『神曲−第2部 第二楽章−』



薄暗いマンションの一室…
幾つものボトルが転がり、タバコの煙を燻らせて表情までも曇らせている男が…

あの日ヒカルが自分の手に堕ちたとき、攫って閉じ込めておけば、こんな虚無を味わうことも無かった。
またヒカルとの夢の時間の機会は巡ってくると、そんな事を悠長に構えていたから…と後悔を繰り返す。
もうすでに恋に狂ってしまっている。
あんなこどもに…しかも異母弟であるアキラを愛している者に…
何一つ自分には恋愛感情を向けない。でもどこか期待をさせる素振りをするのに…


急にこの手からすり抜けた愛しき進藤ヒカル。


彼の居所を掴もうと、緒方もまたアキラと同様彷徨っていた。
行洋身辺や藤原の家などを手掛かりに調べていたが、間が悪く自分も教員としての仕事も有り、中々確信に繋がらなかった。
しかし半年後…自宅のパソコンのインターネットで小さくプロの交響楽団の中に写る写真。
バイオリンを奏でている日本の少年。ついに居場所がドイツだと知った。


長期休暇をとって、パスポートを片手に、ドイツに居ても立ってもいられず向かっていた。
もともと言語には長けていたので現地で聞き込み、まもなく彼らの拠点を突き止めた。


行洋の援助の元、ヒカルは今度は誰の目にも分かるアキラ同等の力量を築くために、努力していた。
もうすでに並び立っていると行洋が言っても、彼はまだまだだと懸命になる。
そんな他国で必死に音楽を極めようとしているヒカルを見て、緒方は安堵したと同時にヒカルへの愛憎も増した。
(俺を置いてどうしてお前はそこにいるんだ。そのお前が憎んでいた男と一緒に…。
なぁヒカル…言い訳して見せろよ。いや…俺に償え。)
そんな感情に支配されて、ドイツで高校生活を送っていたヒカルの下校時、緒方はヒカルに姿をさらす。
意外な場所の意外な人物の登場で、ヒカルは足が竦む上に緒方との関係も記憶に新しい。
生々しいSEXを強いられ、それからの直接対面だったのでヒカルは体温が下がった。


「どっどうして緒方先生…こんなところに…。」
「不思議そうな顔だな…進藤。」
動揺しているのが癪に障るが、それよりあの行為以前の屈託ないヒカルではない。
それが決定的に自分がヒカルに与えた印だと、暗い悦びが緒方をより残酷にしてゆく。
「黙って消えてそれからどうするつもりだったんだ。」
「……。」
「まぁ塔矢アキラもお前の所在は知らなかったみたいだが、俺はお前を諦めると思っていたのか?」
口元に笑みを浮かべるが、瞳が怪しく輝いている緒方に恐怖を覚えヒカルは後ずさり、その場から立ち去ろうとしたが…


「ここではなんだから、ラブホテルでゆっくり話そうな。進藤…」
腕を強く攫まれて、引き摺られるようにヒカルは自由を奪われた。


その着いたホテルで緒方が何を強要するのか、分かり切っていた。
こんなにも執拗に自分を求め狂う男には、抵抗など全く無駄でヒカルは緒方とまたしても罪を増やす羽目に。
何もかも不可抗力なのだが、 玄関で服を全て脱がされシャワー室に放り込まれる。
肌寒いそこの空間より、これから自分の身に起きる事に身震いする。
シャワーノズルを捻られ、お湯が頭上から降りしきり、ヒカルは苦しかった。
そして緒方に壁に胸を押し当てられ、項や背中のラインに噛みつくような愛撫をされて、
「やっやめてよ…。俺…緒方先生のダッチワイフじゃないんだ。だから…」


こんな事決して赦してはいけないし、どんなに時が経ても緒方の想いに応えられない。
それは不変の事でこの性行為がお互いの心を深く傷つけるものか…分かっているのに緒方はどうして…
「お前は俺のものなんだ。未来永劫…。」
緒方とて不毛だと頭では理解しても、もうこの感情を制御できない。
一度溢れだしたそれを誰も責められない。
鬩ぎ合う最後の理性も、一回ヒカルを抱いたというあの官能の時間が掻き消してゆく。
「塔矢アキラには絶対に渡さない!!」
壊れてしまうのを承知でヒカルの最奥を、準備も無しにまたしても貫いた。


「いやぁぁぁぁ…痛い…あぁぁぁ…やっ止めて!!」
タイルに爪をたてて必死で逃げようと、そして耐えようとするヒカル。
そんな姿を後ろから激しく腰を打ちつけて、無駄な事だと緒方は知らしめ舌舐めずりをした。
緒方の何時までも続く凌辱に、ヒカルは次第に意識が遠のいていた。


でも浮かんでは消える大切な恋人(アキラ)のすがた…。
(あぁ…誰か…アキラ…助けて…。)
ヒカルは遠き国のアキラに助けを求め、凌辱の痛みより心の奥底から涙した。
愛する男から受けた愛撫など、もう残っていない。あの幸福の福音はいったい何処へ…
アキラのピアノが自分を包み、そしてアキラが与えてくれた勇気…
どんなに救われた時間だったのか…。
しかし内臓までも支配してくる緒方。
攻め狂う大人の腕力では何処にも逃げ場はない。


それから貪る様に緒方は、時間が許す限りヒカルの全てを奪っていった。