千万の星くず〜第三話『孤独が築く恋』



投げかけられた恋心。
でも共に歩けない自分達。
その無情な現実に居場所はあるのだろうか?


緒方のヒカルへの思いは、ヒカル自身が知らない場所で咲いていた。
アキラが棋院でヒカルをコ−トを携え、探していた時彼はその挙動不審さに後をつけていた。
そして襖越しで口論していたヒカルとアキラの声が聞こえた。
激しく言い合っていて緒方は黙って立って聞き耳を立てていたが・・
「ふ・・ん・・うう・・」
微かに耳に入った喘ぎ声。
その相手がヒカルとはっきりと認識出来たのは、二つの下半身が合体し怪しく浮き上がらせたシルエットからだった。
騎上位での事で誰が見ても一目瞭然だった。
そして襖の隙間から二人の様子を見ると・・
ヒカルは玉のような汗を浮き上がらせ、女性の様に美しく受け入れていた。
その姿に緒方の一物が興奮し、ヒカルに惹きつけられていた。


それから下心も含めてヒカルを見るようになっていた。
だがそんな性欲だけではなく、ヒカルの全てが緒方にとって愛おしかった。
自分には無い囲碁の天賦の才。
囲碁界には無かった明るい風体。
それが緒方のヒカルへの思いだった。
それを聞いてしまったヒカルは明人に・・


『お前はいいよなぁ・・色恋に疎そうだし・・』
ぼやいたヒカルに肩をすくめた明人は
「否定は出来ないですよ。こう見えても人間関係に自信は無いですから・・」
炊事が得意な明人は、祖父・祖母にご飯を作りながらヒカルと会話していた。
『光輝も何となく人嫌いしそうな雰囲気だし・・』
「光輝君はヒカルさんの息子でしたよね・・」
『そうなんだよ。って死んで殆ど育ててやれなかったんだけど・・。そう言えばお前初めて光輝って名前で呼んだな。』
その突込みが明人を異常なまでに動揺させた。


『もしかして俺の息子。好きなのか?』
ヒカルが余計なお節介だとわかっていつつも言葉にした。
益々取り乱す明人は
「もうからかわないで下さい。包丁を持っているんですから・・」
真っ赤になりながら噛み付いてきた。
それを見たヒカルは可笑しくて笑っていた。


「アキラさんが・・消えた?」
光輝は何時も背後に感じていた幽霊を探し始めた。
突然了解も無しに姿を暗まさない約束があった。
それを破られたのがショックだった。
その上アキラは竪琴を置き忘れていた。
「自我が保てない精神なのに・・どうして・・」
困惑して誰かに話したかった。
でもこの土地に知り合いは殆ど存在しない。
(君ならこんな事信じて貰えるのだろうか?明人・・くん)


「進藤・・ほらこっちへ来いよ。」
緒方の誘いを断り切れず、ヒカルはラ−メン屋にいた。
かつては常連だった此処も、もう誰もヒカルを覚えていないだろう。
しかし白ス−ツで椅子に腰掛け、あえて嫌いな食べ物を食べている緒方に泣きそうな位な求愛を感じていた。
(『俺は・・その気持ちだけで嬉しいのに・・』)
本気で多くのものを無視して生きていたと自分に怒りを覚えていた。
『緒方さん・・ほっぺに汁が付いているよ・・』
他愛無い台詞が零れた。
それだけで嬉しそうにする緒方をどうしても拒絶出来ない。
(『もし・・アキラを知る前に緒方さんを住まわせていたら、どうなっていなんだろう・・』)
引き裂かれる思いがヒカルを愚かな道へ運んでいた。


天空で飛び交う鳥達。
その中に一つだけ違う種族があった。
実体が無くその上烏よりも黒色の・・
『ヒカル・・見付けたぞ・・』
ぎらついて禍々しい邪念を放ちながら、アキラは緒方と離れたヒカルを捕らえた。
いきなりの羽交い絞めで苦しむヒカルを、自分の羽根を一本抜きヒカルの首に刺した。
それは魂の拘束を促す羽根で、ヒカルは意識を失った。
そのヒカルを抱き抱えアキラは連れ去った。
誰も居ない寂しい場所へ・・


「進藤君・・それは本当なのかい?その・・僕の父が君に・・」
「そうなんだ。こんな事誰にも話せなくて。それで君に相談したんだ。」
普通の神経の持ち主なら、疑心暗鬼になる話を明人はすんなりと信じた。
それはヒカルの存在もそうだったが、光輝を疑っていない心がなせた事だった。
「僕は当然信じるよ。君の話は僕にも当て嵌まる事だから・・」
ヒカルの気配が感じない。
彼もまたそれを凄く心配していた。
そして二人で探し、互いは休憩の為近くの喫茶店に入った。


「オレンジジュ−スとアイスティ-を下さい。」
喉を潤す為注文した。
「これだけ探しても見付からないなんて・・一体何所に・・」
悔しがる光輝に明人は
「アキラお父さんなら大丈夫だよ。きっと・・」
「何故そう言える。君とて5歳までしか一緒にいなかったのに・・」
八つ当たりを明人にして気を紛らわしていた。
「う・・ん。でも君もヒカルさんを尊敬しているじゃないか?」
光輝が一切触れて来なかった部分に、明人は敢えて突っ込んだ。
もっと共にいなかった父ヒカルを光輝は好きだった。
本当ならあかりの苦労を考えたら憎むべきだったが、母の笑顔を引き出せる唯一の人物でもあった。
それゆえ自然と好意を持っていた。
「ごめん。君にあたって・・。どうかしていた・・」
素直に謝る光輝に明人は微笑み
「いいよ・・だって僕にとって君は特別だから・・」


