『神曲』第一楽章



ピアノとバイオリン・・

打楽器と弦楽器。

その一見違う楽器が奏者の手で廻り合わせる事がある。
特に相反するスタイルを持っている場合にこそ起こり易い。
過去偉大な音楽家もそうして自身の音楽を築き上げた。
しかしそう言った理屈を超えて重なった者達がいた。


音楽系でも就職や進学に力を入れている【音楽学園】
のべ一万人の関係者が其処にいる。
其処の整頓が行き届いた廊下に、各個人で自主演奏出切る部屋が並んでいた。
白い壁と染まらず、配色ばらばらな扉が個性的な部屋を演出する。
生徒や教員が他の部屋と間違わず、邪魔をしないような細かい配慮からのつくりだった。


しかしそこから微かに漏れる音はある。
生まれた時から絶対音感を所持していた進藤ヒカル。
ちょっとの音の相違に敏感で、たまに足音で誰が近付いているのか分かる時がある位優れていた。
だがそれと引き換えのように両親は早くに他界して、優しい親戚のうしろだてで此処に編入した。


「何だろう?LPの音にピアノが混じっている。」
聞き耳を立ててヒカルはある扉に近付いた。
明らかにソロの楽曲ではなく、でも方法を考えて演奏していた。
そのLPレコ−ドから聞こえるのは・・【バイオリン】
その者が求めている音の正体が分かったヒカルは、自分の提げているケ−スを見た。
其処に眠っているのは古ぼけたバイオリン。


「何だか寂しそうだな。俺が伴奏してやろうっと!」
取っ手を握り締めたら鍵が開いていた。
そっと入室すると年代モノのピアノが中央にあった。
黒光りで調律はまめにされているのか狂いの無いピアノ。
しかしヒカルはその奏者に心乱された。
(綺麗な奴。こいつからあの音が創造されるのか。)
譜面が浮き出てそのままの忠実な音。
それを感じ取りながらヒカルもバイオリンを奏でた。
その乱入者の音にその少年は流石に眉を顰めたが、直ぐに平常心を取り戻して演奏を続けた。


個性のぶつかり合いが数分後に終わり・・
「君はどうして此処に?」
「いやぁ・・何だか俺の音楽魂がくすぐられたっていうのか?」
「でも素晴らしかったよ。正直LPだけでは物足りなかった。」
「そうか?いくら機械音でもあれは一応プロの音だぜ。俺には技術力がまだ足りないって!」
「そんな意味じゃなく、感性の違いかな?君の音は僕を駆り立てる。」
意味が分からない会話を我ながらしているなと、ヒカルは思ったが・・
「まあ・・邪魔してごめん。因みに俺はバイオリン専攻科一年進藤ヒカル。」
「僕はピアノ特進科塔矢アキラ・・。もう一度お相手願えるかな?」


指先が音を紡ぎだす。
アキラのそのしなやかな指は、一寸の狂いもなく美しい音色を聞かせる。
しかしそれに決して引けを取らないヒカルの音。
譜面と我流な弓捌きが上手く混同され、自然な調和を持っていた。
「君は絶対にこの学園のTOPに立つ。僕のために・・」


それからアキラとヒカルの放課後の練習が始まった。
元々学園でも名声があるアキラゆえ、部屋を貸しきる事は容易かった。
誰もその優遇に異論を唱えず、当然のように日常を過ごしていた。
「ヒカル・・そこはそうじゃないよ・・」
「そうか?でも俺はその方が綺麗にフォルテがかかっていいと思うぞ。」
「駄目なものは駄目だ!」
「煩いよ!音楽を機械的にしているお前とは違う!」
こうして音楽性の違いでの口論が始まる。
互いに信念をもって携わっている分、その激しさが互いを苛立たせる。
「型破りな君に言われたくない。いや・・もう言わせない。」


ピアノに魅入られた塔矢アキラに、当然のように付き合う進藤ヒカル。
アキラの予言どおりヒカルは直ぐに頭角を見せた。
だからこそアキラの心酔者と、ヒカルを慕う者との派閥があった。
ヒカルは見た目通り無防備で、しかし処世術は長けていた。
そのアンバランスさがアキラを不安にさせていた。
(君をどうしたら僕だけのものに出来る?)
常にアキラを悩ませている事柄だったが・・
(ヒカルの唇は柔らかそうだ。何だか気が変になっている。)


そして真っ赤になって怒っているヒカルを引き寄せ、アキラは予告もなく口付けた。
その初めてのキスに瞳孔を開いてビックリするヒカル。
でもまんざらではなくアキラの巧みな舌で翻弄されていた。
それが心地よくヒカルは腰を抜かせた。
「お前上手すぎ。俺が抵抗できない位にするなんて。」


「普通だよ。でももしかしてヒカルの身体のリズムを知っていたのかも知れない。」