千万の星くず〜第六話『黄昏の出会い』
辿り着いた恋・・巡りあえた愛に訪れる休息・・
まるで自分達だけが幸せな気分になっていた。
だがそれは同じ位波乱も含んでいた。
「明人・・これ面白そうだよ。」
すっかり憑き物がとれた感じになっている光輝。
こう見えて関西人なので、たくさんの遊びを知っていた。
滅多に行かない趣味上の買い物や、名物スポット・・
地元の明人より色々知っていた。
「待ってよ。わ〜あ本当だ。」
映画館の看板が二人を歓迎していた。
右には子どもが喜ぶアニメ系のもので、左は大人が楽しむ洋画があった。
どちらも明人は入った事が無く、興味が右往左往していた。
そんな困った明人を光輝は見ながら笑いかけ、
「でも僕は映画にだけ囚われている明人を見たくないから、切符を買って植物園に行かないか?」
急な方向転換で、明人はビックリしたが
「いいよ。僕も町の雑踏より、そう言った場所の方が安心するから・・」
正直気疲れが多くなっていたから、光輝の提案は逆に嬉しかった。
そして誘われるまま、植物園に向かい着いた。
その時繋いだ手に
「明人の綺麗な指にこんな傷を・・僕が弱いばっかりに・・」
碁石で磨り減った指先を互いに持っていて、中でも少し光輝より細めの明人は絆創膏が目立っていた。
「いいんだよ。怪我は男の勲章だってテレビでも言っていたから・・」
「明人ってテレビ観るんだ。意外だな。」
何かを発見したように光輝は驚いた。
「たまにね。殆どがネット碁で遊んでいるし・・」
ネット碁では子どもながら成績上位の彼は、無我夢中でそれに明け暮れていた。
ヒカルの棋譜に塔矢親子の指導・・
正に死角など有り得ない有望な囲碁界の宝だった。
「僕もやってみようかな。それを・・」
「うん!教えてあげるよ。僕もその方が刺激があっていいから・・」
『植物園か・・そういえば俺達デ−トもしていなかったな。』
自分達の子どもと同化を解いて、憑依状態にある二人の幽霊・・
ゆらりゆらりと漂い、時折そう言う風に話題をアキラに振る。
【そうだったね。僕が甲斐性が無いばかりに・・】
『ば・・バカ!そんなに後悔するなって・・』
急にしんみりとなったアキラを心配してヒカルは訂正した。
『ただな・・。どれだけ当たり前の事を俺自身が見落としていたのか。それが悪いんだって・・』
楽しそうにしている二人を、羨ましく思う反面こうやって自分を責めていた。
【ヒカル・・僕はどんな形でも君と一緒にいたい。】
ゆっくりと誰も自分達が見えないのに、アキラは熱帯植物のコ−ナ−の大樹の陰でヒカルを確かめ始めた。
幽体同士は触れ合う事が出来た。
以前のアキラでは幻に等しい存在だったので、実態が揺らいでいた。
蜃気楼のような・・
でも月の欠片の破片がアキラを形作り、今でははっきりとした完全な存在だった。
それはヒカルの強いアキラへの切望と、アキラが多分奏でた竪琴の結果だった。
そしてアキラはヒカルの頬にキスをする。
それがくすぐったいヒカルは、何度もせがんだ。
ヒカルの懇願でアキラは・・
【このまま・・誰も僕達を邪魔しないでくれ・・】
アキラはしがみ付くようにヒカルを抱き締める
白い衣を羽織っている天使のような妻を・・
でも何所か苦しそうに吐き出される睦言。
【ヒカル・・僕はもう・・】
それを肌で感じたヒカルも悩ましげな表情を見せた。
これだけ素直な自分に、どうしてアキラは傷付いた素振りを見せるのかを・・
でもヒカルはアキラを手放せなかった。
形はどうであれ、満たされた恋人達は今日を満喫していた。
久々に訪れた至極の時間を・・
「塔矢明人君よね?」
デ−トの数日後、自分に話しかける少女棋士がいた。
長いポニ−テ−ルで、瞳は零れんばかりの大きな明るさを放っていた。
詰碁集を胸に数冊抱き締めながら・・
「君は・・誰。僕に何の用なの?」
「私は倉田とも子よ。貴方に果たし状を届けにきたの。」
好戦的な雰囲気が見え隠れして、明人はげんなりした。
「あのね。僕は忙しいの。君はどうか知らないけど・・」
「あら・・倉田2冠の子ども相手に、まさか塔矢の子どもが尻込みしているんじゃないわよね。」
どうしても勝負がしたいらしく、帰り道に近い祖父が所有している囲碁サロンに向かった。
久々の来店に常連は喜んで迎えてくれた。
その上、女の子との同伴で別の意味でも驚かれた。
「それでは始めようか。」
対峙して睨みあう二人は、お互いの手の内を探る。
かなり破天荒そうな雰囲気とは違い、奥が深い手順で明人を追い詰めた。
真剣にならなければ負けるような気迫を感じる。
次々と明人を翻弄してそして・・
「負けました・・」
明人の半目負けだった。
今、目の前の敗北が信じられなかった明人は・・
(こんなはずじゃ・・ない。)
唇を噛み締めて悔しい思いで受け止めた。