その言葉に鳩が豆鉄砲をくらった表情に光輝はなった。
思わずオレンジジュ−スを零しかけた。
「それって・・都合良く受け取って良いのかな?」
そして明人を見詰めると、俯いて頷いた。
初々しいまでの感情の正体は分からないが、惹かれあっている事を二人は認めた。
微笑み返し、そして手を握り締め店を後にした。


暫く探索して歩いていると、夕立が二人を突然襲った。
「どうして・・今日は晴れの筈なのに・・」
雨にうたれた二人の服は水浸し寸前だった。
髪も水滴を滴らせ乱れていた。
洋服店の軒下で雨宿りした。
しかし一向に降り止まない雨・・
寒さが急に過ぎった明人は、自分を抱き締め暖をとっていた。
震える明人は少し熱っぽかった。
「塔矢君・・しっかり・・しっかりしてくれ・・明人・・」
揺するように明人の肩を掴んでいた。
その事に応えるように震える青い唇は無理矢理笑っていた。
少しでも温められないかと、ポケットを漁ると二枚の万札が入っていた。
それをもって近場に通り掛かったタクシ−を拾い、藤崎家にいった。


基本的に伯母と甥の関係だったので、自由にしてもいいと言われていた。
元々礼儀正しいので、逆に気に入られていたのが要因だった。
緊急事態だと明人を担ぎいれた。
そして自分のベッドに寝かす前に、服を着替えさせ温かいココアを用意する。
エアコンのリモコンで室温も調整した。
光輝の手渡すそれを手にとって温まる明人に赤味が戻る。
「ありがとう・・光輝君。迷惑をかけたね・・」
その言葉に光輝は照れていた。
「何だかくすぐったい。名前で呼ばれるなんて・・」
「君もさっき呼んでくれたから・・」
そして近付いて二人はキスをした。


まだ大人の貪欲な口付けではなく、たどたどしいさが目立つキスだった。
しかし少しずつ二人は自分の異変に気付く。
【前にもこんな事をしていたような・・】と言う曖昧な感情が・・
ずっと自分達の赤い糸を弄んでいた存在がいると・・
その怯えが光輝と明人を苦しめた。
何かに支配されている感覚が苛んで止まない。
「どうしてこんな最悪な気分になるんだ。今本当は幸せの絶頂なのに・・」
入り込めない虚しさが二人を包む。
吐き捨てた光輝の悲痛さが明人を拒む。
明人から目を逸らし何かに耐えていた。


それは明人とて同じで困惑が過ぎって混乱していた。
男同士のキスよりもっと不可解な感情が脳裏を支配する。
「光輝君・・僕達は本当に僕達なのかな・・」
「明人・・それはどう言う意味なんだ。」
「僕はもしかして・・ヒカルさんの関係者かな・・」
呟く明人は何かを掴み掛けた。
自分の向かう感情はアキラに付随するもの。
アキラの全てが絶対的な割合を占めている。
まるでヒカルが語った過去のように・・


「僕にはヒカルさんの感情が理解出来る。僕ね・・多分塔矢家の子どもではない。」
布団の端を握り締めて、少し苦笑いしながら光輝の瞳を見詰めていた。
「アキラお父さんに熱い気持ちがあるし・・血液型も不一致なんだ。」
途中涙ぐみながら話していた。
「そんなの僕もそうだって・・理屈を超えてヒカルお父さんに興味があったし、血液型も普通ならありえない形だった。」
自分達は本気で恋しているのか・・
それとも父に対する穴埋めに、互いを選んでいたのか・・
光輝は泣いていた明人を胸に抱き寄せて・・


「ごめん・・焦って明人を傷付けて・・答えがまだ出ていないのに・・」
全て自分の責任だと言い切る光輝に明人は頭を振り・・
「僕ももっとゆっくりと考えるよ。済し崩しで光輝君とは居たくないから・・」
でも手に手をとりあって歩いた時のときめきは、これとは全く違っていた。
ざわめく危険な警戒音はなく、自然と温もりを伝えた。
(信じたい・・光輝君との恋を・・早く自分の異変の原因を突き止めなくては・・)
指を絡ませもう一度キスをした。


「ご飯を食べていかない?塔矢君。」
藤崎家の気さくな家族に相伴を預かりかけたが、自宅で待つ祖父達との食事が良かったので断った。
そして暗くなった夜道を歩くと、明人の所持品を狙っての引っ手繰りに遭った。
それを追い駆けようとしたが素早かった。
諦めかけた時・・

「これお前のだろう。取り返してやったぞ。」
つんつん頭の和谷と似た髪形の青年が其処に立っていた。
しかし目付きは荒々しく、お世辞にも優しい感じとは言えなかった。
肩にギタ−バックを担いでいたそのバッグのネ−ムプレ−トには・・
【YU-KI MITANI】と書いてあった。