりをして伊角を困らせる。
冷たいじゃないかと責める様に・・
「和谷・・棺に入っていた進藤を覚えているか。」
「えっ・・?」
「あいつなんだか全てを吹っ切った様に穏やかで、俺は涙が滲んだ。」
花に囲まれ永眠するヒカルを伊角とて平気で見られなかった。
病気で痩せていて、これがあの天真爛漫なヒカルかと思うと・・
「でもだからこそ俺は・・決心した。以前から密かだったお前との恋をもっと・・。」
そう言いながら伊角は和谷に口付けた。


突然のキスでうろたえる和谷だったが、黙って貪られていた。
零れる甘い蜜と、そして卑猥な呼吸に混じった音。
伏せられた瞳の端には、一滴の涙が零れた。
(進藤・・お前はこの激しさを知る前に・・いなくなった。)
その伊角の行為が更に死者の物寂しさを語った。
しかしヒカルは二人が思っているほど不幸ではなく、恋を完全燃焼させて死んだ。
過去に縛られ動けなく困惑している二人よりは・・


「行洋お祖父ちゃん。僕ね沢山の人の棋譜が見たい。」
急におねだりをする塔矢アキラの一人息子とされる明人。
囲碁界では名高い塔矢行洋を師匠とし、父アキラを手本とした子ども。
しかし貪欲で度々塔矢家を訪れる高段者を、その棋力で圧倒する。
その彼が兄弟子の、最近新たなタイトルを手にした緒方と共に棋院へ・・
それは父アキラは病床に近く、余り激しい運動や行動を禁じられていた為だった。


「明人君。お前は変わり者だな?」
「何が・・緒方さん?」
「お前さん位の年齢だともっと面白い事があるのに・・」
煙草は止めた緒方・・
それはアキラや死んだヒカルの状態を知らなさ過ぎて、手助けも出来ない自分なりの罰だった。
こうやって自分を戒める事で何かに懺悔していたが・・
「囲碁がね。僕のお母さんの贈り物だってアキラお父さんが言っていた。だから僕も頑張れる・・」
緒方は何の事か少し理解した。
アキラの秘められた激しい愛情の相手・・
(進藤・・やはりお前は俺達にとってこんなにも重要な要だったんだな・・)
緒方はヒカルに淡い愛を抱いていた。
いや・・正確には愛かもしれない感情だった。
だからアキラが仕出かした罪を嗅ぎ分けた。
(この子は俺の勘が正しければ・・進藤の子・・そして関西にいるもう一人が・・アキラ君の・・)
後追いもあった筈のアキラの激情を止めたのが、助手席の子どもの功績だと笑いかけた。


「お前はアキラ君が好きか?」
それは緒方の未来への答えだった。
「うん!!だって自慢のお父さんだよ・・」
太陽のような明朗な明人を見守りたい。
叶わなかったヒカルへの思いを乗せて・・


そして車を降りて、緒方は師匠の友人森下プロを訪ねた。
其処には沢山の個性派が揃い、黙々と囲碁をしていた。
そして訳を話し森下研究会への参加を依頼した。
「明人君・・お前さん筋が良い。行洋が指南しただけではない棋力を感じる。」
その表情は少しだけ涙ぐんでいた。
彼は進藤ヒカルの現実の師匠であった故、その棋譜が親不孝な弟子の棋譜に近いと感じていた。
(この子は伸びる。いやわしでなくともそう思うはずだ。それに・・)
「明人君・・わしに少し付き合ってもらえるか・・」


伊角が甲斐甲斐しく世話を焼き、行為の後始末をしている時・・
「誰か来たみたいだな。」
そして玄関に向かうと自分の師匠と、アキラの子がいた。
その取り合わせに不思議がっていたが・・
「和谷・・この子と打ってみろ。」
いきなりそう言う先生に逆らえず、和谷は碁盤を用意する。
そして明人が対面に座る。
「和谷さんですか?アキラお父さん世代の若手プロの・・」
「そうだけど・・お前・・打てるのか?」
「バカにしないでください。互先で良いですね。」
そして対局が開始された。


「ありません・・」
中押しで敗北した和谷に明人は・・
「本当に投げて良いの。僕が反対に座って頑張ろうか?」
その言葉が伊角と森下までも驚愕させた。
「だって僕は此処が薄い。だからこの一手を放てば・・」
「そうか・・その手が隠されていたのか。しかしお前本当に強いな。」
「強くないよ。だからこうして勉強しているんだよ。経験を積む為に・・」
流石塔矢アキラの息子と思った反面、こういった前向きさは何所か・・
「和谷・・この子が安心して戦える舞台を作ってやれ。お前が沢山の経験をして上って来い!」
森下は最初っから和谷の為に明人を連れ出した。
その優しさが染み渡り、明人ともう一度対局した。