それを見てとも子は・・
「負けて悔しい?でもね私は貴方にプロ試験でそんな思いをさせられた。」
コ−ラ−を飲みながらそう話した。
「えっ・・?君まさか・・」
「私は今年の合格者よ。貴方と同期の・・」
プロ試験で合格したのは明人と光輝だけではなく、院生での合格者がいた。
それが彼女だった。
「きっと貴方は勝って当然と感じていたんでしょう。いつも。でもそれは脆い自信だったのよ。」
ズバズバと嘘偽り無く話す彼女に言い訳が浮かばない。
毎晩の棋譜並べも最近では時間が短くなっている。
和谷達の研究会にも不参加が出始めた。
自分は一体囲碁に対してどう感じているのか分からなくなっていた。
「ごめん・・負けた人の分まで真摯に頑張らなければならなかったんだね。」
冷や水をかけられて、とも子にもう一度対局をお願いした。
時間が許す限り・・
「倉田さん。でもどうして僕に発破をかけに来たの?」
突然の出現で明人なりに疑問があった。
それを真っ赤な顔をして・・
「私は負けず嫌いなの。いずれは厚お父さんを超えたいし・・その時自分を押し上げてくれる人が要るでしょう?」
「それが僕って訳なのか。」
好敵手として確かに明人も魅力を彼女に感じた。
自分はヨミ重視の繊細な碁・・光輝は力で勝ち取る力碁。
彼女は形を開拓しながら打つオリジナリティが溢れる碁・・
3人3様の碁があり、ぶつかれば確かに面白い。
そんな彼女と駅で別れて落日を見た。
決意を新たに・・
『最近光輝と会わないな・・お前・・』
算数の課題をしている明人にヒカルは話しかける。
鉛筆を走らす手を止めて・・
「ちょっと控えようかなと・・。べったりするのがいい恋人とは限らないし・・」
そんな事を言いながらも本心は会いたい気持ちで一杯だった。
年頃の思考を持たない明人ならではの潔さに・・
『俺は何時もアキラに会いたい・・』
「それだけ愛し合ってもですか?」
子ども達の目の前で恥ずかしくも無く世界を作っている二人・・
だから明人は単純に羨望も込めてそう話した。
『アキラは俺に激しい負い目がある。でも俺はそれを取り除きたい。』
何度言っても過去に拘るアキラ・・
折角の再会も喜びが半減していた。
人一倍臆病な性格なのに、行動が伴わず後悔ばかりをアキラは抱いていた。
「ごめんなさい。僕達が会わなければヒカルさん達も愛し合えないのに・・」
罪悪感が込み上げるが、明人にも考えがあってしている事である。
今の自分に欠けている事がはっきりしたから・・
『お前の所為じゃないよ。雑念が棋力に影響するのは俺もよく知っているから。』
明人の頭を撫でながらそう諭した。
何だか照れくさくなった明人は・・
(少しだけお父さんをヒカルさんに感じる・・)
「何だってそんなに暗いんですか?」
光輝は最近気分が臥せ気味なアキラを心配していた。
今も部屋の片隅で縮こまっていた。
溜息を吐きながら光輝は・・
「ヒカルお父さんに会えなくって困っているのは分かっています。でもお互い様です。」
明人から連絡が少なくなっていた。
携帯を持っていないから、明人の手段が限られているからだとも思った。
でも見事に対局日も重なっていない日が続いていた。
【光輝・・僕は沢山の人を苦しめた。僕はでもどうしたら償えるのか分からないでいる。】
ヒカルを大切に愛してあげられたら、ヒカルは自分にもっと寄り添ってくれていた。
病気に対しても克服しようと抵抗してくれていた。
何より光輝や明人をこんな形で置いていなかった。
何が自分を狂わせていたのか分からない。
しかもヒカル達がどうアキラを赦しているのかも・・
「僕はアキラさんの何が悪いのか分かりません。結果だけをみればですが・・。」
【光輝・・?】
「明人はきっと強いから貴方と言うより自分を責めます。ヒカルお父さんは貴方との絆を盾に受け止めています。」
しっかりした考えで光輝は語り始めた。
碁盤を片付けながら至極当然に・・
「僕は生憎貴方を父親として見ていません。ですが側にいて安心しています。何時も・・」
最後は赤面しながらアキラを見ていた。
似ている瞳は親子の証拠。
中身も共感できる部分を秘めていて、しかし表情は幼い。
【きっとお前なら明人を幸せに出来る。間違わずに・・】
ヒカルを追い詰めるしか知らなかった。
明人を最後まで育ててあげられなかった。
でも後悔だけでは前へは進めない。
そっと初めて我が子を素通りする自分で抱き締める。
堪えていた涙を滴らせ、ヒカルとのこれからを見据えた。
捨てられない愛を守るため・・
満月の夜・・
町の明かりがまだ存在を示していた時・・
一つの異常な輝きが一部分を激しく照らしていた。
それが凝縮されてあるものに吸い込まていた。
その晩ヒカルに異変があった。
本人を蝕む変化が・・
それを明人は知らずに眠りの世界に誘われていた。