千万の星くず〜第五話『輝く月の欠片』



身を焦がした愛・・これから求める恋・・
どちらも大切で心に留まっている。
しかしそんなにも向かう先は穏やかじゃなく・・


立ち昇る気持ち悪い瘴気・・
藤崎家を容赦なく包むそれに明人は・・
「ヒカルさん。これは一体・・」
自分よりことこの件に於いて詳しいはずのヒカルに問い掛ける。


考え込むように真剣な面立ちになるヒカル。
彼とて全てを知っている訳ではない。
逆に聞きたい位だったが・・
『魔王が言うには竪琴を奏でられる者が必要で、光輝はそれできっと元に戻れると・・』
「竪琴?それより魔王って・・」
『俺の遺品の中の一つが魔王の部下の入れ物で、光輝はそれに操作されていると・・』


魔王が光輝を救いたいと思ったのは、得体の知れない自分を快く受け入れただけではなく、楽しいと言う感情を教えてくれたからだ。
人の恋路を邪魔するのが楽しいのではなく、見守る事が喜びだと・・
あかりが与えた惜しみない愛情と、父を慕う光輝によって枯れていた心が潤ったと・・
だから神に等しい身分でありながら、一介の幽霊のヒカルに頼んだと・・
「光輝君って敵わないや。僕とは違って・・」
『泣き言は後回しだ。それより結界を破るぞ。』
魔王から貰った羽根が四本、家の四方に刺されヒカルが詠唱の呪文を唱える。
凄く苦しそうに口ずさむヒカル・・
それはヒカルの精神力(アストラル)を消費し、発動する大技であり危険を孕んでいた。


感電するような稲妻が天から落ちて空洞が出来た。
しかしギリギリ一人分の空間であって、ヒカルか明人かどちらか一方しか入れない。
その時明人は・・
「ヒカルさん。僕と同化しませんか・・」
何処かのオカルト文書を読んで閃いた名案。
趣味ではなかったが今は光輝の命がかかっている。
自分の浅い知識が何所まで役に立つのか・・
しかも根拠のない空想の手段を、何所まで信じたらいいのかも分からない。


『それはどうやってやるんだ・・?』
ヒカルとて自分が愛したアキラが心配だった。
確信はないがアキラの助けを求める声がする。
「確か・・器である僕とヒカルさんを繋ぐ媒介が必要だと・・」
『媒介って・・会って直ぐの俺達に不可能だろう・・』
却下するヒカルを明人は見て・・
「でもあるんです。唯一と言っても良いほどの確実な接点が・・」
明人は震える唇で真実を打ち明けた。


アキラが残した日記の内容・・そして言い知れぬ愛と罪を・・
それを聞いたヒカルは混乱した。
『だったらお前が俺とあかりの子ども?バカを言うな!』
「本当なんです。信じて下さい・・」


明人とてアキラを父と思っている。
自分の子どもですら平気で傷付ける世の中・・
血縁が逆に自分の不幸になるかも知れない。
そんな中アキラにどんな思惑があったにしろ、明人は健やかに育った。
子煩悩な訳でない性格なのに・・


でもヒカルは明人を否定してそんな事を言ったのではなく
『俺はお前がやっぱりアキラの子どもだと思う。例え本当に俺の子どもであったとしても・・』
突き放した訳でなく、明人は事実アキラの愛情で育った子・・
ヒカルはそれが重要だった。
だから光輝に対する父性本能はあったとしても、明人には抱けない。
それでアキラを恨んでいるのかと言われれば否だ。
愛情の歯止めが無く、苦しんだ結果・・明人に幸せをみた。
アキラ・・あかり・・光輝・・そして本当の子【明人】を残して死に急いだ自分こそ恨まれて当然だった。
『でも失敗は成功の基とも言う。アキラが残した切り札だな。』
明人が持っていた万年筆で、指を傷付けて血を流す。
痛そうだったが、ヒカルは止める理由が無かった。
そしてゆっくりと明人とヒカルは、血を媒介に溶け込んだ。
意識を互いに残しながら・・


「光輝君。何所にいるんだ!!」
『アキラ・・光輝!姿を見せろ〜!!』
藤崎家の住民が強制的な眠りに襲われ、倒れている様を横目に上がりこんだ二人・・
正に淀んだ負のエネルギ−・・
吐き気が明人を苦しめるが
【待っていたよ・・君達を・・】
宙に浮いた光輝が二人を歓迎していたが・・
『お前・・誰だ?』
ヒカルが明らかに別人の光輝に問い掛ける。
冷たいガラスのような瞳・・その感情を表さない表情。
何よりそんな超能力者でもない光輝が、ヒカルと同じ芸当が出来るはずがない。


【何者かと?それは君達が良く知っているではないか。】
光輝の声なのにざわつく声が、正直二人の焦りを駆り立てる。
「光輝君ではない。でも何所か懐かしい・・」
明人はその正体を何所か知っているような感覚になった。
堪らなく・・そして・・
『明人・・それはどう言う意味だ?』
自分には光輝の変貌の理由に近付けない。
いや・・息子半分アキラ半分の中途半端な心理では・・
「ヒカルさんに会いたかっただけだよね。お父さん・・」


