千万の星くず〜第一話『見付けた魂達』



父の存在は知らない。
父の存在は重い・・。
互いが思いあって生きてそして・・泡となって消えた。
でも僕達には関係ないと思っていた。
再び交差する運命の日までは・・


『えっ・・本当ですか?裁判官・・』
幻想世界そのままの世界で、一つの魂が会話をしていた。
前髪だけが金色の少年は何やら命令を受けていた。
『罪人・・進藤ヒカル。お前に生まれ変わるチャンスをやろう。今から言う者の体に幽霊体として入り込み、見守る事を命令する。』
そして地上へ行ける月の欠片を受け取り、ヒカルはその者の場所へ向かった。
その者の名は・・塔矢明人・・

進藤ヒカル縁の者だった。


「明人さん。おめでとうプロ試験合格ですよ。」
祖母である明子が明人の側に、週間碁を持ってやって来た。
しかし寝ぼけ眼の明人は、歯ブラシ片手に別段驚かなかった。
(僕の実力にしたら遅い位だから・・驚かないよ。普通・・)
そしてうがいをしてタオルで口を拭きながら、雑誌を受け取る。
「今年は誰が合格者なんだろう。えっ・・僕と同い年でしかも外来での合格者が・・」
自分の顔写真の隣にある少年の顔。
【進藤光輝】という名前であり、明人はえも言われぬ興味を抱いた。
綺麗な整ったルックス・・そしてその表情。
「俄然退屈そうな囲碁界が面白くなった。」
そしてプロ免状を受け取りに向かった。


大人ばかりで欠伸をしながら、明人は折り畳みの椅子に腰掛けていた。
するとその明人を覗き込む人物がいた。
「君・・眠いの。疲れが顔に出ているよ。」
さらさらな髪と意志の強そうな瞳が明人を捉える。
「ネット碁が長引いてもうくたくた・・そう言う君は【進藤君?】」
「そうだよ【塔矢君】。僕達今日の主役だよ。」
そして小声での会話が弾み、本来は光輝は関西棋院での免状を、わざわざ遠くの日本棋院での試験を受け合格したと。
「でもさぁ・・何となく初対面ではなさそうな雰囲気なんだよな。」
明人は光輝が益々気に入り、自分の先輩兼友人の和谷6段に相談した。


「何でだろうな。明人の気のせいだったら大笑いだが・・」
「何で笑うんですか!僕も変だとは思いますけど・・」
すっかり落ち込んだ明人を和谷は・・
「こんな時・・親父がいたら楽だよな。でも俺としてもお前の気持ちは理解出来るよ。」
そして自宅の写真立ての写真を手に取る。
「俺は子どもがいない。その理由が愛した者だ。お前ももしかしたら入り口にいるのかもしれないな。」
和谷の自宅には二つの表札が並んでいる。
それは伊角と言う名前のもので、和谷の荊道の恋愛の結果だった。
今一明人はピンとこなく、今まで過ごして来たがそれが理解出来る場所まで来た。


『・・ってあいつは何所なんだ。そろそろ欠片のパワ−もダウンしてきた。』
天空を彷徨う魂が目的の人物を求め、必死になっていた。
思い当たる塔矢の場所は探したのだが、まさか環境は確実にヒカル寄りになっているなんて予測できなかった。
『あっ・・いた!!』
和谷と歩く明人を発見した。
その成長した子と友人に・・
『和谷・・お前老けたな。若くてぴちぴちじゃないぞ。そして・・あれがアキラの子どもか・・』
でも外見は自分に通じているような気分になる。
明るい雰囲気とその仕種。
『まさか・・あれが俺の本当の子どもだったら傑作だな・・』
そして塔矢家に着き、漸くヒカルが話せる機会が巡る。
『でも・・良く考えたら佐為って・・どうやって俺と最初に会話して憑依したのか覚えていない。』
変なことで悩むヒカルに猶予はない。
(ええい・・なるようになれだ・・)
明人が冷蔵庫からの麦茶を飲んでいた隙の精神を乗っ取った。
違和感がヒカルと明人を襲う。


「誰だ・・僕の肉体に入り込んだのは・・」
胸に手を当ててヒカルに話しかけた。
『俺は進藤ヒカル。囲碁の神様の使いだ。』
「使い?何故此処にいるんだ?」
『いやぁ・・俺も分からない。でもこれから宜しくな。』
その無茶苦茶な要求を明人は受け入れられず・・
「悪いけど出て行ってくれるかい。生憎僕は暇じゃない。」
『そんな硬い事は言いっこなし。絶対上手くいくから・・』
その日から明人はヒカルと同居する事となった。


しかしそんな摩訶不思議な経験より、光輝が気になった。
一応名門塔矢家の子息と言う立場があり、気安い同年代との嗜みが理解出来ないでいた。
少し時代錯誤な環境に疑問を抱くが、でも光輝と色々な経験がしたい。
それは何も明人だけではなく、光輝も同じだった。


「塔矢明人・・漸く会えた。僕は君を・・」
何かに取り付かれたような呟きが聞こえる。
そして仏壇に仕舞ってあった箱を見詰める。
それは少し色あせた宝石。
それを自分の学習机に仕舞う。
その光輝の携帯がなり・・
『進藤。悪い!今日の課題の内容教えてくれへん』
ム−ドを壊す友人からの無粋な電話。
でも面倒見がいい光輝はそれを受け答えしていく。
そして携帯をほおり投げて・・
「会いたい・・どうしても・・僕は。」
苦悩と思案で端正な表情は曇る。
しかし母子家庭の悲しい性で、飛び出していく事が出来ない。
心と現実が光輝を苦しめる。
丁度そんな時・・