「それではありがとうございました。和谷さん。」
「それはこっちだって・・俺頑張るから・・お前に負けないようにさ。だからたまには此処に打ちに来いよ。」
そして会釈した明人は、車で待たせている森下と緒方のもとへ・・


「和谷・・好敵手出現だな。それに・・あの子・・何所か・・」
「進藤に似ていただろう。俺もそう感じたよ・・」
囲碁が進藤と繋ぎ、その強さが伊角との恋を確固なものとする。
何がしたいのか思い出した和谷は伊角と共に、手始めに関西へ殴りこみにいった。


社がいる其処は隠れた猛者がいた。
「よう来たな。待ってたで・・」
精一杯明るく努める社に二人は、まだ此処にも進藤を偲んでいる者がいると感じる。
そして彼が主催する研究会に案内される。
「君達が関東のプロか・・まあゆっくりしなされ・・」
座布団を押入れから取り出し、二人を歓迎した。
しかし・・


「ひとつ多いで。誰か来るんか?」
「実は碁会所で知り合うた奴がくるんやて・・」
社ですら知らない珍客が研究会へやって来た。
綺麗なルックスと、物腰が落ち着いている風体。
(あれが美少年っていうのか・・)
和谷の隣に座り、自分の素性を話した。
「僕は進藤光輝って言います。碁会所で呼び止められて此処に来ました。」
「お前・・進藤の・・」
「父をご存知なんですか?プロであると言うのは間違いなかったんですね。」
関西へ引っ越した進藤一家と、それに同行したあかりとその息子。
余りにもヒカルの死がきついため、あかりを支えてやる事も連絡を取り合う関係でもなく過ごしていた。
「進藤の忘れ形見が・・俺等に会いに来てくれたんやな。・・ほんまに・・」
社は腕で顔を隠しながら泣いていた。
僅かな時間の親友同士であり、そして社の芽吹いた恋の相手だったヒカル・・。
関西行きを誘った時、本当は側にただ来て欲しかっただけだった。
結婚した身での横恋慕は常識がないと思い、せめて同じ時間を過ごしたかっただけの小さな願い。
無残にも死に目ですら会えなかった。


「何だかしんみりしていますね。それより打ちませんか?」
沈黙した大人達を振るい立たせようと光輝は、対局を伊角にお願いする。
そして始まった対局は・・
「い・・伊角さんの2目負け・・お前・・」
余りにもの強さで伊角に黒星を与えた。
それはそこにいる全てを魅了する棋譜模様。
「偶然ですよ・・多分・・」
「いや・・それでは納得できない。まるで・・塔矢明人みたいな強さがある。」
その言葉に反応した光輝は・・
「その人は強いんですか?僕を凌駕する位に・・」
少しだけ光輝に感情が見え隠れする。
興味を抱いたのかもしれないと・・
「分からないが・・一つだけ言える。きっと君の好敵手になりえる少年だ。」


咄嗟に言った明人の事と、目の前の少年。
同世代で竜虎とまで言われた【進藤ヒカル】と【塔矢アキラ】・・
今やその片割れが存在しない塔矢アキラは独走状態だった。
だからこの少年達がどう言う関係に陥るのか・・今は誰もわからない。
しかし伊角は・・
「ぼやぼやしていられないな。これでは早く世代交代してしまう・・」
そして打った者だけが知りえた情報。
(この子の力碁は・・何となく誰かを彷彿させる。俺の気のせいか・・それとも・・)
よく見るとヒカルには有り得ない表情を醸し出す。
鋭い目つきに、負けず嫌いな雰囲気。
(まさかな・・俺も移動で疲れているんだ・・)
そして夜が更けるまで光輝を中心に対局は続いた。


ホテルで宿泊した二人は、互いの疲れた身体を癒すように交わった。
眉を顰めてキスを受ける和谷と、紳士的にそれを繰り返す伊角。
立ちながらの愛撫で腰が抜けた和谷を、支えるようにベッドに運ぶ。
そして圧し掛かり、何時も通り和谷が伊角のブラウスを脱がしていく。
それを終えた後には、既に和谷は伊角によって生まれたままの姿とされていた。
側の証明を消して、暗闇の中快楽の為の行為は続く。
しきりにみしみしと聞こえるベッドの軋む音。
隣の部屋まで聞こえそうな喘ぎ声・・
そしてすすり泣きも混じっていた。


『進藤・・俺はお前を守ってやれなかった。でも・・此処に一緒に歩きたい人が居る。だから今は見守っていてくれ。』


それをにこやかに微笑むヒカルの魂・・
それは和谷の夢なのか・・幻だったのか・・
それでも和谷は安堵し、静かに未来に希望を見出す。


二人の新星を導く為に・・






主役を誰ともとれる番外編です。
本編の後に、皆がヒカルの死をどう受け止めたのかを書いてみました。
『泡沫』部分はこれで本当に終わりです。
次は・・『千万(ちよろず)』編と『奇跡』編になりますので、宜しかったら見て下さいね。