◇「千万の恋歌」弐ノ巻〜泉が手招く数奇な巡りあわせ〜◇








-風のように・・雲のように君は擦り抜けていった・・全て・・




朝日が昇る早朝に、寝苦しさを訴えている少年が床についていた。



汗を滲み出しながら、何かに耐えるように苦痛を寝顔に現しながら・・



そしてそれは隣の就寝者にまで伝わり、その者は寝ぼけ眼ながら心配していた。





「近衛殿。どうなされました・・」



そうして揺すりながら手を握る。



その手には信じられないほどの大量の汗がべったりと付いており、彼の苦しみが徒事でない事を感じさせる。



そしてその者は、隣の部屋から自分より冷静な、加賀 諸純と呼ばれる検非違使を呼んだ。



寝起きで不機嫌な加賀は、大きな欠伸をしながら2人を見た。



そして着崩れた寝巻きを直しながら





「またこいつは唸ってやがるのか・・世話の掛かる奴だ。」



そう言いながら心配そうにしていた筒井 公任と呼ばれる同僚に愚痴を零す。



その無関心な態度に頭がすっかり冷めてしまい、筒井は



「そんな物言いは無いだろう。仮にも近衛殿はあんな凄惨な過去を・・」



「お前、同情してんのか?こいつに。それは失礼ってもんだろう。」



逆に面倒見が良すぎて過保護になりつつある筒井に食って掛かる。



その発言に更に頭にきた筒井は





「何を言うんだ。彼が好きでこうなったとでも言いたげな事を言うな!」



怒りに任せて拳で殴りつけようとした筒井の手首を握り締め



「そりゃお前の方だ。こいつの人生を勝手に不幸だと割り切り、幸せな一時まで痛々しいなんて感じているお前が。」



そして寝技の如く下敷きにしながら、加賀は烈火のごとく怒り狂っている筒井を見下ろす。



その顔を繁々と眺め、少しの事でも反応を過剰に返す彼を嬉しそうに見ていた。



筒井の指に自分の指を絡ませ、静かに顔を近付けた。



至近距離で見詰め合う互いは何だか赤面していた。





そして有ろう事か互いの唇を貪り合った。



奪うような加賀の、自分に刃向った筒井へのお仕置きを兼ねた接吻。



正反対なタイプだが加賀の良さを知っているからこそ、手放せないと応える筒井の親愛を込めた口付け。



交わるように繰り返されるそれは、全ての世界を切り離し成立する愛情。



横たわり眠っていた近衛 光をも無視した事だった。



そんな2人は加賀の部屋で愛の営みに没頭してしまう。





しかし光はそれどころではなかった。





(蠢く怨霊・・消え行く生命・・燃え盛る鳥居・・立ち昇る不浄の魂。嫌だ・・助けて)



意味不明な単語を夢の中で紡ぎ出し、次第に洒落にならないところまで追い詰められていた。



必死で手を伸ばし何かを掴んで落ち着こうとする。



そして手近にあった小物に辿り着く。



それは寝床に置いてあり、教育係的存在から貰った扇子。



震える指で無意識に触る。



その効果と太陽が月齢15の満月を掻き消し、それは沈下された。





一夜の混乱は過ぎ、何事も無かったかのように光は振舞う。



暗闇が苦手な光は早起きが得意であった。



寝苦しさも手伝って、浄化された空気を吸い込もうと考えた。



かくして少しばかり離れた、神聖な陰陽師が好んで禊をする泉へ足を踏み入れた。



(此処の水は更々で気持ち良い!内裏の中では無い趣きがある。)



そして手に水を掬い、その冷たさを堪能していた。



条令で此処の聖水は口にしてはならないと有った為、それが精一杯の水との触れ合いだった。



しゃがんで水鏡のように、自分を映すと水面が揺れ水中に人がいると伝えた。



そして視線を向こう岸に寄せると、一人の少年が全身に水を感じていた。



飛び散る水滴が何とも言えない煌きを放っていた。



何より少年の凛とした面立ちに興味がいった。





(誰なんだろう?あいつは・・・)



しかし追求したら禊中の彼の邪魔にしかならないと、光は朝の稽古を思い出し其処を立ち去る。



一同が起きて庭園に集っていた中、2人が光に近付く。



気分は最高と言わんばかりの加賀。少し腰が微妙に揺れる筒井。



大して役に立たない先輩検非違使は、複雑な顔で光を見ていた。



特に筒井は申し訳ない気分で一杯だった。



しかし2人の性事情なんか知った事ではないと、光は無邪気に接する。



そして武力強化の為の訓練をして、清々しい汗を流す。



それをこなしてから日課のようにある者へ会いに行く。



その相手は藤原 佐為と言う、世話になっている者である。



「あはようございます。光。朝餉は済まされましたか?」



「食欲が無いから食っていない。佐為はかなり食った様だな・・」



「人間健やかに暮らして行くには、先ずは食事を怠らない事が一番です。」



「わぁ・・始まった。朝の説法が・・」



そう言うなり佐為は光を諌める為、更にくどくなる。



うんざりしている光だったがその遣り取りを楽しんでいた。





そして二人がまったりと過ごしている中、役人がやってきて勅命を受ける。





それが光にとってその少年との絆への重要なきっかけだった。