千万の星くず〜第二話『記憶の輪舞曲』



自分のものじゃないもの・・
でも自分に繋がる大切なもの・・
その狭間が分からなく、手を伸ばした先には・・


光輝の温かさな口付けが伝わり翻弄されていた明人。
そして其処から感じたデジャヴ・・
『光輝を何所か知っている』と言う確信。


「と・・塔矢。なんだろう。其処にいるのは・・」
明人の口から漏れた言葉・・
間近で聞いたヒカルは驚愕した。
明人は自分の父を呼び捨てにするような者じゃない。
尊敬してどうしようもない相手を・・
そしてヒカルが明人の視線を辿ると・・
『光輝?・・の側に誰か居る。』
黒く黒衣を纏った青年。
先程は光輝の側には無かった違和感。
背中には灰色がかった羽根がのびていた。


酷く残忍な顔を隠すためのベ−ルが、人物の輪郭を曇らせる。
それをヒカルはそっと側により、捲り上げた。
『あ・・あ・・アキラ。どうしてこんな所に・・』
光輝に憑依していたのは【塔矢アキラ】だった。
しかし目は死んでいて、ヒカルが側によってもまるで気付かない。
それどころか他人を見るような目付きで、ヒカルの姿を素通りし明人を見詰めていた。
『気が付かないのか・・アキラ。俺は此処にいるのに・・』
悲痛な叫びは明人にだけ聞こえた。
我に返った明人は光輝の肩を揺すって
「対局が始まるよ。行こうよ。進藤君。」
何事も無かったような会話で光輝を呼び覚ます。


「あれ・・どうして僕は此処に・・?」
冷静な光輝は移動した場所の意味が分からず困惑する。
それを見兼ねた明人は
「探検をしていたんじゃないかな?きっと・・」
苦手な嘘をつかい光輝を煙に巻いた。
でも明人ははっきりと光輝の唇を覚えている。
同じ位の柔らかな唇と吐息。
指でなぞり確認をしていた。
(馬鹿!進藤君は何かに支配されて僕にこんな事をしたんだぞ。もっと嫌がらないと・・)
でも別に嫌悪感は無く、やり過す事を決めた。


その日からヒカルに笑顔は無くなった。
脳裏に焼きついて離れないアキラの冷たい視線。
感情が上辺だけの虚ろな感情。
何かを言わなければならなかったのに、二の句が出なかった。
変貌してしまったからとは言い訳で、信じたくなかった。
愛情も微塵もないアキラの姿など・・
『俺の所為・・俺があいつに最期に心を開いたからあいつは・・彷徨ってしまった。』


自分がアキラを最期まで拒めなかった所為だと責めていた。
そんな辛いヒカルを傍で見ていた明人は・・
「ヒカルさん。何があったんですか?」
心は共有していない二人はその距離を感じていた。
今までは本人と幽体としてしか関係を築けていなかったのが、明人にはもどかしかった。
「ヒカルさん。僕は進藤君の背中に優しい天使を感じました。」
『え・・?』
「出会って直ぐなんで変かも知れませんが、進藤君を知りたい。」
柔軟性があるだけでは括れない思い。
本気で光輝を救いたいと感じている明人は、ヒカルの迷いを振り払う。
『ならお前に話す。嫌悪せず聞いてくれ・・』


長い長いヒカルの歴史。
それは辛く悲しさに満ちていて、思わず明人は涙を零す。
(父と恋仲だったんだ。アキラお父さんが唯一愛した人がヒカルさん・・)
口癖のようにアキラが明人に言っていた人物。
それが目の前の幽霊・・
その話をしている最中ヒカルもまた、愛した互いを否定出来なかった。
(『俺がアキラを助けてやらなくてはならないよな。落ち込んでいる暇があれば・・』)
そして何時も通り夜は更けていった。


『光輝・・どうして僕を受け入れた?』
藤崎家の二階で光輝に話しかけるアキラ。
光輝は棋譜並べの手を止めて、アキラに話しかける。
「何でと言われても困ります。僕は貴方に同情した訳でも無いのですから・・」
全てを承知で光輝はアキラを憑依させていた。
『なら尚更訊ねたい。』
「塔矢君を手に入れる為です。貴方の異常なまでの囲碁の腕を利用しているだけです。」
至極簡単に言い切った光輝にアキラは冷徹さを感じた。
でも何所か憎めないとアキラは琴を奏でる。


冥界神のハ−デスからの試練の【オルペウスの竪琴】


これは自分を清浄化出来る神器で、何時も持っていなければならない。
数日前は此処に置き忘れ、危うく魔に取り込まれかけた。
『不憫だな・・僕は・・』
それにアキラは初めて光輝と寝食(?)を共にしていた。
アキラがヒカルを追い詰めていた時、側で支えていたあかりにもう憎しみは無かった。
(『逆に感謝しなければならない。こんなにも真っ直ぐに育ててくれて・・』)
光輝はそのアキラを黙って見ていた。
(本当は・・似ていたから・・何所か・・)
屈折した性格が光輝のアキラと一緒にいる理由だった。
壁に掛けられている柱時計が深夜2時を伝えた頃、光輝とアキラは眠った。


