千万の星くず〜第八話『千万の星くず』
本当の君の気持ちは何処に有るのだろう?
傷付けてまで手に入れた彼の心が閉ざされていた。
そしてそうなるまで僕は何も出来なかった・・
病院で明人は苦痛を浮かべた表情で横たわっていた。
額には脂汗が流れ、その苦しみを点滴の管の揺れであらわしていた。
「明人君。どうしてこんな事に?」
「明人・・明人。目を覚ましてくれ。お願いだから・・。」
歪んで何時もの微笑を失っている明人に光輝は寄り添う。
乱れた布団を整え、手汗が握られている手を握り締め
「僕は此処にいるから・・絶対この手を放さないから。だから・・だから・・」
語尾は涙目で震えていたが緒方が落ち着かせた。
【ヒカル・・明人が苦しんでいる。君は今何処にいるんだ?】
病室には存在しなかった霊魂をアキラは探し始めた。
空調が整っている完備された空間だから、外では無いだろうと窓を見たら銀杏の樹に腰掛け泣いているヒカルがいた。
茜色の空に向かって何かを悔いているような姿で、アキラは尋常ではないと悟った。
明人と光輝を緒方に任せて、アキラはそっと近付いてヒカルの様子を確認する。
『幽霊でも泣けるんだ。可笑しいの。俺が間違っているんだ。どうしたらいいんだ。馬鹿だから自分の都合しか考えられなかった。
むしが良すぎたんだ。余りにも居心地が良すぎて気付かなかった。でも無くしたくないんだ。これ以上・・』
意味不明な言葉の羅列でアキラは困惑しながら聞いていた。
生前から不思議な単語を時折聞かせていた分、自然とそれがヒカルの叫びだと理解出来た。
【ヒカル・・でもどうして君は僕を頼らない?僕も人の事を言えないけど君の苦しみを黙認出来るほど、僕は大人じゃない。】
ヒカルには自分は不要なのかと感じて寂しかった。
全てを明るさで曝け出しているようで、それが警戒心の表れだとアキラは薄々感じていた。
悲しいから笑い、寂しいから諦めが混じった行動をとって自分を誤魔化す。
【過ちは繰り返したくない。僕は君の建前に踊らされないから・・ヒカルどうしたんだい?】
気配を殺して近付いたアキラに驚いたヒカルは涙を拭った。
『アキラ。お前こそどうしたんだ?明人の傍にいてやれよ。俺も理由が分からないんだから・・』
【嘘をつくのが相変わらず下手だな。だったら物悲しく此処にいる意味は何だ?】
『特に意味はねぇよ。ただそうしたかっただけだ。深読みはするなよ。』
【するね。僕は伊達に君と結ばれた訳じゃない。君が頑なで強情で意地っ張りで、おまけに孤独な者だと僕はよく知っている。
そのくせ他人には惜しみない優しさが溢れている事も・・。怖いのかい?そんなに僕が。】
『何を言っているんだお前は。意味がわかんねぇよ。』
【君は自分じゃ分かっていないようだけど、常に自分の中に誰も入れたくないと思っている。それは失う怖さを知っているからだ。
普通の人なら代わりを探すけど、君は逆で拒絶する。それがあかりさんや僕に対してもだ。そんな君の大きなお世話の所為で僕は
かなり振り回された。独りでは出来る事はたかがしれているんだ。だから自分じゃない誰かを何時も求めるんだろう。人間って生き物は。
それは僕も同じだった。盤上では好敵手を・・そして日常では理解者を。】
饒舌ではないアキラが静かに語りだした。
アキラとてヒカルに自分を見せた事が少なかった。
別に格好付けでもなく、そんな必要が無かったからであり、誰しも言葉に出来ない感情を多く持っている。
【僕はねヒカルに憧れた。僕が無駄だと思っていた事をさも価値があるように振舞う君が。君は僕の夢に向かう姿に影響されたと
言っていたけど、僕は何事にも全力投球な君が好きだ。だからこれも君が向かおうとしている難題なら僕は止めない。
でも我侭だから君がどう言っても僕はついて行く。これが本音だから。】
そう言いながらアキラはヒカルを抱き寄せた。
涙で真っ赤なのにヒカルの頬まで赤味が増して、アキラはヒカルがまだ自分を頼りにしている事を嬉しく思っていた。
白い衣を纏っているヒカルは、まるで天使のようで思わず目が放せなく金色の前髪にそっと誤魔化す様に口付けた。
『あっ・・アキラ。不謹慎だって!!』
【構わない。だって君には僕が、明人には光輝がいるんだから。】
ゆっくりと意識を取り戻した明人は、自分の手を握り締める存在に気付いた。
頭が痛いのは変わりないがとても懐かしく・・そしてやっと会えた事を知った。
明人が見た風景は現在から遡ること1000年前の京都。
飢饉や疫病・・そして魑魅魍魎が徘徊する混沌の世界。
暗い薄ら寒い京都で寄り添う二人の魂。
一人は官職務めの少年で、もう一人は陰陽師の美少年。
荒廃した屋敷に互いの体温で暖を取っている痛々しい姿であり、その少年は陰陽師の彼に話しかけた。
「明・・俺達死ぬのかな?此処で・・」
「何を馬鹿な。寒さで思考が麻痺しているのかい?光は・・。」