「光輝・・東京へ行く気ある?」
「何を・・あかりお母さん。突然に・・」
そして手渡された通帳と父親の写真。
それには自分を殆ど育てられなかった父親が写っていた。
「実はね。一年位ならお母さんのお姉さんが下宿を許してくれるって・・。此処からだと手合いを通うのが難しいでしょう?」
少し苦労している所為で細い母親を見上げる。
本当なら再婚だってありえた。
でも死んだ父を思って再婚を受け入れなかった。
お洒落に本当は使いたい筈の金銭を、全て光輝の養育費や囲碁のための資金に使ってくれた。
何も出来ない自分が歯がゆくって、プロ試験を明人が風邪で自分との対局を棄権した為全勝で合格した。
その母親をおいて自分だけ・・
「子どもが変な気を遣わなくても良いのよ。なら光輝がタイトルでもとってお母さんを喜ばせて・・」
そして藤崎家で光輝は居候をする事に・・


『退屈な使命だな・・囲碁も出来ない自己中心的な明人だから・・』
ヒカルが打ちたいと言っても胡散臭いと煙たがられる。
『明人・・俺こう見えても生前は囲碁のプロだったんだよ。』
「え・・初耳だよ・・ってもしかして僕の亡き父の好敵手?」
漸く自分を認識してもらったが、明人は【進藤ヒカル】を知らない。
棋院での棋譜はまだ新人の明人の目には留まっていない。
しかしアキラの教育はヒカルの棋譜を手本とさせていた。
(一度打ってみようかな・・興味があるし・・)
そしてヒカルが佐為との間での対局スタイルを、明人に教え2人分並べて貰う。
その明らかに互いの棋力を知らなかった二人は・・
(『こいつ・・かなり打てる。でも何か知らない俺に似た癖がある。アキラの俺への思いからか・・?』)
(強い・・亡きアキラお父さんに匹敵する実力がある。本当に囲碁の神様の使いかも?)
心の中で批評して、明人はヒカルとの対局をその日から繰り返す。
それが・・本当の父からの指導とは知らずに・・


そしてヒカルは寝静まった明人を起こさないように、窓枠に腰掛ける。
其処には月が輝き、ヒカルが持つ欠片と共鳴していた。
『月の女神【愛と狩猟の神】・・アルテミスの欠片・・俺に一体何をさせたいんだ。』
明人といる理由が分からない。
もし身内としてなら・・
『光輝・・お前。もう11歳になったんだな。3月生まれのお前は・・』
隣の明人も同じ誕生日の筈だから、間違えなかった。
でも出来るならもっと早く塔矢家に来たかった。
自分の愛した男性(ひと)を少しでも慰め、癒してあげたかった。
それすら叶わずアキラが凍えるような季節に息をひきとった。
『未練だな・・本当に。・・この期に及んでもまだ・・』


愛くるしさが残るが、明人の寝顔が自分を包む。
良く考えたら明人も光輝も可哀想な環境下。
父親を喪い早熟を求められた。
「アキラお父さん・・逝かないで・・」
寝言を繰り返し寝苦しさを訴え始めた。
そんな明人をヒカルは通り抜けてしまうが、腕を伸ばし髪を整える。
それが伝わったのか明人は落ち着く。


『大丈夫・・お前をいつも俺の夫は見守っているから・・』
そして朝日で目覚めた明人は、ヒカルが自分の手を握ってくれている事に気付いた。
幽霊は眠らないと言う理屈を無視して、ヒカルは寝ていた。
「ありがとう・・ヒカルさん・・」
そっと感謝を述べたが・・


「進藤君?君・・関東へ来たの?」
次の日対局が偶然重なった自分達。
明人は好敵手を見上げて、そうビックリした。
「塔矢君ともっと打ちたいからね。それよりちょっと話があるんだ。」
そして明人を棋院の誰もいない部屋に連れ込んだ。
畳の薫りが芳しい其処は幽玄の間。
「僕の家も囲碁をすると駆け巡る戦慄があるのに・・それ以上だ。」
それに感心する明人を光輝は・・
「此処から始めないか。僕達の・・」
そう言いながら明人を自分の胸に抱き寄せ、いきなり口付けた。
触れるか触れないかの程度ではなく、執拗に明人を求める舌。
滴り落ちる蜜が、明人の意識を無くさせる。
「し・・進・・藤・・く・・ふぅ・・」
初めての経験が明人を狂わす。
でも・・
(僕は・・塔矢の子ども。こんな事を許しちゃいけない。)


必死で抵抗するが腰が抜けた。
それを漸く起きたヒカルが驚愕する。
『光輝・・何しているんだ!!って明人ももっと抵抗しろ!!』
目の前で展開されているのは、ヒカルの子とされる光輝の獰猛な侵略行為。
信じられないそれを、黙って見ていられないヒカル。
わが身が無い事を不条理に感じたが・・


「こ・・うき・・僕はずっと以前・・君にこうやって愛された記憶が・・」
その言葉がヒカルの存在理由を与えた。


『明人・・お前・・もしかして俺の・・』