血の契約で同化したのは何も、自分達だけではなかった筈だと思っての勘。
此処にも不運にもそうするしかなかった者達がいるのかもしれないと・・
ゆっくりと光輝に接近して、明人は抱き締める。
「僕・・も探していた。でも・・」
光輝かそれとも父アキラかを選べと言えば、もう答えは決まってしまっていた。
(光輝君・・僕は君に、どうしても聞いて欲しい事がある。だから・・僕は・・)
ヒカルが悲しむと分かっていつつも、どうしても決意を改められない。
「アキラ・・お父さん。ごめんね。僕は・・光輝君が大切なんだ。」
見捨てた訳でも何でもなく、明人は泣きながらそう言った。
それをヒカルは・・


『お前・・謝ってばかりだな。俺も光輝が大切だよ。』
自分達の事情を子どもを傷付ける理由にしたらいけない。
生前確かに納得して向かえた関係でもなく、波乱ばかりで命が尽きた。
こうして明人のような強さも、光輝のような優しさも無く、お互いの最期にならなければ悟れなかった。
だからヒカルも二人を見守りたかった。
そっと明人とヒカルは光輝とアキラかもしれない者に、自ら唇に触れるか触れないかのキスをした。
失えない魂の為に・・


その時ヒカルの月の欠片が光り、竪琴を降臨させた。
自然と4人の周囲に、ハ−プの音が聞こえる。
水のような・・炎のような・・風のような・・
心を浸透し癒す音色。
夜想曲(ノクタ−ン)の旋律・・
黒い絃が少しずつ黄金色に変わる。
地獄の覇者ハ−デスの渡したものとは違い、地上の聖歌隊が奏でるような尊さが耳を喜ばせる。
誰が一体奏でているのかと、視線を泳がせるが・・


『月の欠片に魂を感じる・・』
ヒカルがそう何かを感覚で探し当てる。
肌身離さずヒカルの腕にブレスレットのように持っていた小さな石・・
それの中にまるで心臓の鼓動のような音がしていた。
「ヒカルさん・・それは卵だったんですか?」
『えっ・・?』
欠けていて不恰好な石を見て、明人は不思議とそう感じた。
ヒカルも言われてみれば納得できた。
試練が待っていると命令され来た地上・・
精神世界での戯れはそれはそれで良かった。
しかし同時に生前に対する決着と、暴かれた互いの胸の内・・
まるで自分の贖罪の旅のようだった。
そこでこれが何故必要だったのか?
いくら考えても分からなかった事が、奇しくも本当の息子が答えを導いた。


これはヒカルの大切な半身だと・・


【ヒ・・カル・・】
光輝の中の人格が欠片の中に吸収されて、一つの人間を誕生させた。
力なく倒れる光輝を明人は支えた。
そしてヒカルは漸く廻り合えた。
たった一つの愛情の対象を・・
『アキラ・・だったのか・・。月の欠片は・・』
自分より後に生命を散らせたアキラ・・
だからまだ精神世界では不安定な存在だった。
【ヒカル・・此処はどこなんだ?】
目覚めたばかりの魂に、ヒカルは感情を隠せなかった。


『アキラ・・アキラ・・』
子どものように泣きじゃくるヒカル。
突然の抱擁でビックリしながらも・・
【ごめん・・また君を苦しめていたみたいだ。】
背中を叩くようにヒカルを宥めた。
涙で濡れているように見えるヒカルにアキラはキスを施した。
伝う涙を舌で拭い去り、きっと寂しかった心には癒しの愛撫を・・
繰り返しそうしていると次第にアキラを落ち着いたようにヒカルは見上げた。


『アキラ・・でもどうしてお前こんな場所に・・?』
ずっと会いたかったが、余りにも思い掛けない再会だったのでヒカルはそう言った。
それを黙って受け止めたアキラは・・
【未練があったからだ。沢山の言い訳も出来なかった自分に・・】
アキラはそっとヒカルの髪を撫でた。
幽霊体になっても柔らかいとアキラはそう思いながら弄ぶ。
【ずっと君に謝りたかった。僕はね君を壊し過ぎた。】
穏やかなヒカルの時間。そして環境・・
それを自分の我が儘と、勝手な欲望で台無しにしたと・・
自分の欠点を認めたがらないアキラのその言葉が、どんな思いで吐露されたのかヒカルは切なくなった。


【許してくれとは言えない。でも僕はそれでも君を変わらず愛してる。】
冷たい石の中にアキラは居たのではなく、多分9月石(サファイア)の指輪に居た。
ヒカルを愛した一つの居場所に・・
『俺は正直お前の全てを赦した訳でないよ。でも明人が俺に教えてくれた。愛する本当の強さを・・』
そして成長した明人をアキラは見た。
その腕(かいな)には光輝が眠っている。
まだ幼い二人の関係だったが、アキラにも分かる位お互いを尊重しあっている。
【明人・・大きくそして温かな子に育ったんだね。】
アキラは明人を息子として本当に大切だった。
だから嬉しそうに自然と微笑んでいた。


だがヒカルは試練を都合良く解釈しすぎた。


実際はまだ何も解決していなかった。