「おはよう。ヒカルさん。」
水玉のパジャマから普段着に着替えた明人。
片手には新聞を持っていた。
『新聞なんか読むんだ。意外だな。』
「この世は情報社会なので、これだけでは間に合いません。っていっても囲碁が本職だから問題はないのかも・・」
昨日の憂鬱さが無くなり、二人は当たり前のように笑顔を交わす。
生前ヒカルは数回アキラの部屋で抱かれた。
自分に何時まで経っても振り向かないヒカルへの仕打ち。
PCは流石に最新のモデルで買い換えられていて、あの時とは違うが天井に残った留め金があの日を思い出させる。


(『あれにロ−プを掛けられ吊るされたまま、陵辱されたんだったな・・』)
変な懐かしさが込み上げ、飛べる身体を浮かせてその跡に触れる。
アキラが何を思って歴史に古い母屋に、こんな目立つ傷を残したのか・・
「ヒカルさん・・出掛けますよ。」
そして明人に付いて行った。


「おはようございます。庄司3段。岡3段。」
会釈をしながら明人は先輩に話しかける。
すると庄司3段が・・
「塔矢アキラ先輩の息子がかたい挨拶はいいって。それより明人君。今日の対局相手は岡らしいから・・」
そう言って岡に話題を振る。
その脹れた態度に庄司は何やら謝っていた。
「昨日はごめんって。手合いが長引いてしまったんだよ。」
「そんな事を怒っているんじゃない。お前の気持ちがいい加減だから頭にきているんだ。」
そして庄司の足を踏み睨み付けた。
「ボクは何時間棋院の前で待っていたんだ。せっかくのチケットも無駄になるし・・」
痴話喧嘩を展開している二人。
お呼びでないと明人は離れた。


(もしかして付き合っているのかな。和谷さんや伊角さんのように・・)
免疫がある明人は岡の八つ当たりだけは、ごめんこうむると今日の対局に気合を入れる。
そして今日の対局表を見ていると・・
『あいつら・・成長していたな。もう3段か・・』
若獅子戦で手合いした事を懐かしむヒカル。
あの頃はプロですらなかった両名の存在が時のはやさを伝えていた。
そしてふと自分を見ている視線に気付いた。
(『幽霊の俺を見ているものがいる?どういう事だ。』)
そしてその相手を見詰めると、其処には4冠になっていた緒方がいた。
明人ではなく自分を凝視している緒方。
「進藤・・お前が見える。どうしてだ・・」


それは衝撃だった。
明人でもたまに自分を見失うのに、緒方は自分を見つけた。
その執念とも言えるヒカルへの思いが起こした奇跡か・・
そしてヒカルは明人から離れ、緒方の側へ寄った。
「進藤なのか?」
『そうだよ・・俺だよ。緒方さん。』
そういい終わらない先に緒方は抱き締めた。
でもすり抜けてしまうその現実が緒方を苦しめた。
「魂だけになってもお前が分かる。俺はお前に漸く・・」
午後の手合いをキャンセルして、ヒカルが明人を感じる範囲での移動をした。
佐為の時とは違い、少しだけ融通がきく霊体だったから・・


近辺の公園のベンチに緒方は腰掛けた。
「お前が死んだ日の前日、俺は親が勝手に決めた相手と結婚式をあげた。正直嬉しくなかった。」
『どうして・・俺なんか結婚式をあかりとあげていないのに・・』
そのしこりを残しながら、あかりに看取られた。
「俺はこう見えて愛情に貪欲なんだ。だから自分が入らない形式だけの結婚は重荷だった。」
哀愁が背中に広がる緒方をヒカルは見続ける。
そしてヒカルを見詰めて
「俺は既に愛を与えて欲しい相手を見出していたから・・。だから駄目だったんだ。」
ただの先輩棋士と後輩棋士での会話でなく、ヒカルに必死に何かを伝えようとしていた。


『聞いていいのかな・・その相手が誰かを・・』
ヒカルが緒方の自尊心を守る為の問い掛けをした。
その質問が緒方の辛い恋愛を形にした。


「それは・・お前だ。進藤・・いや俺のヒカル。」


緒方の秘めた恋愛対象が自分だと信じられないヒカル。
でもその真剣な表情に嘘は含まれていなかった。
普通なら緒方に『冗談がきついよ・・』と言える。
しかし違う感情がヒカルを取り巻いていた。
『緒方さん・・でも俺にはそれを受け入れる場所が無いよ。』

全てを2人に捧げたヒカルに、緒方の為の場所が無い。
それがヒカルの一番正しい答えだった。
だがそんな事百も承知な緒方は、憎悪を持ってその言葉を聞いていなかった。
しかし嫉妬は覚えていた。
「進藤・・俺に少しだけでも、ほんの灯火程度で良いんだ。愛をくれないか。」
縋る緒方にヒカルは首を横には振れなかった。
ヒカルは緒方と同じ瞳をしていたもう一人を受け入れたから・・


『肉体があれば・・佐為の心がこんな形で理解出来るなんて・・』
そして緒方の吐き出した恋心を受け止めた。
出来る限り・・


しかしそれを公園前に通り掛かった光輝が見ていた。
いや正確には隣にいたアキラが・・
『緒方さんに慰めて貰っているのかい?・・ヒカル』


その声には激しい嫉妬がおびていた。