『神曲−第2部 第四楽章−』



「貴方にはお母さんが違うけどお兄さんがいるのよ。その子が今日お父さんと一緒にここに来るの。」


アキラは至極冷静に寧ろ喜んで話す明子が語る真実がわからない。
「何で!!お母さんは平気なのですか…。」
その息子の動揺を知って、早まったのかもと明子がアキラに近付こうとすると、
『ピンポーン〜♪』っとインターフォンが屋敷内に鳴り響き来客を向かい入れるために、 手を洗ってから玄関へ向かっていった。
そしてアキラは遠くで父親の声とそして…
「よくお越し頂きました。長旅疲れたでしょう?早く上がって寛いでね。」
もう一人の訪問者を快くあがらせていた。
荷物があるのか明子が一緒に運んでいて、3人が大広間のソファーに腰掛けて、何か会話をしている。
(もしかして必要に帰省をお母さんが促していたのはこの為?)
しかし全く台所から足が動かない。頭を抱えてしゃがんで現実を否定するか、受け入れるべきなのか苦悩していた。
「しっかりしろ。これは何かの冗談かもしれない。」
深呼吸して父親に会うため廊下を歩くと明子とお土産を抱えた青年と出会った。


いや…それは正確な表現でなく、アキラは再会した。
「あっ…アキラ。」
お互いが最も会いたく望んだ存在がそこにいる。
あの日別れたまま…そうではなく少し大人の表情をするようになった二人。
止まったままだった砂時計が再びさらさらと刻(とき)を動かす。
色んな感情が混じり合って、アキラは自然に頬に伝う涙を止められなかった。
「ヒカル…。ずっと僕は…。」
「アキラさん?もしかして進藤ヒカルくんの事を知っていたの?これは偶然なのかしら…。」
明子もまた二人の深い運命と呼べる縁を知らない。
余りにも 突然に巡り合ったので、重い真実から目を逸らしそうになったが…
「お母さん少しだけ彼と二人で話がしたいので、僕の部屋に連れて行っていいですか。」


行洋がどうしてヒカルの世話を買って出て、渡航しようとしたのか。
明子がどうしてさも当然のように、そんな事を受け止められたのか。
3年前の自分だけ知り得なかった事情が、こんなにも複雑にあって身近に答えがあった。
それがどんなかヒカルを酷く追い詰めていたのか。
黙っていたヒカルを責めるのはお門違いで、どっちが先に知っても同じ結論だっただろう。
寧ろヒカルはアキラを最小限のこころのキズでおさめようとしてくれていた。
たった一人でまだ其処まで強くなかったアキラのために…


「君は僕の異母兄だったんだね。」
はじめて訪れた塔矢家のお屋敷の規模でも、そこに住む人達にも怯みそうになっていた。
しかしそれ以上にアキラが口にした秘密にヒカルは驚愕する。
「…どうしてそれを…。」
「僕が守るって言っておきながら、実は君にずっと守られていた。どこまで自分は愚かだったんだろうか…。」
ヒカルとて賢い方法など思い浮かばず、いつか時が経って成人してもっとたくさんの経験を積んで…
それからしっかりと時間を掛けてでも、向き合っていこうとしていた。
「俺は逃げたんだよ。はじめて好きになったやつが異母弟なんてこと信じたくなくって。この運の悪さは一生続くのかなって…。
アキラは悪くないんだ。ぜんぜん…。」
そう言い終わらない先に、アキラはヒカルを抱き締め優しいキスを震えている唇に施す。
触れるか触れないかの温かいそれを感じて、ヒカルは虚勢を張らずに素直にアキラの胸で泣いた。


「この3年間は僕達が何処まで互いを求めあっていたのか教えてくれた。」
公園の時とは違い、今度はアキラもしっかりとヒカルを離さないために…
「ヒカルは悪くない。僕は異母兄でもいい。君を愛してる。もう一人で何でも抱え込むな。」
きっとどんなにかヒカルとアキラの恋は、周囲に歓迎されないものか知っている。
男同志でしかも、異母兄弟…。塔矢家の跡取りでもあるアキラ…。
それでも何を犠牲にしても、このこころにある愛(おもい)と音楽(ゆめ)は譲れない。
「今度こそ二人で歩いて行けるように、立ち向かっていこうヒカル…。」


それからアキラとヒカルは待たせている二人と一緒に食事をとり、お互いの情報交換をして団欒を楽しんでいた。
明子の作った食事は本当に美味で、しばらく外国の食事で和食を食べていなかったヒカルと行洋は日本を懐かしむ。
「そうだ。音楽の本場で鍛えた腕をみんなにみせるね。」
ヒカルはご招待のお礼に、バイオリンのリサイタルを開いた。
顎にバイオリンを挟んで、弓を片手に楽譜無しで奏でる。
その音色は以前にも増して、しなやかにそして聞く者を魅了していた。
アキラも居ても立ってもいられず、衝動にまかせて実家にあるピアノをヒカルの音色に合わせてきた。
「素晴らしい。ここまでお前達が共鳴出来るなんて。まるでかつての私と亡き彼のようだ。」
「ええ…貴方。進藤さんと貴方で奏でた音色は美津江と私をときめかせた凄いものだったわ。」
4人は【音楽学園】での音楽家を競う同志で、そして永遠の親友(なかま)…
歯車が狂ってしまったが、こうしてヒカルとアキラが受け継いでくれていることが救いだった。


「どうか天国でこの子たちを応援していてくれ…。」