千万の星くず〜第四話『暗闇の堕天使』



少しずつ壊れてゆく関係。
確かめ合う事も出来ず逃げた者と、真剣になり狂う者。
でも僕はそれを見守るしか出来ないから・・


静かに三谷は明人を見て驚愕する。
自分の旧知の亡者と似ている顔。その雰囲気・・
「お前・・進藤・・なのか・・」
少しずつ目頭が熱くなる三谷は明人に抱き付いた。
急の抱擁にビックリする明人は、リアクションに困惑する。
「あ・・あのう。どうしたんですか。」
汗を流しながら困っている明人に気付いていても、三谷はそれを止めない。


傍から見たら凄い男同士のスキンシップで、しかも不良っぽい青年と優等生の小学生。
印象は悪くなる一方だが、三谷はそれだけでは飽き足らず明人に口付けをした。
激しい欲望の塊の接吻は明人を食らい付く。
じんじんと痺れる唇に舌を入れて、明人を高めてゆく。
生温かいうねる長い蛇のような舌が、明人を侵略する。
今までになかった経験であり、明人は次第に快楽へ向かい始めていた。


そんな中三谷を止めに入った者がいた。
「祐輝・・止めろ。何をしているんだ・・」
眼鏡の切れ長の瞳が印象的な青年が立っていた。
かなり怒ったような相貌で三谷を睨んでいた。
そして自分のス−ツケ−スをアスファルトに置いて
「いくら君が懺悔しても彼は・・」
「煩せえ・・薫!お前には関係ない!!」
明人にしがみ付く様に抱き寄せる。
側で三谷の服に染み付いた煙草の臭いが明人を困らせた。
それよりも三谷の激しい濁流の思いの訳が分からない。


言葉で言っても自分の言う事がきけない三谷に、彼・・岸本は行動で制した。
感情が混乱を辿っている三谷を引き寄せて、強引にキスをした。
次第に岸本の与える快楽に溺れる三谷に、明人は嫌悪感など感じなかった。
それより自分と光輝にはまだ足を揃えて向かえない世界を憂いていた。
(何が僕達には足りないんだろう?経験?それとも・・)
そして二人は満足したように明人を見た。


「君は・・名前を何と言うんだい?」
岸本がさり気無く話し始めた。
それに答える様に明人は少し湿っている自分の襟元を握り締め
「塔矢明人と言います。失礼ですが僕を何と間違えているんですか?」
何かと取り違えて三谷は自分を口付けたと悟った明人はそう言った。
「僕は岸本薫。岸本工業の経理を担当している者で、こっちは・・」
「俺は三谷祐輝・・バンドの【フェニックスサ−ガ】のギタ−をやっている。しかしお前ってもしかして棋士か?」
「はい。棋士家庭ですので・・」
上から下までを二人は明人を品定めして・・
「塔矢アキラと僕は一応旧知だった。でも彼よりもその好敵手と君は酷似している。」
三谷が錯乱した原因を岸本は理解していた。


現在(いま)は亡き進藤ヒカル・・


三谷が学生時代貪欲に手を伸ばした相手。
何も無かった三谷が初めて自分の領域に入れた相手・・
三谷から離れて自身の信じる道(みらい)に生きると、背をむけて走っていった。
それが許せなく一度は強引に奪おうとしていた彼を、岸本が偶然慰め今の関係に繋がった。


「ヒカルさん・・ですか?僕に似ているのは・・」
誰もが自分を通してアキラでは無く、ヒカルを感じていると漸く認識した。
でもどうしても分からなかった。
それなら・・塔矢明人は意味があるのだろうか?
それが無性に悲しく、明人は二人と少しだけ話してそして帰って行く。
その一部始終を光輝が見ていた。
三谷のした事と傷付いて帰っていった明人の頼りなげな後姿。
そんな感情が渦を巻いて、光輝の首に掛けている指輪が光った。
いやそれは一瞬で直ぐに黒い靄がそれを取り巻いた。


急に蹲り光輝は苦しみ始めた。
頭を締め付ける気持ち悪い感覚。
内臓を抉られるような痛み・・
そして薄れてゆく記憶・・
夜の闇の中・・光輝は何者かに根こそぎ奪われた。
強制的に・・


静かな農村・・
山並みが落ち着いた場所で、ヒカルは目覚めた。
だるい身体に苦しみながらも草いきれの薫りが覚醒を促す。
幽霊に暑さも寒さも関係なかった。
しかし心の侘しさだけは生きた人間と大差なかった。
そろっと宙に浮いて見ようと自分の念力を使うが・・
『嘘だろう・・俺の能力が無効化されている。』
自分の異変に気付くがその経緯が不安だった。
どうしてこんな場所、こんな状態に自分はあるのだろうと・・


