『神曲』第二楽章



アキラがヒカルと出合って一ヶ月。


ヒカルはコンク−ルの練習に余念が無かった。


すれ違いや放課後にもヒカルは顔を見せなかった。
こう見えて二人は【音楽学園】の中でも1・2を争う有名人であり、音楽の申し子だった。
譜面を見なくとも暗譜は得意なヒカルのバイオリンが、アキラのピアノに影響を与える。
それが日課であった筈が、まさかヒカルから疎遠されるとは思わなかった。
原因は何も無かったはずだと、アキラは考えるが・・
いつもアキラはヒカルに対して怒りっぽかったのは確かだった。
ヒカルが一生懸命奏でている、彼の音楽性に惹かれつつも何処か自分と違うと批難する。
素直に感嘆する事がなかった。


「まともに他人と関わってこなかったツケがこんな肝心な時に・・君が何を思って僕の傍にいるのかすら知らないのに・・。」
技術力は確かに自分は見劣りはしていない筈だったが、如何せん人間性は自分でもお世辞でも良いとは言えない。
真面目と言えば聞こえはいいが、どう考えても面白味が無い。
総合的にヒカルの方がそう言う意味でも優れている。
「だからなのか?もう僕が嫌になって・・君は・・」
うじうじと考え込み嫌になってきたアキラは
「気は進まないが僕自ら会いに行こう。」


そしてヒカルのクラスを探し、ヒカルを発見した。
しかし其処にはアキラが知らなかった世界があった。
ヒカルは大喧嘩をしていた。
数名の男に囲まれて誰が見ても集団リンチだった。


「進藤・・!俺達はなお前の態度が気に食わないって言っているんだ!」
「何だって言うんだ。関係ないだろう!」
「大有りだよ。俺達は塔矢派だから・・」
扉で見守っていたアキラは事態を把握した。
自分のファンがヒカルを傷付けていると・・
それだけではなく・・


「だったら俺等は塔矢が嫌いだ。進藤派にとって目障りだから・・」
「そうだぜ。独占欲がありすぎで、学園長のお気に入りだからってやりたい放題。正直ムカつくよ。」
と熱烈なファンの闘争にヒカルはずっと巻き込まれていた。
ヒカルの周囲には実力で入学した叩き上げのような生徒が味方となり、アキラには親のコネで入学した坊ちゃんタイプが取り巻いていた。
だから自然と二人を象徴にした派閥が構成されていた。
実際アキラと対等の実力を兼ね揃えているのは、ヒカルのみだったからだった。
そうとは知らずただ待っていただけの自分にアキラは腹が立った。


「俺はこんな脅しで塔矢との関係を終わらせないからな!」
ヒカルははっきりと言い切った。
現在ヒカルが相対しているのは、学園でも金持ちでありヒカルを退学させる事も辞さないだろう。
それでもヒカルはアキラを大切に思っていた。


「進藤・・それは僕の台詞だ。だって僕達は恋人同士だから・・」
まだキス止まりの関係でしかないが、アキラも腹は括った。
カミングアウトされた二人の爆弾発言は、波紋を呼んだが・・
「もっと早く言ってくださいよ。塔矢君。それならこんなにも・・」
「進藤・・塔矢に泣かされたら俺がいるからな。」
「抜け駆けするな!除名するぞ!!」
意外にも二人を祝福していた。
ヒカルをこれ以上攻撃したら、アキラにそっぽ向かれると思っての事もあり、その逆も然り。
要は二人と自分達が幸せならオ−ルO・Kな連中で、ヒカルとアキラは腹の底から笑った。


そして何時も通り、部屋で練習していると、鍵盤を楽譜通りに奏でていたアキラの手が止まり
「どうしてヒカルはそんなに音楽を楽しめるんだ?」
以前からアキラは頂点を目指しての音楽を掲げ、純粋に音を楽しんだ試しがない。
今回の一件でアキラは他者との温度差に気付いた。
何だかんだと言いながら彼らは基本的には気の良い者達。
荒削りだが仲間と奏でる音を大切にしている。
そんな彼らとの方がヒカルは一緒に居たいのではと言う、少しの嫉妬も入ってそう言っていた。


「俺は奨学生だから、手が抜けないの。お前と大して変わんないよ。」
アキラが名声を求めるのなら、ヒカルは自立を求めている。
何もアキラを気遣っていった言葉ではなかった。
そしてバイオリンの調律をし始めた。
弦楽器はその張りによって音が変化し易い。
小まめに調整をしてやらないと、いい音が生まれない。


ヒカルの読み取れない表情を崩したいアキラは
「でも・・僕は嫉妬するな。ヒカルの美しい外見に勝るとも劣らない音色に・・」
「ば・・ばか・・。手が狂ってしまうじゃないか。」
赤面して俯くヒカルにアキラはそっと近付く。
「恋人宣言も済んだ事だし、らしいことをしないかい?」
いきなり迫ってきたアキラにヒカルは、バイオリンをケ−スに仕舞った。
「恋人らしい事って?俺わかんないよ。」


「大丈夫・・僕が教えてあげるから。バイオリンの音色より・・素晴らしい声を聞かせて・・」