「そんなんじゃね-よ。ただ・・この冬は越えられるのか不安なんだ。3年前は佐為が超えられなかったから・・。」
「大丈夫だよ。例え超えられなくとも僕達は必ず輪廻で繋がるから。だから何も悲観する事はない。」
「そうだな。その時は俺はお前の名前が欲しい。だって忘れたくないから・・そうだな。明を愛する人と言う名前がいい。」
「じゃ・・僕は輝ける光を愛し続ける名前かな?光に負けない位身を焦がす愛情をおくりたいから。」
(僕達はヒカルさんの記憶ではなく、彼・・近衛光の記憶を持って生まれたんだね。そして光輝君は賀茂明の・・)
何でこんな夢を見たのか分からない。
そして今その状態に置かれる理由も・・
でもこれで何時も無意識で感じていた温かな思いの正体が分かった。
それは・・『恋』・・
彼らの心を理解出来たのは光輝が好きだからだった。
(でももう少し光輝君の手の温もりを感じていよう)と、もう一度眠りについた。
『アキラ・・俺、もう天上界へ戻ろうと思う。』
【そうだね。君の能力(ちから)も消えようとしている。これ以上の長居は無理だね。】
『でもお前とまた離れ離れになっちまう。漸く会えたのに。そんなの嫌だ!』
【大丈夫だ。僕はきっと君に会いに行く。何万光年離れている世界の果てでも、きっと探し出し再び会える事を君に誓うよ。】
『・・うっ・・うん。待っているから。俺・・絶対何処にいてもお前が来る日を待っているから。だから浮気しないでくれよ。』
【ばか・・。それは僕の台詞だ。】
そしてヒカルの魂は地上から再び消えた。
二人を見守る為・・そしてアキラとの再会を願いながら。
それを緒方は窓越しで見送っていた。
「進藤。お前がいなくても世界は回る。でも俺達は忘れないから。お前が残した存在した記憶を・・。」
悲愴感ではなく、今度こそヒカルの死を真摯に受け止めた。
そして間も無く消えるだろうアキラ魂も・・やっと。
久々に煙草を吸いたくなったが、病室だったので思いとどまった。
そして明人は父ヒカルが取れなかった本因坊のタイトルを数年後取り、その前に光輝が名人のタイトルを授与された。
互いの存在は囲碁界での竜虎だった。
「二人のお父さんに・・僕はこれを贈ろうと思います。」
その言葉は雑誌の記事になったが、その訳と重さを関知しているのは数名だった。
それを皺まみれで微笑む行洋と緒方。そしてテレビ越しで観ていたあかり達。
様々な感情を交差させながら、ヒカル達の願いは歴史を紡いでいた。
しかし予言どおり、明人は最悪な選択をしてしまった。
二人の間に大きく圧し掛かったもう一人の囲碁の天才のために・・
決して関係が冷めた訳でも無く、将来性と塔矢家の志を絶やさない為・・
それを理解出来ない光輝は明人を激しく憎むようになるが、それは心からの事でなかった。
【ヒカルが・・!!天上界と地獄の境界線に?何でまたそんな治安が悪い場所に?】
『ふぉふぉふぉ・・あやつめ。生涯の片翼の為に自ら堕天したようじゃのう。』
【桑原本因坊・・それよりどうして貴方ほどの人が地獄へ?】
『わしは退屈が嫌いなんじゃよ。塔矢の倅。だから面白いこちらに散歩がてら来ただけじゃよ。』
【・・・】
アキラはヒカルと出会った頃を何故か思い出した。
自分に突如現れた少年・・
町ですれ違う記憶にも残らない人達と何ら変わらない筈の彼を、とても懐かしく感じて微笑んだ。
【ヒカル・・君は何時までも僕と一緒に歩けるパ−トナ−だ。僕は千万(ちよろず)の星の数ほど溢れる者達の中から、君を見つけた
奇跡を嬉しく思うよ。その心を早く君に伝えたい。君は何処にいるんだ?】
『遅いな〜!!アキラ。分かりやすく此処まで堕ちたのに・・。でもきっと会える。俺はそう信じるよ・・アキラ。』
ヒカルは素直にアキラを向かい入れようと心を躍らせていた。
嘗ては拒絶で愛情表現していた過去。
それが自然と変わって、苦しい位にアキラに想いを馳せていた。
そんなヒカルに残されたアキラの熱い情熱が支えとなって、不思議と希望を育てていた。
そう遠くない時代(とき)に再び廻り合えるから・・
『そうだ。俺も今の内に佐為を探してあいつに紹介しようと!!』
3人で対局したら面白いだろうとヒカル自身も動き出した。
決して満たされ別れた訳ではなかった魂と話したい事が沢山あった事。
そしてアキラに生前は余裕が無く言えなかった秘密を、今度こそ打ち明ける事を決めた。
美しい平安の青年を求めてその一歩を踏み出した。
パチン・・パチンと響く碁石の音を頼りにして・・
『千万(ちよろず)』編完結です。
どちらかが亡くなってしまって誰かに憑依するネタはよく読んでいました。
でも二人ともだったらどうなんだろうと思い書き上げました。
余談で緒方さんは既にこの話で子持ちです。書けなかったので補足します。
『奇跡(きせき)』編では、二人の転生の話です。
ヒカルが女の子となっていますので、苦手な方はよく考えてお進み下さいね。