『とにかく明人の側に行かないと・・』
浮遊能力は無くなっても、移動能力までは失っていなかった。
それを知り月の欠片の指し示す場所に向かおうとしたが・・


『無駄だよ・・ヒカル・・』
何時からそこに居たのか分からない黒衣の幽霊が居た。
その暗い恐怖を称える風体に、ヒカルはたじろぐ。
蛇に睨まれた蛙の如く、金縛りにあったようになる。
しかしそれと共にヒカルはアキラでは無いと感じた。
『お前・・誰だ?』
顔や素振り乃至、光輝に見せていたアキラはヒカルが求めているアキラとは違う違和感があった。
直感ともいえるそれはヒカルに真実を与えた。
『私は・・魔王ルシファ−・・気高き堕天使・・』
そうして自分の指に7つの宝玉を集わせる。
その中にヒカルが見知ったものが混ざっていた。
『それはアキラが俺の為とくれた9月石(サファイア)の指輪・・』
ヒカルが忘れられる筈も無かったもの。
アキラが自分を壊してでもヒカルとの証を求めた。
その結果とも言える指輪が、魔王と名乗る者の掌で鈍い漆黒の輝きを放っていた。


『それを返せ!!魔王!』
腹の底から怒りを向けてヒカルは怒鳴った。
他人に触れて欲しくない愛の指輪。
だからヒカルは本気で憤怒した。
それをせせら笑い魔王は見ていた。
『これは元々私の物だ。此処に私の下僕・・【嫉妬】の天使レヴィアタンが封じ込められた。』
意味が分からないヒカルは黙って聞いていた。
『私は神に最も近い天使であった。しかし傍観者の神に反旗を翻し地獄に落とされた。その時の仲間がこの魂でずっと探していた。』
彷徨う魔王にヒカルは困惑した。
しかし核心には触れていない。


『だが思いの外これを手にした者の意志が強く、少々手古摺った。』
『アキラを・・どうしたんだ。』
一番聞きたい内容を焦って聞いてしまった。
そっと指を心臓辺りに持って行き・・
『食らった訳ではない。元来彼の残留思念がこれに宿っただけで本体は知らない。』
魔王ははっきりとヒカルに言い切った。
嘘を感じない真剣な瞳で・・
『それならどうして俺と接触した。』
その外見はアキラとたまたま似ていて、アキラの思念が入っていたからの別人だった。
しかしヒカルを此処に閉じ込める理由にはならない。
『分からない・・最後の人間アキラの意志で運ばれただけで私は・・でも協力は求めたい。』
『えっ・・?』
いきなりヒカルの方を見て頭を下げた。
『光輝を助けてやって欲しい。あの子がいま苦しんでいる。』


帰宅しても落ち着かない明人。
一日で様々な事が駆け巡り、中々纏まらない。
ベッドで横たわり寝そべった。
「光輝君。僕はこんなにも弱い人間だったんだ。」
どんな高段者でも果敢に挑む事は出来る。
でも現実に戻った明人の心は何か欠けている。
出口の無い苦しみに苛まれていると祖父が襖を開けた。
「明人・・何を悩んでいる。」
夕食中ずっと空元気で通していた明人を心配してやって来た。
「お祖父さん。大丈夫ですよ。」
無理して笑う明人に
「アキラもよく昔抱え込んでいた。悩みを・・。でもだからこそ自分を傷付け過ぎた。」
相談もせずヒカルとの関係を向き合っていた。
何時も孤高であり続けたために、何が起こっても自分だけで挑んでいた。
気さくな友人の一人や二人がいれば違った結果があった。
しかし孤独だった。


「私は後悔している。アキラの多分愛していた者は、親にも打ち明けられない者だったと。」
「お・・じいさん。」
明子がアキラの机の鍵を見つけて、引き出しから取り出した日記。
其処には彼の本音が綴られていた。
ヒカルの事・・両親の事。
そして明人にした彼の罪が・・
それを読んだ行洋は涙が出て止まらなくなった。
息子の心の全てに無頓着だった自分に許せなくもなっていた。


「此処には明人が進藤君の本当の息子とある。しかし私は明人が孫だと思っている。」
一緒に築いた家庭。
そして何より明人の存在は塔矢家を照らす存在だった。
血の絆よりも深い場所で繋がっている一家に、最早真実など意味を持たなかった。
「おじい・・さん。僕・・情け無くって・・ヒカルさんの子どもにもなりきれず、アキラお父さんの子どもとしても意味が無く・・」
泣きながら行洋の膝に縋る。
大声で泣いて自分の感情を直接ぶつけた。
「ごめんなさい。お祖父さん・・お祖母さん・・。そして此処の本当の子どもだった光輝君。」
その孫の姿に行洋もつられて泣いていた。
そして泣きつかれた二人は、明子の采配で敷かれた布団の上で寝息をたてて眠っていた。


次の日明人の側にヒカルが戻ってきた。
『こら起きろ!明人。大変なんだ。』
少し腫れぼったい瞳を擦りながら、ヒカルが慌てている事を知る。
落ち着き無く何か言いたげなヒカルに・・
「おはよう・・ヒカルさん。でもどうしたの?」
『早く顔を洗って出掛けるぞ。』
「何所にですか?」
『光輝の家だ。あいつ無事だといいんだが・・』
危機が迫っている光輝を父親として心底心配しているヒカル。
それを寝ぼけた明人は深刻に受け止め、藤崎家に向かった。


ヒカルと接触したお陰で少し感覚が敏感になっている明人は、そこの異常さに直ぐに気付いた。
禍々しい邪気が立ち篭り、来るものを拒む。
迂闊に近付けば怪我をするのは必至。
明らかに昨日訪れた場所ではない。


(光輝君。どうか無事でいて・・)