『神曲−第2部 第三楽章−』



ドイツで起きたヒカルの悲劇。


それから緒方は何度も何度も関係を迫り、流石のヒカルもどうしようもなく行洋に相談した。
何者かにつけられ毎日が怖いと、その相手が緒方というのは濁して…。
それを真剣に取り合ってくれてオーストリアの学園に転入し、現在に至っていた。
滅多なことが起こらないように、ボディーガードを雇いヒカルにつけてくれて、 音楽に漸く専念出来て安堵していた。


「あの時はヒカルが私を頼ってくれて本当に嬉しかった。」
「切羽詰まってて迷惑をかけてごめん…。」
「いや。日本とは治安面では外国は安全でないんだ。もしも何かヒカルにあったらっと考えただけでも…私は…。」
ヒカルの頬を掌で撫でながらそう言った。
心配してくれている家族がいるって事が、それだけの事がどんなにか貴重か…
(温かいな。もしかして母さんはこの人のこういった所を昔愛していたのかな?)


「そうですか…お父さんが…」
『ええ。だからアキラさんも一度実家に帰ってきなさい。』
数社から作曲のオーファーがかかり、いつもスケジュールがいっぱいで、とてもそんな時間はないのだが、
母親からの誘いを無碍にも出来ず、それに予感があった。
いつもなら慌ただしい 日帰り同然での帰国が、今回は泊まるという事。
それは残しているものの心配がないからなのでは?っと思いアキラは自分の誕生日の前日に実家に戻る約束をした。


日本への訪問日当日、空港までタクシーを使い、搭乗口で手続きを早く済ませミネラルウォーターで喉を潤す。
また数日後オーストリアに戻るので、最小限の荷物だけで済むので、飛行機搭乗の時キャリーケースも座席に持ち込んだ。
そして懐かしの日本へ二人は向かった。
「ヒカル…ちょっとだけ私のうちに寄りなさい。」
成田空港に到着して、すぐに行洋はヒカルを誘った。
「え?遠慮しておくよ。」
「どうやら私と君のために、明子…お前にとっては関係ないが私の妻が、腕によりをかけた御馳走を振舞ってくれるそうだ。
彼女は黙って私のわがままをきいてくれて、君との時間を与えてくれた。そんな彼女はどうやら君に会いたがっているんだ。」
一応日本を離れる前、行洋はヒカルの写真を明子にみせて全て説明した。
自分と美津江との関係や、最後のクリスマス…別れた後に出来た実の息子だと…
育ての父親と母親に先立たれ、ずっと苦労している事も…
その時ヒカルに興味を示し、絶対にいつか本人に直接会いたいと言っていたので、今回は良い機会だった。


「そっ…それは嬉しいけど、あっアキラ君は来ないよね?」
「分からんが…ヒカルはアキラとは会いたくないのかい?」
以前の彼なら二人が会う事は禁じていたが、たまの日本でヒカルには自由にさせてやりたい気持ちがあり、 それにもう二人も思っているほどこどもではない。
実は二人が恋人であって、性行為までした仲だとはまさか思わないだろう。
それを知らないから言える父親としての言葉で、ヒカルとしては複雑だった。
しかも多忙なアキラが年数回帰国している父親のために度々顔を出さないだろうと、楽観的に考えていた。


「分かったよ。行くよ。ちょっと緊張するけど実際世話になっているんだもんな〜。」


簡単な荷物をまとめて支度を終えると、施錠してアキラは歩き出した。
たまの実家帰りでアキラは手ぶらも何だからと、有名百貨店でケーキを購入した。
出来るだけ実家にひとりになってしまっている母親に孝行するために。
(父と僕が勝手して寂しい思いさせているから……。)
正直ヒカルが居なくなった後のアキラは、まるで半身が居なくなったようなそんな状態が続き、呆然自失だった。
彼と過ごした時間が自分がみた、白昼夢か都合のいい願望だったのか、ちゃんとした現実かすら分からず困惑していた。
だからこんな情けない自分を認めたくなく、それ以上にどうにかなってしまう前に、母親から離れた。
そして着いた実家で、いつもなら決まって高級料亭で舌を打つか、お手伝いさんの料理で父を持て成すのに、 母親…明子が台所でシェフ顔負けの料理の下拵えをしていた。


「お帰りなさい。アキラさん。」
「ただいま…お母さん。しかし驚いた。まさか久しぶりにお手製の料理を作っていて…。」
「普段はお手伝いさんの仕事を取っちゃいけないからなんだけどね。今日は特別だから。」
「へぇ…行洋お父さん愛されているなぁ〜。」
そう言ったアキラに明子は微笑み…
「だってアキラさんとゆっくり出来るし…それにもうひとりの私の息子が帰ってくるんですもの。」
一人っ子のアキラは明子の言っている意味が全く理解出来なく、
「お母さんそれってどういう意味?」
明子は包み隠さず、アキラももう大人だからとしっかり受け止められると判断して…


「貴方にはお母さんが違うけどお兄さんがいるのよ。その子が今日お父さんと一緒にここに来るの。」