『神曲−第2部 第七楽章−』



「進藤…これはどうだ?一応『交響曲−神曲−』って仮につけたが。」

「う〜ん。名前は良い感じだな。しかしこの曲バイオリンパートと、ピアノパートがソロにしたほうが面白くないか?」

「でも私はビオラでお前がバイオリンだろ。だれがピアノを担当するんだ?」

ぶつぶつと譜面台の楽譜を見ながら考察している。

【音楽学園】の一室で、有名な進藤正夫バイオリン学生と、塔矢行洋ビオラ学生がメトロロームの音をバックに頭を悩ませていた。

鉛筆で行洋は正夫の提案を書きながら…

「そうだな。私の知り合いにピアノが上手い女性が居る。確か…名前は明子と言ったと思う。」

「もしかして美津江の親友か?彼女なら出来るかもな。」

そう言って笑い合っていた二人だったが、家の都合で曲の完成を待たず、引き離されてしまう事に…

決して望んでそうなった訳でなく、だからこそ行洋にとっても後悔と同じ位の心残りだった。



急に枕元に現れた幸せの時間の夢をみて、肌身離さず持っていた楽譜をケースから出してきた。
じっと見詰めて、ヒカルとアキラのデュオを思い出した。
(もしかしてお前達なら…いやお前達なら出来る筈だ。)
どちらとも格段に予想以上に成長を遂げて、まだ互いが【音楽学園】に在籍していた時より間違いなく世間に通用する。
亡くなった親友との思いが詰まったこれを、行洋は二人のこどもに託す決意を固めた。
「お前達と本当に完成を喜びたかったよ。しかし叶わぬ夢…だがあの子達に夢の続きを見せて貰ってもいいよな。」


そしてヒカルに行洋は未完成のこの楽譜を譲って、アキラとの共演の機会を楽しみにする事に…。


アキラが求めてくれたのに、拒んだ形となったあの日本での時間に、ヒカルはオーストリアに帰っても囚われていた。
兄弟などという後ろめたさならまだ分かるが、そうではなく…
(アキラ…俺は決してお前から慰めはいらないんだ。本当に好きだからお前を覚えておきたいんだ。)
そう思いながら急にアキラの声が聞きたくて自ら電話をした。
間もなくアキラが電話に出て


『ヒカル…どうしたんだ?君からなんて珍しい。』
「いや〜どうしているかなって。忙しかった?」
『大丈夫だよ。今アイドルの奈瀬アスミと藤崎アカリのシングルを作曲していて終わったところだよ。』
「知っている。凄く上手いデュオだよな。俺達とあんま年変わんないのに。」
マスコミで持て囃されている二人組で、プロデューサーは岸本薫でアキラに楽曲提供を依頼して彼女達はますます話題に。
他にもアキラは色んな分野で多忙だった。
実際ヒカルも学校のカリキュラムと大きな演奏会と、行洋から託された譜面をマスターするので大変だった。


「アキラ。お前んちファックスあったよな。」
『ああ…。仕事で要るから。何か送りたいのか?』
「うん。実は俺の死んだ両親とお前の両親が未完成に終わった曲があるんだ。今送るね。」
日本のアキラの家のファックス番号を入力して、楽譜を早く見て貰おうとした。
数分後…アキラの手元にも楽譜があり、それをみるなりアキラは改めて親の偉大さを垣間見た。
『これで未完成??たった数枚でも完成度の高さが理解できる。』
俄然二人で完成させたくなったアキラは、
『ヒカルゴールデンウィーク予定空けられる?もしよかったら僕の家に来てもらえないか?
作曲環境も悪くないし、君も骨休めのつもりで訪問してくれて構わないし…』
アキラの申し出を受け入れ、ヒカルは単独で帰省した。


高層マンションの二部屋をアキラは買っていた。
ひとつは仕事用に作曲を手掛けられるような、ピアノやシンセサイザーや録音機器で溢れていた。
防音がしっかりしている物件をアキラは探し当てていたので、周囲との調和は問題なかった。
そしてもうひとつはプライベートの空間。
一人暮らしは思いのほか荒れやすいのに、アキラの几帳面さが表れているのか実に整った場所だった。
実際自宅とよべるここに招き入れたのは、身内以外ではヒカルがはじめてだった。
「ここがお前の家か…。凄いな。」
「全然だよ(笑)君こそ慣れない土地でしっかりと頑張っているじゃないか。」
ヒカルのこれまでを考えたら、そこまで大変ではないのかもしれないが、国の違いは行洋が傍に居ても内心不安だろう。
だからこそ彼の夢への本気をまざまざと見せつけられる。


「何で何だろう。やっぱり会えば会うほどお前を弟として自然と思えないのは…。」
「僕もだよ。だって君を間違ってもヒカルお兄さんなんて言えないよ(笑)それに君に塔矢ヒカルっていうのも変だろう?
進藤夫妻に大切に育てられた時間は事実で、その時間…僕達は共通する思い出などないんだから。」
しかも今は藤原兄弟にヒカルは愛されている。
風化しても良さそうな真実が今の彼にとって如何程のものなのか。
「でもこれからはたくさん二人の時間を…築いていこう。」
そう言ってアキラはヒカルに合鍵をプレゼントした。
「これは…?」
「僕は君が卒業したら、攫うつもりだよ。これだけ我慢させられたんだ。もう待てない。」


そっとヒカルの唇にキスをして、口説き文句で迫ってくるアキラに赤面しながら
「そうだな。それよりも親の遺産(曲)をなんとかしないと。」っと誤魔化すしかなかった。