『神曲−第2部 最終章−』



ヒカルはある日アキラと一緒に墓地を訪れた。

大輪の花束と、そして数枚の楽譜を持って…

「アキラ…ここが俺の両親が眠っているところだ。」
そう打ち明け線香に火をつけて手を合わせる。
横でヒカルと同じく手を合わせて
「そうか…。こんなちょっと寂しい場所に…。」
「俺…最初塔矢行洋の真実を暴こうとしていたんだ。でもアキラと先に巡り合って、迷ってそして決着をつけようと…。」
それが音楽を利用して奨学生になった動機で、別段夢や希望などなかったと告げた。


「ヒカルが思い詰めていたのはずっと感じていたよ。でもその正体がなんなのかどんなに考えても分からなかった。
君を深く愛しているのに何も出来ない自分が歯痒かった。」
「うん。違うよ。アキラのお陰で俺は今生まれてきてすごくよかったって思えるんだ。」
偶然の出会いでヒカルはこうやって時間がかかったけど、幸福に包まれているとアキラに微笑んだ。
いつの間にか大切な者が増えたと、まだみんなに何も恩返しが出来ないけど希望は捨てないと。
そっとアキラの頬にキスをした。
不意打ちでアキラは吃驚したが、墓標に向かって真剣な眼差しで…


「進藤のご両親様。僕がずっとヒカルの傍に居て守ります。生涯愛していきます。」


まるでプロポーズのような言葉にヒカルはアキラとの未来を見た。
まだ緒方の残した印は癒えていないけど、それでもヒカルは絶対に譲れない愛のために歩き出す。


あれから2年後…ヒカルとアキラはアキラのマンションで一緒に生活をはじめた。
はじめは藤原家と塔矢家双方からヒカルについて取り合いになっていたが、
『もう良い大人ですので、自立のために僕達助け合って暮らしていきます。』
…とアキラがヒカルのオーストリアの大学卒業を期に同居する。
建前では兄弟水入らずとしておいて、本音ではただ傍に居たいだけの我儘だった。
アキラの作曲家としての稼ぎと、ヒカルの演奏家としての出演料で家賃と生活費は折半と相談。
一人暮らしの経験で身に着いたアキラの家事能力。長年の苦労で自然と覚えたヒカルの家事能力。
まだまだ手探りだが、巧く生活をしていた。
風の便りで緒方は失恋の痛手を藤原佐為に受け止めて貰い、二人が付き合う事になったらしい。
正直複雑だったが、以前のような切羽詰まった表情は消え失せ、彼も自分だけの居場所を見付け安らいでいた。
(ごめんね…緒方先生だけには一生何も返せなくて…。)っとヒカルは心底詫びていた。


「アキラ…緊張している?」

「別に。ヒカルこそあがっていないだろうな?」

洋楽を基礎としたヒカルのバイオリンと、日本で独自のセンスで腕を磨いたアキラのピアノの今日は演奏会。
バックで他の楽器のパートを引き受けてくれたのは、筒井達や和谷達や藤原兄弟。
すでに各場所で知名度があるメンバーで構成されていた。
そのヒカルゆかりの顔ぶれで、その指揮者にはなんと行洋が自ら立候補した。
それは瞬く間にメディアを駆け巡り、この会場には著名人やテレビ局までもが入っていた。


「あぁ〜俺はもっと厳かにしたかったんだけど…。」
肩を竦めてヒカルはぼやいた。
「仕方ないよ。お父さんそこは頑固で他の者には任せられんと譲らなかったんだから…。」
この日のために明子は二人に背広を新調して、プレゼントまでして応援してくれた。
会場の特等席には3人の活躍を今か今かと明子は期待を膨らませていた。
そんな明子の隣には恋人佐為の応援のため、緒方が座っていた。


「しかしこの『交響曲−神曲−』が天国の二人と塔矢の両親が作ったもんだなんて凄いな。」
メインの曲目は未完成だったものを、ヒカルとアキラがアレンジして漸く世にお披露目される。
「ヒカル…この演奏会のあと僕達だけで製作してみないかい?」
「えっ…!?」
「そうだな。『ハーモニー〜共鳴する恋人〜』ってタイトルはどうだ?」
「それって歌のタイトルみたいだよ。しかも気が早すぎ(笑)それはこれを成功させてからだろう。」
緞帳があがり塔矢行洋指揮で、それぞれの個性豊かな音楽が奏でられる。
特にヒカルとアキラのソロパートは他者を魅了し拍手喝采だった。

出会って6年余り…その歳月が紡いだ音色(きせき)。

二人がはじめて共に並び立つ晴れ舞台が…夢が此処に叶う。





ようやく第2部完結です。
以前の作品を完成させるために一番苦労したのは、過去の自分が意図した部分をすっかり忘れている事でした(笑)。
これ一言に尽きます。
もともとは企画のもと第一部の一章から三章までがひとつの話でした。
それの続編ですので、本篇より遥かに長くなりびっくりしています(笑)
ここまで読んで頂いて感謝です。